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第Ⅱ章

第42話 ブラックコーヒー

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 重田優士は13課で拘束となった。梛木の空間術を施した結界に閉じ込め、口を封じて言霊術を禁術する。
 四肢を拘束され、目と口を塞がれた状態での監禁は、見ていて気持ちの良い姿ではなかった。

「梛木の空間術は完全に異空間だから逃げられないけど、やっぱりあそこまでしないとダメなんだね」
「重田さんの言霊術は、強すぎますからね。惟神ですら避けられない脅威であると発覚した以上、並の監禁では済ませられません」

 椅子に掛ける直桜の耳に手をあてて、護が暗い表情をする。
 護は、直桜に例の解毒術を施してくれていた。
 昨日、優士を拘束した後も解毒をしてもらっていたが、念のためだ。耳から術を行使するのは、脳に残った言霊術を処理するためだった。

「俺が終わったら直日の全身にも、もう一度、してあげてくれる? てか、護は疲れないの? 大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫ですよ。神紋から直桜の神力を貰えますから。直桜こそ、大丈夫ですか?」
「俺は何もしてないから、疲れないよ」
「直桜は神気が有り余っておる故、使って巡りを良くした方がよい」

 直桜の隣に座る直日神がさらっと可笑しな話をする。

「そんな、リンパのデトックスみたいな言い方、やめてくれる」

 神力の元に言われると、余計に変な気持ちになる。
 コーヒーを飲んだ直日神が顔を顰めた。

「この黒い飲み物は、苦いな。直桜はいつも飲んでおるが、これが好きなのか?」
「そういえば、直日はコーヒー、飲んだことないかもね。いつも酒ばかり」
「あるなら酒が良いな」
「ダメだよ。直日が飲んでたら、紗月も飲むとか言いかねない」
「流石に、それはないと思いますが」

 護が苦笑いした。
 紗月は今、清人と共に忍の元へ呼ばれている。
 戻ってきたら直日神に合わせるつもりだ。

「紗月の中に在る魂が伊豆能売だって、直日は気付いてたの?」

 コーヒーカップを傾けながら、直日神が首を傾げた。

「懐かしい御霊であるとは思うたが。伊豆能売とは知らなんだ。毒のためであろうな。惟神を殺す毒は、神力をも弾くのだろう。男の体に女子の魂が宿るとは面白いと、思うておったよ」
「……え?」

 直桜と護が同時に直日神を振り返った。

「それって、紗月は元々、男だってこと?」

 コーヒーカップを近づけて、直日神が香りを確かめている。

「ああ、そうだ。伊豆能売が宿った故、女子の魂が定着した。男が残った体も、今後は女子に落ち着こうな」
「そうなんだ。じゃぁ、紗月の男姿を見ることは、もうないんだね」

 護が直桜から手を離し、顔を覗き込んだ。

「どうですか、直桜。頭痛や吐き気はありますか?」
「いや、何ともない。むしろ、頭とか肩とか、軽くなった気がする」

 腕を回して、体の具合を確かめる。
 護が安心した表情で直日神の後ろに立った。

「触れますね」
「ああ、頼む」

 護の手が直日神の肩に触れる。 
 赤い神気が直日神の全身を覆った。

(俺の神気は金色だったり白かったりするけど、護の霊力が混ざった神気は赤く光るんだよな。なんか、不思議な気分だ)

 護と直日神の姿は、孫に肩を揉んでもらっているおじいちゃんに見えて微笑ましいなと思った。

「ただいまぁ」

 玄関で紗月の声がした。

「おかえりー」

 部屋に戻ってきた紗月の顔は、明らかに暗かった。

「あれ? 紗月だけ? 清人は?」
「外の空気、吸ってから戻るって、散歩に行った」

 紗月が並んで座る直桜と直日神の向かいに腰掛ける。
 頭を抱えるように俯いた。

「紗月、何か、あったの?」
「酒、飲みてぇ」

 直桜の言葉に被せて、紗月が呟く。
 地獄の底から響いたような低い声に、思わず姿を確認した。
 今は女の姿で、男ではない。

「持って来ましょうか?」

 慌ててキッチンに向かおうとする護を、紗月が手で制した。

「違う、気分がってだけ。今、飲んで良いわけがない」

 深く俯く紗月の顔が見えなくて、表情がわからない。

「伊豆能売の魂のこと、気が付いた時点で話していれば。いや、もっと早くに、私が自分の魂のこと、桜ちゃんに話していれば、良かったんだよ」

 ぶつぶつと、紗月が懺悔を始めた。

「でも話したら、何されるか怖かったし、何より13課に軟禁される予感しかなかったから。今しかなかった。なかったけど」
「紗月? 忍と何を話してきたの?」

 直桜は紗月の顔を覗き込んだ。
 紗月が少しだけ顔を上げる。

「忍と梛木と、桜ちゃんと話をしてきた。桜ちゃんに散々、嫌味言われたよ。結果的に、私が13課に正式に所属するなら良いって言ってたけど、全然良くない話し振りだった」
「ああ、そういう……」

 確かに陽人にしてみれば、もっと早くに話してほしかったろうし、知るべき情報だったろう。
 紗月に隠し事をされた事実もまた、陽人からすればショックだったかもしれない。魂に関する悩みなら、陽人にとっては専売特許だ。

(伊豆能売の件は、結果良ければ総て良しみたいな話だもんな。陽人が怒るもの無理ない。相手が紗月だったから、その程度で済んだんだろうな)

 直桜からすれば、「怖くて言えなかった」という紗月も気持ちも痛いほどわかる。相手が陽人だからこそ、言えない。
 自分の中にある魂が伊豆能売だと気が付いていなくてもそう感じたのは、紗月の野生の勘みたいなものだろう。
 
「落ち込むな、紗月。酒なら付き合うてやるぞ」
「直日神様……」

 紗月が涙目になる。

「もしかしてコーヒー、苦くて飲めないなら砂糖とミルク入れてみたら、どうですか」

 直日神が手の中で持て余すコーヒーカップを、紗月が指さす。

「甘味は然程、好まぬ」
「そうですか……」

 いつになく落ち込んだ様子で、紗月がしゅんと肩を落とした。

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