仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ章

第25話 集魂会へようこそ

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 落ちた先には、またベッドがあった。
 正確にはベッドくらいふかふかな、大きな祭壇のようだ。
 禍津日神の儀式の時の祭壇を彷彿とさせる仕様に、嫌な思い出が蘇る。護も同じなのか、険しい顔をしていた。

「おぉ! ちゃんと召喚できた。やっぱ高僧は違うな!」
「元高僧な。つーかな、僧侶は召喚術とか普通は使わねぇんだ。怠いことさせんなっての」

 目の前で燥ぐ子供の頭を、気怠そうなおじさんが撫でている。

(子供っていうか、アレは鬼だな。護よりも鬼の血が濃そうだ)

 人に飼い慣らされた化野の鬼とは違う、野生の妖怪の匂いがした。
 直桜の目がもう一人の男に向く。
 四十をとうに超えている風貌の男は、一見して怠そうに脱力して見えるが、気配に隙がない。無駄のない気が全身を覆っているように感じる。

(忍に似た気配だ。高僧とか呼ばれてたし、元僧侶か。人じゃなさそうだけど)

 黙ったままの直桜を、元高僧がじっと見詰めている。
 敵愾というよりも、面白いモノを眺める好奇の目だ。

「観察は済んだかい? 最強の惟神様。誘いに乗ってくれて、ありがとさん。まさか来てくれるとは思わなかったぜ」

 男が嬉しそうにニヤリとする。

「お誘いありがとう、って言っとくよ。召喚術じゃ俺を呼べないって、わかってて使っただろ」
「そうだねぇ。最初から狙いはアンタの従者の鬼神だったよ。鬼さんを召喚すれば、一緒に来てくれんだろってさ。さすがの俺でも神様は召喚できねぇもんなぁ」

 男がカラカラと笑う。

「俺たちの事、良く知ってそうだね。俺にもアンタのこと、教えてよ。折角、来てあげたんだから、少しくらい教えてくれてもいいだろ」

 隣にいる子供が、男の手を引いた。

「なぁ、行基。俺、アイツ嫌いだ。仲間にしたり、しないよな」

 鬼の子供が護を指さして睨んでいた。

「私も貴方を好みませんし、仲間になることは確実にないので、ご安心ください」

 護が冷静に返答している。子供相手でもちゃんと返事をするあたり、護だなと思う。

「だってよ、良かったな」
「良くねーよ! 小倉山の鬼なんか、人に命乞いして生き残った臆病者の恥晒しだろ。未だに人に媚びてる奴なんか、顔も見たくねぇ!」

 祭壇から降りると、直桜は子供の耳を摘まんで持ち挙げた。

「それ以上言うなら、子供でも容赦しないよ。護は惟神の眷族だ。眷族の侮辱は神への侮辱と同義、俺に喧嘩売ってると受け取るけど、いい?」

 耳をくいと引っ張り上げる。小さな体は容易に持ち上がった。

「痛ってーな、離せよ! やる気のねぇ神様なんか、怖くねぇよ!」
「あっそ。なら何されても、文句はないね」

 粋がる鬼の耳を摘まんだ手に神力を集約する。
 鬼の顔が引き攣って、ただの怯える子供のような表情になった。
 高僧の男が手を伸ばすより早く、直桜の手を護が止めた。

「直桜、そのくらいで収めてください」

 護に促されて手を離す。地面に落ちそうになった鬼の体を、護が抱きとめた。

「貴方は大江山の鬼の子孫ですね。私よりずっと妖怪の気が濃い。人の血も混ざっているようですが、見た目によらず長生きですね」
「ああ、そうだよ。俺は茨木童子だ! お前よりずっと長生きだし、強いんだからな!」
「自己紹介、ありがとうございます。で? 本名は?」
「平井茨だよ。だから、茨木童子だ!」
「なるほど、なるほど。長生きということは、ご両親は、もう亡くなってしまいましたか? 貴方は突然変異で生まれた鬼子でしょか?」
「だったら、何だよ! もういいだろ、離せよ!」

 自称・茨木童子が護の腕の中でジタバタしている。
 聞き出すのが巧いなと思った。

「じゃぁ、アンタが酒呑童子?」

 苦み走ったおじさんに目を向ける。
 眉を下げて笑いながら、おじさんが手を振った。

「俺は鬼じゃぁねぇし。中央とやり合う気もねぇよ。いやでも、矢を射られれば打ち返すって辺りは、近いかねぇ」

 顔を顰めて考え込む姿は、どうにも気の抜けた様子だ。

「集魂会って反社なんだろ。何かしら活動目的があるんじゃないの?」

 呆れた声で聞いてみる。
 男がニタリと笑んだ。

「俺たちが集魂会ってわかってて召喚されてきたかぁ。肝が据わってて、いいねぇ。けど、俺らは反社じゃないし、アンタらを取って食おうとも思ってないぜ」

 直桜は首を傾げた。
 どうにも思っていた集団と違う。

「とりあえずアンタがリーダーで合ってる? てか、自己紹介してくれない? 俺のことは知ってると思うけど、瀬田直桜。直日神の惟神。で、隣が化野護、俺の鬼神」

 俺の、という言葉に護がピクリと反応した。直桜を見詰める護の顔が可愛いが、今はそれどころではない。

「ちゃんと教えてくれるんだ。律儀だねぇ。これはちゃんとお応えしないとなぁ。俺は行基だ。歴史の教科書とかに載ってる、あの行基大僧正だよ。早く入滅したいのに何回も御霊を呼び出されてる可哀想な高僧です」

 ぺこりと頭を下げられて、直桜と護は絶句した。

(御霊を呼び出されてるってことは、忍とは違うのか。てか、冗談なのか本気なのかいまいちよくわからない)

「一応、集魂会のリーダーなんだけどさぁ。俺はこんな感じだし、毎回、呼び出してきた奴のやりたいことに付き合わされてるわけ。嫌じゃなければ付き合う、みたいな感じよ。曲がりなりにも元高僧だからね、理に反することはしたくない訳よ」

 怠そうに話しているが、嘘はなさそうだ。
 何より、茨と名乗った鬼子が随分と懐いている。抱き付く茨の頭を撫でる手つきは、とても優しく見えた。

「えーっと、つまり、呼び出されるたびに集魂会は再結集して活動目的が変わるワケ? しかも、自分たちは反社の自覚ないってこと?」

 直桜の問いかけに、行基が至極当然に頷く。

「俺たちは反社じゃねぇよ。今は、人権を主張する真っ当な集団だ」
「人権?」

 怪訝な顔をする護を行基が横目に流し見る。

「小倉山の鬼は人に保護されてるから、わからんだろ。大江山の鬼、特に茨みてぇな妖怪の血が濃い鬼子はなぁ、人としての戸籍がねぇのよ。人の寿命ならとっくに死んでる歳だからな」

 はっとして、護が口元を手で覆った。

「他にも妖怪と人の間に生まれた子とか、妖怪の血を継ぐ人間とか。うちにはそんなんばっかり沢山いてなぁ。ま、生きる場所がねぇ奴らの集まりってトコだ」
 
 だとしたら、13課も同じではないかと思った。
 白雪にしても剣人にしても、普通の人間とは程遠い。13課に所属していなければ、二人も集魂会にいたかもしれない。

(だからって、集魂会の面子を全部、13課で引き受ける訳にもいかないよな)

 13課に所属するなら、働くことが条件になる。茨を見る限り、組織に所属して働ける者ばかりではなさそうに感じた。

「その活動目的って、何時から? 十年前に、集魂会は一度、壊滅してるだろ。あの時から、そうだったの?」

 もし、行基が話した活動が本当なら、紗月が壊滅させる理由がない気がした。

「十年前ね、若い姐さんが潰しに来たときか。あん時は助かったなぁ。とりあえず俺が入滅すれば集魂会は解散だから。無事に解散できたよ」

 眉間に皺が寄っているのが、自分でもわかった。
 直桜の顔を見た行基が、申し訳なさそうに笑う。

「悪ぃ、悪ぃ。あん時はな、俺の意に反した方向に組織が動いててな。潰してくれそうな生き物を召喚したわけ。まさか、あんな若くて可愛いのが来るとは思わなかったけどなぁ」

 思い出し笑いをしている行基はおじさん臭が漂って、ちょっと気持ち悪い。

「自分を殺してくれる相手を召喚したの?」
「そうだが? 俺を殺せる奴なんて、滅多にいないんだから、仕方ないだろ」

 当たり前なことを聞くな、みたいな顔をされてしまった。
 既視感があるなと思ったが、忍も時々、こういう顔をするなと思い出した。

「ま、あれだけ特殊な魂を抱えてる姐さんだ。そりゃ、俺のことなんか、簡単に殺せるさ」
「待って、特殊な魂って、どういうこと? それって紗月の話で合ってるよね?」

 直桜が前に出て、行基に迫った。

「直桜、不用意に近づくのは危険です!」

 護に肩を引っ張られたのと同時に、行基と直桜の間に人が立った。

「そこの鬼の言う通りだ。眷族の言葉は聞いておけ。行基が何もしなくても、俺は手を出すぞ」

 見上げると、黒っぽい男が直桜を見下ろしていた。
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