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第Ⅱ章

番外『理想の卵が孵るまで(円智①)』三次元に沼る

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花笑はなえみまどか(17)×峪口さこぐち智颯ちはや(16) 


 何もかも詰まらなかった。
 どうせ自分には草の仕事も向いていない。出来ることなんかない。
 気力を失くして引きこもるまどかを引き摺りだしたのは、二人の姉だった。

「呪法解析室で優秀なプログラマー? ハッカー? が欲しいらしいよ」
えん、そっち系とか詳しいし、能力もそっち向きなんだから、行ってみなよ」

 そっち系ってなんだ。とは思っても言えない。
 うぶ姉とまれ姉は、数少ない円の味方だからだ。
 二人の顔を立てるつもりで出向いた呪法解析室に、半ば強引に軟禁された。

「君は使えそうだね。草の仕事が嫌いなら、ウチで貰うとしよう。最近、大幅に人員が減って困っていたんだ」

 室長の朽木要が、嬉々として言い放った。
 聞けば、反魂儀呪の儀式の事件で大量に職員が動員された際、結構な負傷者が出たらしい。そのまま辞めた職員もいたそうだ。

(そういえば、化野さんも呪いを掛けられたって話だったな。惟神の水瀬統括ですら祓えない強力な呪詛だって聞いた)

 現場に出れば、そんな危険は日常茶飯事だ。
 鈍い円など、いつ死ぬかわからない。
 大人しく呪法解析室に留まっているのが賢明だと悟った。

 幸運なことに、この部屋は生活するのに不自由しない。
 寝室もキッチンも風呂も一通り揃っている。壁一面を使った大きなディスプレイの後ろには、解析対象の呪具を収める場所もある。
 必要な機材は申請すれば揃えてもらえる。
 仕事で結果さえ出せば、円にとって快適な空間だった。

(引きこもりの扱いをよく知っているんだな、朽木室長。これだけ良くしてもらって、結果出せなかったらどうなるんだろう、怖い)

 特に大きな仕事が舞い込んでくることもなく、淡々とこなしているうちに数カ月が過ぎた。地下に籠り切りの円に季節感などない。
 そんな折、姉たちからまた妙な話が舞い込んだ。

「四月から入った惟神に、高校生の双子がいるんだけどさぁ」
「男の子の方が、円の好みっぽいんだよね」

 何を言い出すのかと思えば、と呆れた。

「俺の好みは多分、三次元には存在しないよ」

 さすがにコレには物申した。
 たかが人間如きが、神絵に勝てるはずがないだろう、馬鹿なのか。
 どれだけ綺麗でも、所詮は人間だ。完璧には程遠い。

「まぁま、そう言わずに。私たち、当分は諜報が忙しくて来れないからさぁ」
「須能班長に申請、出しといてあげたから、来週から仲良くやりなよぉ」

(来るのか、本当に? なんて迷惑な)

 とは思っても、言えない。
 姉たちは、円を気遣ってくれたのだ。その気持ちは、素直に嬉しい。
 しかし、プライベートな空間に異物が入り込むのは耐え難い。

(適当に理由を付けて、すぐに返してしまおう。須能班長なら、嫌がれば気付いてくれるはずだから、何とかなる)

 そう思って、顔合わせ当日を迎えた。
 三重もある重厚な扉の向こうから、彼はやって来た。
 忍の説明を聞きながら、中へ中へと、円の傍へと近付いてくる。
 その姿に、思わず見惚れた。

 すらりと伸びた身長は高すぎもせず低すぎもせず、一七〇センチ以上はあるだろうか。
 一見細身に見えるが、引き締まった筋肉をしているのは身のこなしでわかる。足運びが武術を嗜む人間の動きだ。
 細く長い綺麗な指にはタコがある。使う武器は刀だろうか。それにしては指の曲がり具合が不自然だ。どちらにせよ、あの美しい白い指が汚れるほどの訓練をしているのだろう。非常に勿体ない。
 
 青年の目が、円に向いた。
 眼鏡の奥の、真っ直ぐな瞳が円を射抜く。形の良い目は穢れを知らない美しさを纏っている。
 鼻筋が通った面長な顔、綺麗な輪郭が醸す色気、薄い唇の薄い紅がやけに色香を増して見える。

