106 / 269
第Ⅱ章
第34話 陽人の期待
しおりを挟む
陽人が、蛇の根付がついた木札を護に手渡した。
「これ……。どうして、桜谷さんが」
「十三階の部屋だよ。大事なものは落とすなと、直桜に伝えておいておくれ」
それは行基が直桜に渡した、集魂会の根城の鍵だ。
恐らく、落としたのではない。直桜が自分の部屋で保管していたはずだ。
「直桜が目を覚ましたら、また遊びに行くといい。今度は僕にも是非、紹介してくれたまえよ」
ひく、と口の端が引き攣った。集魂会の根城に行ったことが完全にバレている。
何と返事をするのが正解か、わからない。
見上げると、陽人がにっこりと笑みを返した。
怒っている風ではないが、何を考えているのかわからない笑顔だった。
(直桜が集魂会に関わることを、桜谷さんは咎めないのか。同じ反社でも反魂儀呪とは捉え方が違う気がする)
自分たちは反社ではないと語った行基の言葉も、あながち嘘ではないのかもしれない。陽人の反応を観て、そう感じた。
(だとしたら、桜谷さんは直桜に何かを期待しているのだろうか)
集魂会という組織を陽人がどう扱う気でいるのか。それも気になったが、それ以上に、陽人が直桜に掛ける期待の大きさが気になった。
陽人の言葉通り、直桜と護はこれまで、難題を多く解決してきている。しかし、それらは総て、直桜でなければ解決できなかった問題ばかりだ。
(直日神の惟神、神喰いの惟神、有史最強の惟神。どれも大袈裟な肩書にすぎないと思っていた。けれど、直桜は俺が思っている以上に特別な存在なのかもしれない)
護は直桜に向き直った。固く閉じた瞳は、開く気配がまるでない。
「どうすれば、直桜は目を覚ましてくれるでしょうか」
「そのうちに、目を覚ますよ」
あまりに適当な陽人の答えに、護は顔を上げた。
「惟神は触れるな。浄化はするな。呪詛ではなく毒。これだけの情報では、正直、私もお手上げでね」
後ろで要が、本当に手を上げている。
「しかし、一つ言えるのは、今後も同じような事態は起こり得る、ということだ。更に厄介なことに恐らくこの毒は、重ねる度に致死率がアップする猛毒になる」
護の顔から血の気が失せた。
「どうしてですか?」
「直桜の浄化スタイルは、一度体内に穢れを取り込み聞食す。その時、欠片でも毒が混じれば、体内に残る」
自分の魂魄を祓ってもらった時のことを思い出し、はっとした。
あの時の浄化で既に直桜の中に毒が蓄積されていたとしたら。今回の紗月の浄化で残った毒と合わさり、直桜をこんな状態にしているのかもしれない。
「久我山あやめが、惟神を殺す毒をどこに捲いているか、わからないってことですね」
護の魂魄も紗月の魂の呪詛も、直桜に出会うより遥か昔に掛けられたものだ。ターゲットが直桜だけではないと考えても、可能性は計り知れない。
(久我山あやめが既にいなくても、槐なら、それくらいのこと、やりかねない。今までが、ずっとそうだ)
「清祓や浄化は直桜にとって息を吸うのと変わらないだろ。避ける方が難しい」
要の説明に、ぎりっと歯軋りした。
反魂儀呪の、槐のそういうやり口が、護は死ぬほど嫌いだ。
「そのうちに反魂儀呪の方から動き出すだろう。毒を使うなら解毒剤が必須だ。取引にならないからね」
「槐がこの状況を見越していたと?」
「何時こうなっても良いように、準備はしてあるだろうね。直桜の気配も察知しているだろう。尤も、この地下まで触手を伸ばせるかは、疑問だがね」
言ってから愚問を投げてしまったと思った。
槐はそういう男だと、今しがた再確認したばかりなのに。
「槐が取引を持ち掛けてくるのが早いか、直桜が解毒して目を覚ますのが早いか。それだけの話だよ」
「桜谷さんは、直桜を信じているのですね」
さっきから陽人は、直桜が目を覚ます前提で話を進めている。
今の直桜の姿を前にしては、護はそんな風に考えられない。
「戻ってくると、本人が言ったんだろ?」
振ってきた声に、護は俯いた顔を上げた。
「直桜が自分から、浄化して戻ってくると言ったんだ。戻ってくるさ。直桜は、出来ないことを出来るという子では、ないからね」
陽人が手を伸ばす。
眠る直桜の肌をするりと撫でた。
「向上心がなくて困ると思った時期もあったが、こういう時は、正直な性格に安堵するよ」
直桜の頬を撫でる陽人の横顔は、見たこともないくらい優しかった。
陽人が護を振り返った。
「外で何が起きても気にしなくていい。13課の他の者が対処する。化野は直桜の傍について助けてやれ。それがお前の今の仕事だよ」
ぽんと肩を叩かれて、護は俯いた。
「しかし、私には、傍にいる以外に出来ることなんて」
「それでいい。神紋を持つ化野が直桜の傍を離れる方が、今は危険だ。惟神の眷族としての自覚を持て」
陽人が、護に顔を近づけた。
「僕はね、直桜も化野も、こんなところで失う気はないんだ。何を差し置いても主を守る、それが眷族だ。化野にしかできない仕事が必ずあるよ」
気圧されて、頷くことしかできなかった。
護の顔に満足したのか、陽人は部屋を出て行った。
