仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ章

第31話 霧咲紗月の正体

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 朝食を済ませ、改めてコーヒーを淹れると、ソファに場所を変えて、再度話を始めることにした。
 昨日、忍が焼いたスコーンが余っていたので、クロテッドクリームとブルーベリージャムを添えて、テーブルに置く。
 男の姿をした紗月が大きく伸びをする。

「朝からこんな話になるとは思ってなかったから、何から話していいか、わかんないやぁ」

 さっきまで緊張感はどこへ行ってしまったのか。
 早速、スコーンに手を伸ばして、紗月がぼやく。

「お前から言い出したんだろ。また逃げるつもりかよ」

 紗月の手からスコーンを奪い、清人が食べた。
 信じられない生き物を見るような目で、紗月が清人を凝視している。

「そうじゃなくてさ、話が、多すぎるんだよ」
「直桜に? 十年前の事件の話か?」

 怪訝な顔になる清人に、紗月が呻る。

「それもそうだけど、十年前の話は私じゃなくても話せるでしょ。もっと別の話だよ」
「そういう時って、結論からまず話すといいって、大学の教授が言ってたよ」

 直桜の言葉を聞いて、紗月が顎を摩った。

「結論ね、そっか。じゃぁ……」

 姿勢を改めて、紗月が直桜と清人の前に立ち、仰々しく傅いた。

「改めてご挨拶申し上げます。直桜様、清人様、これからは祓戸の巫女であり守人であるこの伊豆能売《いずのめ》が祓戸大神の惟神であるお二人をお守り申しあげます」

 顔を上げた紗月が不敵に笑う。

「「……は?」」

 素っ頓狂な直桜と清人の声が被った。
 隣で護が呆気に取られている。

「ほら、びっくりするじゃん。私だって驚いたんだよ。ずーっと調べてた自分の正体を、こんな形で知るなんて思わなかったしさぁ」

 姿勢を崩して、いつもの紗月がスコーンに手を伸ばす。

「伊豆能売って、確かに祓戸大神の巫女の名前だけど」
「魂しか存在しない、何時、顕現するかもわからない、集落が囲ってる巫女、じゃなかったか?」

 直桜と清人が顔を合わせる。

「え? じゃぁ、あの、紗月さんも惟神? なんですか?」

 混乱した様子は護も同じようだが、同じなりに質問を投げる。

「違うよ。私は惟神じゃない。伊豆能売は神に近い巫女だから。守人という意味では、化野くんの立ち位置に近いよ」

 コーヒーを含みながら、当然のように紗月が話す。

「伊豆能売は姿がなく、魂が人に寄生する。幼い頃に訪れた桜谷集落で移植されたんだと、思うんだ。でも、ちょっと問題があってさ。魂が、混ざらない。だから完全じゃないんだ。どうすればいいか、ずっと独学で調べていたんだけど、わからなくてさ」

 紗月の言葉を頭の中で整理する。
 確かに、幼い頃に桜谷集落を訪れたとは言っていた。惟神や集落についての知識量が多いのも、調べていた理由も、納得できた。

「ごめん、紗月。やっぱり順番に沿って、話してくれない?」

 結論にパンチがあり過ぎて、思考が付いていかない。

「だよねぇ。実は私も、つい最近まで自分の霊元が伊豆能売の魂だって知らなかったんだ。子供の頃から自分の中に別の何かがいるとは感じていたし、桜谷集落や惟神に関わる何かだとは、調べてわかってたんだけどね」
「どうして伊豆能売だと、気付かれたんですか?」

 護の問いかけに、紗月が直桜と清人を指さした。

「二人の惟神に囲まれて、顕現した直日神様と枉津日神様にお会いした時。私、気を失って倒れたでしょ? あの時、魂が悦びで震えているのを感じたんだ。それで知ったんだよ。伊豆能売はずっと、祓戸大神に会いたかったんだ」

 紗月が自分の胸に手をあてる。
 安堵にも似た表情を浮かべていた。

(最近、直日も枉津日も紗月の前で顕現しないのは、もしかして伊豆能売の魂や紗月の体に気を遣っていたのかな。そんなこと、全然言ってなかったけど)