まどか、そこにいたか。助っ人を連れてきた。13課に来たばかりだから、色々教えてやってくれ」

 忍に促され、青年が前に出る。

「怪異対策担当所属の惟神かんながら峪口さこぐち智颯ちはやです。解析は初心者ですが、足を引っ張らないように努めますので、よろしくお願いいたします」

 三角定規をあてたくなるレベルの正確な角度のお辞儀は、それすらも美しい。

「呪法解析担当、花笑はなえみまどか、です。よろしく」

 控えめに出した円の手を、智颯が握った。

「よろしくお願いします、花笑先輩」

 胸の中で、何かが堕ちる音がした。

(やば……、これは、やばい)

 円の解析能力が即座に仕事を始めた。

(この人、すごく真面目で融通がきかない生徒会長タイプだ。しかも多分、頭良いくせにめちゃくちゃ鈍い、箱入りのお坊ちゃん)

 草の洞察力と自分の能力である解析に全霊力を集中して智颯を見詰める。

まどかと呼んでやれ。諜報担当はほとんどが花笑だから名前で呼ばないと、ややこしい。智颯も今後は諜報担当と関わる機会が増えるだろうからな」
「わかりました、円先輩とお呼びします」
「円で良いと思うぞ。お前の周りは先輩だらけだ。面倒だろう。ここは学校ではないからな」

 忍に視線を向けられて、円は頷いた。
 智颯と忍の会話など、最早どうでもいい。

(理想……理想が服を着て、いや制服を着て歩いている。あの制服、めっちゃ頭良い学校だ。どこまでも好み……。どうしよう、どうしよう、彼が堕ちる様を、見てみたい)

 顔が良くて性格も良い、文武両道で女子にも男子にもモテモテな生徒会長タイプの、いわゆる完璧なノンケ男子高校生が、男に懐柔されて少しずつ快楽堕ちしていき抜け出せない程ずぶずぶに沼る。
 そんなシチュが円の大好物だ。

 智颯は絶対に三次元にはいないはずの、円の好みドストライク男子だった。

(初姉、稀姉、ありがとう。最高の姉を持った奇跡に弟は感謝します。今までの人生で一番、感謝しています)

 二人の姉への感謝の気持ちを噛み締めた。

「詳しい説明は円に聞け。円、頼んだぞ」

 頷くと、忍は出て行った。
 早速、智颯と二人きりになった。
 隣に座った智颯を見詰める。

(近くで見ても、完璧だ。完璧に綺麗だ。こんな理想が二次元以外に存在していいのか? もしかして作りものじゃないのか? 近くに俺の知らない傀儡師でも潜んで……)

「あの、円さん。僕は何をすればいいですか?」

 じっと見詰められるのが気まずかったのか、智颯が目を逸らした。

(僕! 一人称、僕なのか! 完璧だ、どこまでも)

 思わず智颯の腕を掴んでいた。

「智颯君て、まるで俺のために(産まれてここに)来てくれたみたい」
「はい、そうですよ。お役に立てるよう、尽力します」

 思ってもみなかったストレートな回答に心臓が爆発しかけた。
 いつも座っている椅子からズルズルと体がずり落ちる。

「解析については素人ですが、僕も学びになりますしって、円さん! どうしたんですか?」

(智颯君、俺のために来てくれた、俺のために快楽堕ちしてくれるんだ。俺、頑張って智颯君を沼に引きずり込むから。一緒にいっぱい、気持ち悦くなろうね)

 すっかり沼にハマったのが自分自身であることに円は気付いていなかった。
 堕とすどころか智颯に翻弄され続ける日々が待っていることを、円はまだ知らない。








【補足情報】
『理想の卵が孵るまで (円智スピンオフ:円目線)』
 物語がシリアスモードに突入したので、緩衝材のつもりで合間にいれようと書き始めました。スピンオフで別枠作るほどでもないしな、と思いつつ。
 本当はRにしたかったけど、智颯がピュア過ぎてならなかった……。
 円は思いっきりオタクです。BL大好き腐男子くん。三次元に興味なんかなかった二次元至上主義者が三次元に理想を見付けて堕とすつもりが翻弄されるお話。智颯がド天然真面目くんな上、円は心で何を思っていても伝えられない奥手っていう。円は智颯を快楽堕ちさせるつもりだったけど、あまりにピュアな智颯にほだされていくっていう。智颯も智颯で円に懐いていって、ちょっとずつ仲良くなっていく。そんな二人を温かく見守ってあげてください。


智颯と円のイメージ画像。
あくまでイメージです。差し替える可能性ありますが、一先ずアップ。

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