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第Ⅱ章

第48話 槐の計画

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「出ている、分の、解析結果を、見ますか?」

 円が椅子ごとパソコンに向きを変える。
 そういえば、仕事で来ているんだと思い出した。

「それって、重田さんの解析だよね? 掛けられた呪法の解析? それとも重田さん自身の言霊術? 清人に掛けられた言霊の内容ってわかる?」

 直桜の矢継ぎ早な質問に、円が振り向いた。

「全部、わかりますよ。ただし、どこまで探れるかは、やってみないと、わからないです、直桜様」
「そうなんだ。なんで、様?」

 直桜の質問には答えずに、円がディスプレイに向き直った。

「俺がアプローチ、したのは、重田優士自身の、直霊です。反魂儀呪の巫子様、が重田優士に仕掛けた、のは、術を縛るための、封印術。術の根は、それくらい、深い」

 背筋に冷たいモノが流れた。
 魂や霊力に関わる部分に直接働きかける呪いは、あまりにも危険だ。

「重田さんの言霊術にも直接、関与してるってことだよね。どうして全部は、縛らなかったのかな」

 直霊まで縛るような封印術なら優士の術も意識も総て奪って傀儡にも出来ただろう。言霊術そのものを乗っ取ってしまえば、もっと簡単だったように思う。

「呪いは、基本、祓われれば、術者に返ります。惟神のように、神様が祓いでもしない限りは、消えない」

 指摘されて、気が付いた。
 直桜はいつも神力で穢れも呪いも祓ってしまうから、その場で消滅させられる。
 しかし本来の呪いは祓えば術者に返り、掛けた分と同じだけの被害を被る。
 それを狙った呪詛返しを生業にする術者もいるくらいだ。

「だから、縛るポイントを絞ったのか。惟神以外が祓う事態を考慮した。でも、祓える術者なんて……」

 考えて、いるなと思った。
 今、直桜の後ろに立っている忍も、集魂会の行基も、祓おうと思えば祓える。

「その上で、祓われない工夫をしたってこと?」

 呪詛返しを懸念して祓えない工夫をするくらい、楓なら考えそうだし余裕でできそうだ。
 円が頷いた。

「その工夫が、藤埜統括に、掛けた、言霊。直桜様も送り込まれた、稜巳という名の少女。反魂香を取り込んだ、角ある蛇。映像を、出します」

 目の前のディスプレイに、少女の姿が映し出された。
 和装に身を包んだ、見目は十歳前後の幼い少女だ。

「これ、俺が重田さんから受け取った言霊で見せられた女の子と同じだ。どうやって出したの?」
「重田優士の中に、残っていた、言霊です。本来、言霊の映像化は、高位術。受け取る側にも、それなりの霊力が必要に、なります」

(この子が、祓われないための工夫)

 優士が稜巳を救うために清人に言霊術を仕掛け、清人もまた稜巳のために優士の言霊術を敢えて発動させた。

(稜巳を救うためには、恐らく言霊術が必要だ。そこに自分の封印術を絡めれば、祓われる心配はない、か。重田さんの目的は完全に見抜かれていたんだな)

 優士が集魂会も13課すらも裏切って反魂儀呪に下った理由を、楓も槐もしっかり見抜いていた。
 その上で、清人の反魂儀呪潜入まで計算の内だったのだろう。清人を欲しがっている槐にとっては好都合だ。利用しない手はない。

「でも、俺や清人に見せちゃったら、縛りにならないんじゃないの?」

 他の縛りに関しては恐らく、反魂儀呪との関わりを言葉にしない、伝えないという縛りのはずだ。優士と反魂儀呪の繋がりが露見しない方が、槐にとっては計画を円滑に進められる。
 実際に優士は反魂儀呪に関わる言葉を使わないように会話していた。
 直桜の疑問に、円が首を振った。

「稜巳に、関しては逆、です。伝えることが、条件。だから、藤埜統括も直桜様も、稜巳を知った」
「俺たちに報せることが、条件?」
「多分、ですが、そうです。重田優士の、目的を知っていれば、稜巳の情報を、必ず、流すと、判断するはず、だから」

 言われてみればその通りだ。
 むしろ優士が稜巳の情報を流さなければ、清人を動かせない。

「俺たちに稜巳の言霊を流さなければ封印術の縛りで、命を落とすかそれに準ずる術が発動するはず。重田さんは、清人や俺に状況だったのか」

 直桜は歯軋りした。
 呪詛返しを懸念しての縛り。優士の目的から行動を見越しての保身は見事だ。槐の計画通りに動くよう、優士の行動を誘導し操っている。

 それに加えて、この少女に関する言霊に封印術が絡んでいるのなら、祓えない。
 解呪してしまったら、清人に現在、掛かっている優士の言霊術も解呪される。稜巳という少女を救う言霊《手段》がなくなる。清人が敢えて言霊術を発動させてまで反魂儀呪に潜った意味がなくなる。

「これじゃ、俺でも、重田さんに掛かった楓の封印術を解呪できないね」

 口惜しさが言葉にも態度にも滲み出た。

「如何にも槐らしいやり口ですね。反吐が出ます」

 護が悔しそうに吐き出した。

「重田さんの目的を利用して、槐は清人を手に入れたんだ。紗月より先に、清人に手を出してくるとは、思わなかったな」

 初めからそのつもりだったのか、都合よく優士を使える状況だっただけの偶然なのかは、わからない。

(あの槐に、偶然なんか有り得ないよな。全部計算の上だ。紗月の襲撃も重田さんを動かしたタイミングも全部、清人を手に入れるための布石、槐の計画だ)

 考えれば考えるほど、怒りが込み上げる。
 槐の手の内で転がされて藻掻くだけの自分に、腹が立つ。
 護が、直桜の手を握った。

「清人さんなら、大丈夫です。大人しく槐の飼い犬になれる人じゃありません。信じましょう」

 直桜の手を包んで、護が微笑む。護の手が震えていた。
 本当なら、護の方が取り乱したい心境のはずだ。その護が、耐えている。

「わかってる。イライラすると思考が鈍るから、気を付ける」

 前にも護に指摘された。槐のことを考えている時の直桜はイラついている、と。護はそれを言いたいんだろう。
 直桜は、大きく深呼吸した。
 
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