 二柱がどこまで気が付いているのかは、わからない。だが、枉津日神や直日神の態度から察するに、ある程度は気が付いていたのかもしれない。

「だから、それがきっかけ。自分の魂の正体を知って、自分の役割を知って、自分の居場所は13課こっち側だと心の底では気付いてた」

 紗月の視線が直桜に向く。

「ずっと燻ぶってた私の魂は、直桜に出会って動き出した。だから、お願い。私の中の伊豆能売を私の魂と融合させてほしい。私たちの魂は、まだ完全に交じり合っていないんだ」

 息を飲む直桜の隣で、清人は顔をひくつかせた。

「完全に交じり合っていないって、融合したらどうなるんだよ。伊豆能売って祓戸最強を誇る戦闘特化の巫女だぞ」
「確かに、そうだね……」

 伊豆能売は神に準ずる巫女で、鬼神と同様に惟神を守る守人として存在する。武力に長ける祓戸四神とは別に、武力を持たない祓戸大神の守人だ。
 紗月が何故、人類最強なのか、嫌というほど理解できた。

「同じ守人として、負けていられませんね。精進しないと」

 護が決意を新たにしている。
 直桜や清人より受入が早くて、驚くばかりだ。

「でも何で、融合できなかったのかな? 移植の段階で失敗した? でも、失敗したら魂が紗月の中に残らないよね」

 直桜は清人を振り返った。
 清人が頷いて、紗月に視線を向ける。

「えーっとね。それについては最初から話さないといけないから長くなるんだけど、いいかな?」
「聞かないと話が進まないし、いいよね」

 清人と護が頷く。
 三人は息を飲んで紗月の話を待った。

「ろくでなしの父親が研究成果欲しさに集落に娘の体を売り払って魂移植術を施したんだけど、その時の術者が下手くそで中途半端なまま戻されました。と、親父の日記には書いてあった」
「全然わかんない!」

 思わず叫んだ直桜の言葉に清人が激しく頷いている。
 護が気まずそうな顔で困った笑みを浮かべている。

「だって、そう書いてあったんだもん。あ、でも直日神も枉津日神もいなかったから完成しなかったらしい、みたいなことも書いてあったかな」
「それって、紗月が何歳くらいの時の話?」
「三歳くらいかな? 正直、集落に行った記憶はほとんどないんだよね。幼過ぎて」
「確かにその頃なら、俺はまだ生まれてないし、枉津日も彷徨ってた頃だけど」

 直桜より前の直日神の惟神は数代前に遡る。
 祓戸大神の惟神が揃うのは、実はかなり久しぶりだ。

「ていうか、紗月の父親って何者なの? 研究って何してたの?」

 集落に娘を売り飛ばしてまで欲しかったものが気になる。

「国立理化学研究所に勤めるマッドサイエンティストで考古学者、いや、オカルト好きのおっさんかな。普通の人間に人工的に霊元を移植する実験してたんだよ」
「それって……」

 直桜は思わず護を振り返った。
 護が驚いた顔で直桜を見詰めている。

「私が持ってる惟神や桜谷集落の知識は親父の文献と日記が主でさ。桜谷家の直霊術を素人が真似事してたに過ぎない。それがどれだけ危険な行為か、親父にはわからなかったんだろうね」

 紗月の顔が小さく俯く。
 何かの悔しさを噛み潰すように、奥歯を噛んだ。

「あの、さ。紗月の父親って、今も生きてる?」

 紗月が首を振った。

「だいぶ昔に死んじゃったよ。実験中に暴発したプラズマに焼かれて心停止した。感電死みたいなもんだね」
「そう……」

 仮に、いやきっと、重田優士に霊元を移植したのは、紗月の父親だ。
 大昔に死んでいるというのなら、優士に英里の霊元を移植したのは、やはり。

(陽人以外に、いないか)

 他に高位の直霊術が使える術者を、直桜は知らない。

「陽人にお願いしようとは、思わなかったの? 陽人なら、紗月の魂の融合ができたかもしれないよ」
「んー、躊躇したんだよね。親父の文献には伊豆能売って記述が一つもなかったし。自分の中に何がいるのか、わかってなかったし。何より、親父のことも含めて、桜ちゃんに話したら、どうされるかわかんなくて、怖くて話せなかった」

 紗月の顔が思いっきり蒼い。
 その気持ちは何となくわかるので、否定も肯定も出来ない。
 清人も同じような気持ちなんだろう。微妙な表情をしていた。

「それに多分、桜ちゃんじゃ無理だと思うよ。直桜か、清人でないと完成しないんだと思う」
「どうして?」
「伊豆能売がそう言ってるから」

 紗月が、自分の胸に手をあてた。
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