「これ……。どうして、桜谷さんが」
「十三階の部屋だよ。大事なものは落とすなと、直桜に伝えておいておくれ」
それは行基が直桜に渡した、集魂会の根城の鍵だ。
恐らく、落としたのではない。直桜が自分の部屋で保管していたはずだ。
「直桜が目を覚ましたら、また遊びに行くといい。今度は僕にも是非、紹介してくれたまえよ」
ひく、と口の端が引き攣った。集魂会の根城に行ったことが完全にバレている。
何と返事をするのが正解か、わからない。
見上げると、陽人がにっこりと笑みを返した。
怒っている風ではないが、何を考えているのかわからない笑顔だった。
(直桜が集魂会に関わることを、桜谷さんは咎めないのか。同じ反社でも反魂儀呪とは捉え方が違う気がする)
自分たちは反社ではないと語った行基の言葉も、あながち嘘ではないのかもしれない。陽人の反応を観て、そう感じた。
(だとしたら、桜谷さんは直桜に何かを期待しているのだろうか)
集魂会という組織を陽人がどう扱う気でいるのか。それも気になったが、それ以上に、陽人が直桜に掛ける期待の大きさが気になった。
陽人の言葉通り、直桜と護はこれまで、難題を多く解決してきている。しかし、それらは総て、直桜でなければ解決できなかった問題ばかりだ。
(直日神の惟神、神喰いの惟神、有史最強の惟神。どれも大袈裟な肩書にすぎないと思っていた。けれど、直桜は俺が思っている以上に特別な存在なのかもしれない)
護は直桜に向き直った。固く閉じた瞳は、開く気配がまるでない。
「どうすれば、直桜は目を覚ましてくれるでしょうか」
「そのうちに、目を覚ますよ」
あまりに適当な陽人の答えに、護は顔を上げた。
「惟神は触れるな。浄化はするな。呪詛ではなく毒。これだけの情報では、正直、私もお手上げでね」
後ろで要が、本当に手を上げている。
「しかし、一つ言えるのは、今後も同じような事態は起こり得る、ということだ。更に厄介なことに恐らくこの毒は、重ねる度に致死率がアップする猛毒になる」
護の顔から血の気が失せた。
「どうしてですか?」
「直桜の浄化スタイルは、一度体内に穢れを取り込み聞食す。その時、欠片でも毒が混じれば、体内に残る」
自分の魂魄を祓ってもらった時のことを思い出し、はっとした。
あの時の浄化で既に直桜の中に毒が蓄積されていたとしたら。今回の紗月の浄化で残った毒と合わさり、直桜をこんな状態にしているのかもしれない。
「久我山あやめが、惟神を殺す毒をどこに捲いているか、わからないってことですね」
護の魂魄も紗月の魂の呪詛も、直桜に出会うより遥か昔に掛けられたものだ。ターゲットが直桜だけではないと考えても、可能性は計り知れない。
(久我山あやめが既にいなくても、槐なら、それくらいのこと、やりかねない。今までが、ずっとそうだ)
「清祓や浄化は直桜にとって息を吸うのと変わらないだろ。避ける方が難しい」
要の説明に、ぎりっと歯軋りした。
反魂儀呪の、槐のそういうやり口が、護は死ぬほど嫌いだ。
「そのうちに反魂儀呪の方から動き出すだろう。毒を使うなら解毒剤が必須だ。取引にならないからね」
「槐がこの状況を見越していたと?」
「何時こうなっても良いように、準備はしてあるだろうね。直桜の気配も察知しているだろう。尤も、この地下まで触手を伸ばせるかは、疑問だがね」
言ってから愚問を投げてしまったと思った。
槐はそういう男だと、今しがた再確認したばかりなのに。
「槐が取引を持ち掛けてくるのが早いか、直桜が解毒して目を覚ますのが早いか。それだけの話だよ」
「桜谷さんは、直桜を信じているのですね」
さっきから陽人は、直桜が目を覚ます前提で話を進めている。
今の直桜の姿を前にしては、護はそんな風に考えられない。
「戻ってくると、本人が言ったんだろ?」
振ってきた声に、護は俯いた顔を上げた。
「直桜が自分から、浄化して戻ってくると言ったんだ。戻ってくるさ。直桜は、出来ないことを出来るという子では、ないからね」
陽人が手を伸ばす。
眠る直桜の肌をするりと撫でた。
「向上心がなくて困ると思った時期もあったが、こういう時は、正直な性格に安堵するよ」
直桜の頬を撫でる陽人の横顔は、見たこともないくらい優しかった。
陽人が護を振り返った。
「外で何が起きても気にしなくていい。13課の他の者が対処する。化野は直桜の傍について助けてやれ。それがお前の今の仕事だよ」
ぽんと肩を叩かれて、護は俯いた。
「しかし、私には、傍にいる以外に出来ることなんて」
「それでいい。神紋を持つ化野が直桜の傍を離れる方が、今は危険だ。惟神の眷族としての自覚を持て」
陽人が、護に顔を近づけた。
「僕はね、直桜も化野も、こんなところで失う気はないんだ。何を差し置いても主を守る、それが眷族だ。化野にしかできない仕事が必ずあるよ」
気圧されて、頷くことしかできなかった。
護の顔に満足したのか、陽人は部屋を出て行った。
3
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる