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第Ⅱ章

第22話 巫子様のお節介

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 駅前にあるコーヒーショップの二階の角の席に、直桜は腰を下ろした。
 眼下に広がる窓の外には駅を利用する大勢の人が行き交っている。物陰に身を潜めた護が直桜の位置を確認したのが分かった。

「まさか、本当に来てくれるとは思わなかったな」

 声と同時に敷かれた結界で、二つの席が空間から遮断された。

「化野さんは外で待ってるの? 何かあっても助けには来られないね」

 隣に座った枉津楓が、直桜に笑いかけた。

「この程度の結界なら、すぐに壊せるよ。只の目暗ましだろ、コレ」

 恐らくは会話を聞かれないために張った遮断結界だ。防御や隔離の意味合いは薄い。

「すぐに気が付くんだね。つまんないの。ふふ。でも、直桜とこんな話をする日が来るなんて思わなかったから、そこは楽しいかも」
「俺も思ってもなかったよ。楽しくはないけど」

 枉津楓は、大学の同級生でゼミ仲間、良くつるんでいる友達。だったのは最近までの話だ。
 13課が追い続けている反社会的組織・反魂儀呪の巫子様と崇められる存在であり、リーダーの八張槐の父親違いの弟だと発覚したのは一月ほど前の話。
 有体にいえば、敵同士だ。

「で? 何の用事なワケ? 今の俺には呪詛は意味ないけど」

 前回は反魂儀呪の罠に乗るためわざと捕縛され、儀式に利用された。しかし今回は、あの時、楓が使った封じの鎖対策もしてある。

「強すぎるっていうのも、考えモノだよね。13課の他の職員には話さなかったの? 俺と会うって」

 わかっていて聞いているのだろう。楓の態度からは余裕を感じる。

「話していないよ。てか、話したら大変なことになるだろ。反魂儀呪の巫子様を捕らえられるチャンスなんだから」
「そのチャンスを活かさなかったのかなって思ってさ。見ての通り、俺は今日、一人で来てるよ」

 確かに、周囲に妙な気配は感じない。
 だが、油断はできない。

「俺は友達に会いに来ただけ。護は心配症で付いて来ただけ」

 コーヒーを一口、含む。
 実際、一人で行こうとした直桜を、護が鬼の形相で止めたのだ。

『あの男が直桜に何をしたか、忘れたんですか? 正直私は、枉津楓を百万回殺しても飽き足りません。末代まで祟ります。死んでも許しませんよ』

 真顔で淡々と語る護は怖かった。

「直桜、俺にレイプされたの忘れちゃった? あんなことされても、まだ友達って呼んでくれるの?」
 
 護に続き、楓本人にまで言葉にされると、げんなりする。
 正直、あの時は呪詛のせいで意識が朦朧としていたので、あまり良く覚えていない。

「一瞬でも俺のこと好きって言ってくれて、嬉しかったな。もう二度と、聞けない言葉だからさ」

 小さく笑う楓の横顔はどこか寂しげに見えた。

「悪いけど、あの時のことは良く覚えてない。楓のことは今でも友達として好きだよ。じゃなきゃ、こんな風に会いに来たりしないだろ」

 楓が驚いた顔で直桜を振り返った。

「直桜って実は、お人好しなんだね。知らなかったよ。そんなんで、これから13課でやっていけるの?」

 どことなく本気で心配されて、複雑な気持ちになる。

「確かに大学では付き合いとか希薄で情もなかったかもしれないけど。別にお人好しではない。てか、用事は何なワケ? 世間話しに来たわけじゃ、ないだろ?」

 ちらりと横目に楓を窺う。
 
「俺は直桜と世間話して終わり、でもいいんだけどね。槐兄さんは、そうはいかないからね」

 楓が書類を取り出した。

「数週間前から多発している連続爆破事件の場所と規模が書いてある。混じっていた呪術と妖気の種類もざっくりとね。恐らく13課よりは詳しく調べてると思うよ」

 書類を手に取り、目を落とす。

「あの爆破って反魂儀呪の仕業だと思ってたけど、違うんだ?」
「そう思ってるだろうなと思って、親切に教えに来てあげたんだよ」

 爆破の場所や規模は差し置いても、術式や妖気については確かに13課の調べより詳しい。何より、情報が新しい。
 清人が持って来た情報と比較しても、虚偽ではなさそうだ。

「んで? 見返りは何が欲しいの?」
「特に何も。放っておいても13課は連続爆破事件を調べるでしょ? それで俺たちは見返りを貰ったようなものだからね」

 如何にも槐らしいやり口だと思った。
 自分たちは手を汚さずに敵対組織同士をぶつけて潰させる。動かすために情報提供をする。
 ここに楓を向かわせたのも、直桜なら楓の誘いを断らないと踏んでの作戦だろう。

(相変わらず、忌々しい奴だな)

「つまり、反魂儀呪は集魂会が気に入らないワケね。再結集して力をつける前に13課に潰してほしいと」

 今回の爆破事件は、反魂儀呪の仕業でないなら集魂会が関わっている可能性が高い。

(集魂会にも紗月を召喚する動機はある。一度、壊滅まで追いやった仇だ。武闘派集団て話だったし、召喚して殺すくらいやりかねない)

「霧咲紗月ってさぁ、そんなに凄い人には思えなかったんだよね、俺にはね」

 楓の口から紗月の名前が出たことに、多少の違和感があった。
 思わずその顔を振り返る。楓がニヤリと笑んだ。

「直桜は十年前の事件を知らないよね。俺は、あの場所にいたから、見てたよ」
「え……。なんで、楓が、十年前の事件の現場に」

 呟いて、思い至った。
 楓は反魂儀呪の巫子様だ。十年前の十一歳の時、既にその場にいてもおかしくない。兄である八張槐はその時には既に集落に無く、反魂儀呪に下っていた。

