仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ.5章 番外:円×智颯『理想の卵が孵るまで』

番外『理想の卵が孵るまで(円智②)』寝相が悪い

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花笑はなえみまどか(17)×峪口さこぐち智颯ちはや(16)


 智颯が呪法解析室に助っ人に来てから、五日が過ぎた。
 円は寝不足の目でモニターに向かっていた。

まどかさん、大丈夫ですか?」

 智颯が心配そうにコーヒーを差し出す。

「ん、ありがと、そこ、置いといて」

 タイピングの手を動かしたまま振り向かずに、返事する。
 何かを言いたげな素振をした智颯だったが、何も言わずに自分の仕事に戻っていった。

(あっぶねー! 顔見たら、絶対キスする。そんなことしたら、嫌われる!)

 後ろで作業する智颯をちらりと横目に観察する。
 特にいつもと変わりない姿に、安堵するようなドキドキするような、がっかりするような。納得できないモヤモヤを抱えていた。

(あの様子だと、夜のこと、何にも覚えてないんだろうな。罪深い)

 円が寝不足の理由は、言うまでもなく智颯だ。
 総ての始まりは朽木要の一言だった。

「呪物の解析が始まると、二十四時間体制になるからね。峪口も今のうちに泊まりに慣れておくといい。おっと、峪口は二人いるんだったね。智颯、私のことは要と呼んでおくれ」

 何故か、自分を名前で呼ばせたがる要が、智颯を名前で呼ぶのが、何となく気に入らない。
 しかし、提案は円にとり大変喜ばしいモノだった。
 そんなわけで、智颯がしばらくの間、円と共に呪法解析室に泊まる運びになった訳だが、ベッドが一つしかない。
 広間に置かれた大きめのソファは、そういう時のための簡易ベッドでもある。
 当然のように智颯はそこで寝ようとしていた。

「ち、智颯君が、嫌じゃなければ、一緒に、寝る?」
「良いんですか? では、お隣失礼します」

 意を決した円の提案に、智颯があっさり乗った。

(何の危機感もないのか? いやいや、ノンケなら男に何かされるかもなんて、考えないか。それにしても、抵抗なさすぎな気が)

 高校生男子が男同士で一緒に寝ることをあっさり承諾するのは、どこか違和感がある。

「寝相が悪かったら、すみません。円さんが嫌だったら、明日からソファで寝ますので」
「多分、大丈夫」

 円の隣に潜り込んだ智颯が小さく笑った。
 その顔に、ドキリと胸が高鳴った。

「集落では、妹や流離……、年下の惟神の男の子と一緒に寝ていたんです。自分も幼い頃は、同じ惟神の兄様に添い寝してもらっていたので。なんだか、懐かしいです」

 なとほどな、と納得した。
 智颯は四月に13課所属になったばかりだ。
 それまでは集落で暮らしていたのだろうし、誰かが隣で寝ている状況は智颯にとって普通なのだろう。あっさり円の提案に乗っかるあたり、一人で寝るより誰かと一緒の方が安心するのかもしれない。

(今、どういう生活してるのかは知らんけど、流石に妹とは寝てないだろうし。案外、寂しがり屋なのかな)

 ともあれ、この状況は円にとって都合がいい。

(ちょっと悪戯するくらいなら、怒らなそう、だよね)

 安心しきった智颯の顔を眺める。
 不自然にならないように会話を続けた。

「そういえば、双子の妹が、いるんだっけ。惟神の兄様って、例の、直日神の、最強の、惟神って、人?」
「ご存じなんですか?」

 智颯が意外な顔をする。

「有名人、だよね。すごい力を、持っている、のに、13課に来ないって」
「そう、ですね。直桜様は自分の力を嫌っていますから。僕からしたら、とても勿体ないと思うけど、直桜様には直桜様の御気持があるのでしょうから」
「……そう、だね」

 直桜という人の気持ちを否定する気にはなれなかった。
 どんなに才能があっても嫌なら仕方がない。自分の人生を他人に強いられるのは気分が悪いだろう。
 草の一族から逃げられない自分と重ねてしまう。

「直桜様が13課に来てくれたら、きっと無敵なのに。僕はいつか、直桜様と、バディを組みたい、です……」

 寝息が聞こえ始めて、智颯を振り返る。
 話しながら眠ってしまったようだった。

「大好きなんだね、直桜様のことが」

 眠る智颯の髪を撫でる。綺麗な顔に掛かった髪を梳きながら整えた。
 素直で真っ直ぐな青年の、恐らく幼少からの憧れの存在なのだろう。
 どんな人間なのか、見てみたくなった。

「愛しています、直桜様……」

 智颯の口から零れた言葉に、耳を疑った。

「愛? 愛し……、え?」

 憧れの存在に対して、愛しているとか言うだろうか。
 好きならまだしも、愛しているは、恐らくライクではなくラブだ。

「智颯君て、こっち……?」

 ノンケだと思っていた青年は、どうやらガッツリこっち側の人間だったらしい。しかも想い人がいる。

「そっか、智颯君、ゲイなのか」

 ぽそりと呟いて、円は天井を眺めた。
 ノンケを堕とすのが楽しいわけだが、別にゲイでもいい。
 問題は想い人がいる、という事実だ。
 しかも、恐らくきっと、いや確実に、智颯は童貞で処女だ。

(初めてが好きでもない相手と快楽堕ちとか、トラウマ植え付けるようなもんか。俺は楽しいけど、そこまで鬼畜じゃないし。直桜様って人がどんな人かは知らんけど)

 智颯を想ってくれる相手ならいい。

(本当にいいのか? いや、良くないだろ。智颯君、普通に俺の好みだし、普通に可愛い)

 ちらりと智颯を眺める。
 円の隣で無防備に寝顔を晒す智颯を襲う気にはなれない。

(智颯君を見てると、毒気抜かれるんだよな。真面目で一生懸命で。……一生懸命、俺を知ろうとしてくれて。そんな人、初めてだから、ちょっと戸惑う)

 仕事の内容だけでなく、円という人間を覚えようとしてくれる。 
 本来、草はそういう人間を警戒する。覚えられてはいけないからだ。
 けれど、呪法解析室で仕事をしている以上は、問題はない。

(もっと、智颯君に俺を知ってほしい。こんな気持ち、親父に知られたら、折檻ものだろうな)

 自分の気持ちがじわじわと智颯に寄っているのに気が付いて、円は目を閉じた。

(深入りする前に、離れるか。諦めるにしても楽なうちがいい……。初めて見付けた三次元の理想なのにな。もう二度と、こんな奇跡は起きないだろうに)

 遊び程度ならまだしも、本気になっては後々が面倒だ。
 円は寝返りをうって、智颯に背を向けた。
 突然伸びてきた腕が、円の体に触れた。
 反射的に避けようとして、振り返る。
 智颯が円に抱き付いた。

「智颯君っ、何、してるの」

 体を捻って智颯に向き合う。
 智颯の体がぴたりとくっ付いて、足まで絡まった。

「え? えぇっ、なに、なんで」

 慌てる円の顔のすぐそばで、智颯が寝息を立てている。
 どうやら、眠っているらしい。

「智颯君、寝相、悪すぎるでしょ」

 とはいうものの、離れてしまうのも、勿体ない。
 折角自分から抱き付いてきてくれたのだから、ということで、背中に腕を回してみた。

(抱き締めるくらい、いいだろう。もっと酷いこと、しようと思ってたわけだから)

 自分に言い訳しつつ、背中に回した腕を少しずつ下にずらす。
 そっと撫で上げた尻は、形が良く筋肉がついて硬い。

(締まり良さそ……。突っ込みてぇ)

 服を捲り上げて下着の中に手を入れようとした瞬間、智颯が顔を上げた。

「ふふ、あたたかいですね」

 智颯が無邪気に笑った。
 そのまま、また寝入ってしまった。
 心臓が口から飛び出す勢いで拍動した。

(か、可愛すぎる。反則だろ。眼鏡してない素顔なんだぞ。破壊力パネェ)

 あまりに無垢な可愛らしさに、円の手が止まった。

(尻、いじったりしたら、きっと嫌われる。寝ぼけてるから大丈夫かな……。いや、処女ならキツイだろうし、さすがに違和感で目が覚めるよな)

 当初の目的である欲と智颯に嫌われたくない気持ちが天秤に乗ってグラグラ揺れる。後者が重かった。
 智颯の尻から手を引き、抱き直す。

(例えば智颯君に手を出して嫌われて解析室の助手まで辞められて、別の変な奴が送り込まれてきたら、そっちの方が困る。一時の欲に流されるな。冷静になれ。俺は草、俺は草)

 ちらりと視線を下げる。
 円のことなど微塵も警戒していない智颯の寝顔が丸見えだ。

(あああ、可愛い。普段のキリっとした優等生顔も好きだけど、気の抜けた寝顔もヤバイ、可愛い、尊み凄い。ゲームなら完全スチルのシチュだろコレ)

 心臓がバクバクして眠るどころではない。
 どうしたものかと考える。

(顔が見えるから、落ち着かないんだ。胸に抱くようにすれば、とりあえず可愛い顔面は回避できる)

 とりあえず、顔を隠すように胸に押し付けて抱いてみた。

「ん、くるし……」

 智颯が、もぞもぞと動いて顔を上げる。

「あ、ごめん。強くしすぎ、た……」

 智颯が顔を上げた拍子に顔を下げたせいで、タイミングが合ってしまった。
 唇が、ふわりと触れる。

(やば、キスしちゃった)

 咄嗟に顔を離す。
 ぼんやりと薄く目を開けた智颯が、円を眺めている。

「今のは、ちがっ。事故だからノーカンで!」

 智颯の腕が伸びて、円の顔を包む。
 引き寄せると、自分から唇を重ねた。

「っ!」

 何度も触れるだけのキスをして、チロチロと舌で唇を舐める。

(え? なんで? 何してんの、この子)

 円の下唇を智颯が吸い上げる。
 ちゅっと音を立てて吸い付いて、顔を上げた。

「きもちぃね、円さん」

 そのまま、円の腕の中で寝入ってしまった。
 吸われた唇に触れる。智颯の唾液で湿った下唇が、やけに熱い。

「今、俺の名前、呼んだ?」

 てっきり、直桜様とかいう人と勘違いされているんだろうと思っていた。

「ちょっと待って、勃っちゃったよ、俺……」

 まるで幼稚な、小鳥のようなキスしかしていないのに。
 名前を呼ばれただけで、興奮してしまった。
 寝入って微動だにしない智颯を見下ろす。
 円の体に四肢を絡めたまま、智颯は気持ちよさそうに眠っていた。

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