仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ章

第43話 ミルクと砂糖を入れて

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 やけに大人しい紗月を、直日神が眺める。

「紗月は男の自分に未練はないか?」

 直日神が強引に話題を変えた。

「未練? ああ、伊豆能売の魂が定着したら、もう男の姿にならないんですね。それならそれで、煩わしさはないけど」
「紗月は、自分が元々は男だって、知ってたの?」

 特に驚きもしない紗月に、直桜が問う。

「何となく感じてはいたねぇ。男の姿の方が自分としては、しっくりくるから。だから、子供が産めないんだろうなって思ってた。月経もなかったしね」
「そっか……。じゃぁ、今は産めるってこと?」

 直日神を振り返る。
 直桜に向かって静かに頷いた。

「伊豆能売が魂に混ざったなら、ゆっくりと女子の体が作られる。時期に月の障りもあろう」
「年齢的に今更って感じだけどね。けどまぁ、長いこと、女として生きてきてるから逆に今更、男になる方がしんどいかな。体的にも社会的にも」

 確かに、そうだよなと思った。
 どちらの状態も知っているからこそ、そんな風に思うのだろう。

「使い分けられるなら、どうだ? 伊豆能売は強き巫女ゆえ、男の剛腕も欲しかろう」

 直日神がニコニコと紗月に笑みを向ける。

「そんなこと、できるんですか? 自分の意志で自在に変われるなら、便利だなぁ。色々と使い勝手が良さそう」

 何となく乗り気な紗月と直日神を直桜は交互に見比べた。

「直日、待って。何で紗月に男をゴリ押しするの? なんか変だよ、直日っぽくない」

 そもそもが俗世に興味がない直日神だ。いくら伊豆能売の魂を持つ人間相手とはいえ、世話を焼き過ぎる。

(世話焼きというか、押し売りしてるように見えるし)

 直日神が、直桜を振り返った。

「その方が、直桜の役に立つからだ」

 はっきりと言い切った直日神は、笑っていない。至極、真剣な顔だった。

「俺の役に立つって、なにそれ」
「話したであろう。直桜の平穏を守るために吾も俗世に関わると。伊豆能売が強ければ、直桜や吾の役に立つ」
「何だよ、それ!」

 直桜は隣に座るの直日神に向き直った。

「俺や直日の平穏のために、他人に無理を強いるの? そんなの、おかしいだろ。紗月が望まないなら、するべきじゃない。直日にゴリ押しされたら紗月は、伊豆能売は断れないだろ」

 曲がりなりにも神なのだから、自分の都合で他者を操るような真似はしてほしくない。直日神は、そんな神様じゃない。

「直桜、落ち着いてください」

 何も言わない直日神に代わって、護が直桜を嗜める。

「そんなやり方で守る平穏は要らないし、直日にそんなやり方、してほしくない」
「直桜……」
「違うよ、直桜」

 何かを言おうとした護の言葉に被せて、紗月がきっぱりと言い放った。

「私が男の姿を使い分ければ、伊豆能売はより強くなる。強くなれば死なない。長く生きていれば、それだけ長く直桜や直日神様を守れる。そういう意味だ」

 言葉を失くした直桜に、紗月が笑いかけた。

「眷族や守人は主を守るのが役目だ。その為に、自分の命は惜しまない。だからこそ、私たちが死なないように慮ってくれるのが主なんだよ」

 直桜の隣に立つ護を見上げる。
 護が紗月と同じ顔で頷いた。

「特に伊豆能売は鬼神以上に前線に立つ戦闘特化の巫女だからね。壊れない体は必須なんだよ。私も、もう三十六だしさぁ。人間的にピークは過ぎてんのよ」

 ニシシと悪戯に笑う紗月を横目に、直日神が直桜に向き合った。

「本来は護のように神紋を与えてやるが良いが、それは直桜の役目ではあるまい」

 じわじわと後悔と恥ずかしさが込み上げる。
 俯いて、直日神の服を握り締めた。

「ごめん。でも、直日の言い方も、悪いと思う」

 耳が熱くて、顔を上げられない。
 直日神の手が、直桜の頭を撫でた。

「そういう直桜が、吾は可愛いぞ」
「私も、そういう直桜が好きですよ」

 直日神と護にフォローされるのが、余計に恥ずかしい。

「そうね。私も直桜の、時々出ちゃう真っ直ぐで熱い性根が、割と好きよ。傍観者気取りで澄ました顔して遠巻きに人間を眺めてる時より、いいね」

 より詳しく分析されて、思わず顔が上がった。

「俺のこと、そんな風に思ってたの、紗月」
「基本は、そんなスタイルじゃん。興味ない振りして乾いた目で観察しているっていうか」
「興味ないことには興味ないよ、誰だってそうだろ。別に傍観者気取ってるわけでも乾いた目で見てる訳でも……」

 集落にいた頃や大学に通っていた間は、確かにそんなスタイルだったかもしれない。
 言葉を飲んだ直桜を眺めて、紗月が勝ち誇った顔をした。

「ははは。看護師の観察眼、舐めんな。直桜はもっと、素直に生きていいんだよ。13課はきっと、直桜にとってそういう場所になる」

 そう話す紗月の顔は穏やかで、優しい。きっとこの先、自分を支えてくれる人なんだと、素直に思えた。
 しかしその手は、直日神のコーヒーカップに角砂糖を放り込んでいた。
 勝手にくるくると混ぜて、砂糖を溶かしている。

「さ、どうぞ。直日神様」

 進められて仕方なく、直日神がコーヒーを一口、含む。

「む、悪くないな」

 我が意を得たりといった得意顔で、紗月がミルクを注いだ。

「更に、どうぞ」

 今度は嫌がらずに、直日神が素直に飲んだ。

「ふむ、ぶらっく? より、この方がよいな」

 二口、三口と、直日神がコーヒーを飲み始めた。

「そういえば、清人、遅いね。どこまで散歩にいってんだろ。解毒もしないといけないのに」

 昨日はなんだかんだと忙しく、優士にかけられた言霊術の解毒ができなかった。
 今日もすぐに忍に呼び出されてしまい、タイミングを逃した。

(清人の態度、変だったよな。昨日も今日も、解毒を先延ばしにしてるみたいに見えた)

 のらりくらりといつもの調子で躱されて、タイミングを逃した感じだ。ああいう態度をとる清人は、何かを誤魔化している時だと、最近分かった。

(自分の気持だったり、隠したい何かがあったり。重田さんに流し込まれた言霊も、結局教えてくれなかった)

 キョロキョロして、スマホを探す。
 ソファの上に置きっぱなしになっていた。

「あ、メッセージきてた。……!」

 直桜の纏う気配が変わって、紗月と護が振り返る。

「直日、枉津日の場所の特定できる? すぐに出る」

 スマホの画面を二人に見せる。

『俺が堕ちたら、ちゃんと殺せよ』

 清人からのメッセージは意味深どころか、まるでそのままの意味だった。
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