「確かに霊力は凄いけど、心が脆すぎて、俺ならバキバキに折れちゃうなぁって思った。多分、今の直桜の方がよっぽど強いよ」
「は? 紗月の話? てか、なんで今、その話を」

 呆ける直桜に向かい、楓が頷く。

「十年前の反魂儀呪の大摘発事件はね、俺たちの母親、久我山あやめがターゲットだった。当時のあの人はリーダーであり巫子様だったからね」

 楓が淡々と話し始める。
 直桜の中に得も言われぬ不安が湧き上がる。

「大きな儀式をするはずだったんだ。その為の一番の贄が霧咲紗月だった。集魂会が最も強力な生き物として召喚した人間が、自分から潜入捜査で反魂儀呪に来てくれたんだから、ラッキーだよね」
「えっ……と。13課のターゲットが久我山あやめで、反魂儀呪の狙いが紗月だったってことか?」
「そうそう。贄は他にも、目を潰した子供数名とかいたけどね」

 胸が締まった。その中に、未玖がいたのだろう。護が唯一救えた子供であり、のちに13課で保護して護のバディになった少年だ。

「でもね、潜入捜査員が霧咲紗月だけじゃなかったから、ちょっとしたパフォーマンスをしたんだよ。呪詛で行動だけ操って、仲間同士殺し合ってもらった。あの人、すぐに心、折れてたよ」
「は……?」

 絶句する直桜に向かい、楓が変わらぬ表情で続ける。

「今、偉くなってる、直桜の従兄弟なのかな。桜谷陽人だっけ? あの人に仲間を何人か殺させた。死ななかった人もいたけど。はっきりした意識下で仲間を手に掛けるのって、結構なストレスだよね」

 がくん、と視界が揺れた。
 陽人が紗月に銃口を突き付けたのは、呪詛で行動を操られていたからだった。

(意識がそのままで、仲間を殺すって、そんなの……。まさか、陽人が殺した仲間って、重田さんの奥さんの英里、さん?)

 英里が十年前の事件で命を落としたのだとしたら、その可能性は高い。
 黙ったまま動けずにいる直桜の頬に、楓の手が触れた。思わず顔を引く。

「ダメだよ、直桜。この程度の話で動揺を晒しちゃ、付け入られる。俺がわざと煽るような話し方しているって、わからない?」
「今の話に、嘘は……」
「ないよ。わかってるでしょ? だから直桜は、こんなに動揺してるんだよね?」

 楓が薄ら笑んだ。

「直桜は知らな過ぎるんだ。もっと13課の汚い過去を知るべきだよ。俺が全部、教えてあげてもいいけど、こういうのは本人の口から聞いた方がいいでしょ」

 楓がいつもの顔で綺麗に笑む。

「まずは聞いてごらんよ。そうすれば、集魂会が何故今更、爆破事件なんか起こしているのか、わかるはずだよ」

 何も言葉が出なかった。
 今しがた、知らなければいけないと自覚したばかりだ。それをまた、楓に再認識させられた。避けては通れないのだと思い知らされた。

「直桜、もっと強くなってよ。俺たちは直桜も化野さんも欲しいんだ。でも、弱い術者なら要らない。今の直桜はまだ、俺たちが欲しい最強の惟神じゃない」

 楓の目が細まる。
 今までに見たことがない表情に、息が詰まる。

「楓は、楓たちは、反魂儀呪で何がしたいんだ?」
「人間の殲滅。この世界を壊す害虫なんか、要らないでしょ? 人間なんか、生かしておいても意味がないよ。勿論、俺たちも含めてね」

 楓が立ち上がった。
 無意識に直桜は楓の腕を掴んだ。

「俺は、そんな風に考えられない。俺はやっぱり、友達の楓が好きだ。大事な人には、死んでほしくない。その為に、人もこの世も守りたいよ」

 楓が振り返る。その目は色も熱もなく、冷たい。

「直桜らしいね。何にも興味無さそうに乾いてる振りしながら、実は真っ直ぐで熱いとこ。そういう直桜が俺は好きだよ。大好きだから、俺の手で殺してあげたいって思う」

 楓の腕を掴む手に力を籠める。
 目を逸らさずに、楓をじっと見る詰める。
 瞳を閉じて、楓が直桜から目を逸らした。

「その資料はあげるよ。今回に限り、俺たち反魂儀呪は13課の味方だから、何かあったら協力するよ。厄介なことになる前に手を打ったほうが良い。でないと、手が付けられなくなる」
「反魂儀呪は集魂会を脅威に思うの? それだけ、強力な相手ってこと?」

 直桜の手をすり抜けて、楓が向き合った。

「俺たちは武闘派集団じゃない。いたら厄介な存在には違いない。けど13課にとっては違う意味で厄介だよ。心がバキバキに折れちゃう人が居るだろうからね」
「紗月のこと……?」

 楓は小首を傾げた。

「さぁ、どうだろうね。霧咲紗月だけならいいけど。全部教えたら詰まらないから、今日はここまでにしとくよ。情報が欲しくなったら、直桜から連絡ちょうだい」

 そう言い残して、楓は今度こそ、その場を去った。
 結界が解かれて、喧騒が耳に付く。いつもの街に戻った場所で、直桜は呆然とコーヒーカップを眺めていた。
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