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第Ⅱ章
第21話 心があるから
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短い廊下を歩き、エレベーターに向かう。
早足で歩く直桜を護が追いかけた。
「護も行くの? 護は十年前の事件、関わってるし知っているだろ。知らないのは、俺だけだ」
本当は、知らないままでも良いと思っていた。
紗月の周りには十年前の事件に関わった者ばかりだ。一人くらい知らない人間がいた方が気が楽だろうと、そう考えていた。
だが、そんな悠長なことは言っていられなくなった。
修吾が十年前の事件に関わっているなら、知らねばならない。あのまま流離を放置すれば、存在ごと掻き消えてしまう。
「私も、ほとんど知らないのと同じです。あの時は、色んな事が一遍に起きた。私はまだ13課に所属したばかりで、未玖を救うだけで精一杯でしたから」
「未玖を保護したのも、同じ事件だったの?」
エレベーターの中で向かい合った護が頷いた。
直桜は目を逸らして俯いた。
「だから、直桜と一緒に、桜谷さんの口から聞きたいんです。あの事件の真相が何だったのかを」
護の言葉はいつも真っ直ぐだ。真っ直ぐすぎて、今は少し辛い。
「どうして俺は、もっと早くに、こんな風に思えなかったのかな」
胸の内が、ぽろりと零れた。
梛木の指摘は尤もだ。ほんの少し前の自分は、怪異に関わりたくない、惟神の力は使いたくないと、逃げ回っていた。
あの時の自分の気持ちを否定する気はない。それでも、向き合うと決めた今の自分からすれば、修吾の件は歯がゆさしか感じない。
「直桜」
護が名を呼んで、直桜の指に指を絡めた。
「今だから、出来るんですよ。今だから、思えるんです。直桜には、心があるから」
ふと顔を上げる。護が微笑んで直桜を見詰めていた。
「あの頃の俺には、心がなかったから、できなかったのかな」
集落にいた頃の槐に、直桜には心がないと言い捨てられた。
自分もそう思っていたから、否定する気にもなれなかった。本当はとても悔しかったのに、その気持ちすらも気付かない振りをした。
「違います。直桜にはずっと心がありますよ。動くか、動かないか、それだけです。直桜は、あんな風に怒れる人です。優しい心があるから、怒れるんですよ」
直桜は首を振った。
「違う。俺が梛木に怒鳴ったのは、ただ悔しかっただけだ。守られるだけで何もできない自分も、してこなかった自分も、悔しくて」
当時、たったの十二歳だった自分に何ができたかなんて、正直わからない。
(知っていればできたなんて言い草は、しなかった自分に対する言訳だ)
護の腕が伸びてきて、直桜を抱き締めた。
「これから沢山、頑張りましょう。今までしてこなかった分が悔しいなら、取り返すくらい頑張りましょう、二人で。直桜には私がいるから、大丈夫ですよ。二人でならきっと頑張れます」
護の言葉が沁み込んでくる。
尖った心が柔らかくなっていくのを感じた。
「俺のために、修吾おじさんと流離が犠牲になってるなんて、嫌なんだ。俺の方が上位の惟神なのに、そんなの、おかしいだろ」
直日神の惟神は、総ての惟神の頂点であり、統べる立場だ。本来なら、守るべき側にある。
「だから直桜は、最近ずっと頑張っていたんですね。連携訓練、とても良い仕上がりになると思います。手応えがありますから」
「俺、戦闘不向きだから、護の足、引っ張るよ」
「不向きなんかじゃありませんよ。新しい武器も使いこなせています。清人さんにも褒めてもらったでしょう」
護の手が直桜の頭を優しく撫でる。
ささくれ立った心が、凪いでいく。
「護、隣にいて。俺と一緒に、陽人の話、聞いて」
素直な気持ちが口から零れ落ちた。
「勿論です。直桜が行く場所には、必ず私が付いていきますからね」
顔を上げると、間近に護の顔があった。
自然と顔が上向いて、降りてくる護の唇を受け入れる。
沁みる熱を感じていると、スマホのバイブが鳴った。
ポケットから取り出す。画面を眺めて、思わず顔を顰めた。
表情が変わった直桜に気が付いて、護も険しい顔になる。
「楓から、会いたいってメッセージが来た」
険しかった護の表情が、更に険しさを増した。
早足で歩く直桜を護が追いかけた。
「護も行くの? 護は十年前の事件、関わってるし知っているだろ。知らないのは、俺だけだ」
本当は、知らないままでも良いと思っていた。
紗月の周りには十年前の事件に関わった者ばかりだ。一人くらい知らない人間がいた方が気が楽だろうと、そう考えていた。
だが、そんな悠長なことは言っていられなくなった。
修吾が十年前の事件に関わっているなら、知らねばならない。あのまま流離を放置すれば、存在ごと掻き消えてしまう。
「私も、ほとんど知らないのと同じです。あの時は、色んな事が一遍に起きた。私はまだ13課に所属したばかりで、未玖を救うだけで精一杯でしたから」
「未玖を保護したのも、同じ事件だったの?」
エレベーターの中で向かい合った護が頷いた。
直桜は目を逸らして俯いた。
「だから、直桜と一緒に、桜谷さんの口から聞きたいんです。あの事件の真相が何だったのかを」
護の言葉はいつも真っ直ぐだ。真っ直ぐすぎて、今は少し辛い。
「どうして俺は、もっと早くに、こんな風に思えなかったのかな」
胸の内が、ぽろりと零れた。
梛木の指摘は尤もだ。ほんの少し前の自分は、怪異に関わりたくない、惟神の力は使いたくないと、逃げ回っていた。
あの時の自分の気持ちを否定する気はない。それでも、向き合うと決めた今の自分からすれば、修吾の件は歯がゆさしか感じない。
「直桜」
護が名を呼んで、直桜の指に指を絡めた。
「今だから、出来るんですよ。今だから、思えるんです。直桜には、心があるから」
ふと顔を上げる。護が微笑んで直桜を見詰めていた。
「あの頃の俺には、心がなかったから、できなかったのかな」
集落にいた頃の槐に、直桜には心がないと言い捨てられた。
自分もそう思っていたから、否定する気にもなれなかった。本当はとても悔しかったのに、その気持ちすらも気付かない振りをした。
「違います。直桜にはずっと心がありますよ。動くか、動かないか、それだけです。直桜は、あんな風に怒れる人です。優しい心があるから、怒れるんですよ」
直桜は首を振った。
「違う。俺が梛木に怒鳴ったのは、ただ悔しかっただけだ。守られるだけで何もできない自分も、してこなかった自分も、悔しくて」
当時、たったの十二歳だった自分に何ができたかなんて、正直わからない。
(知っていればできたなんて言い草は、しなかった自分に対する言訳だ)
護の腕が伸びてきて、直桜を抱き締めた。
「これから沢山、頑張りましょう。今までしてこなかった分が悔しいなら、取り返すくらい頑張りましょう、二人で。直桜には私がいるから、大丈夫ですよ。二人でならきっと頑張れます」
護の言葉が沁み込んでくる。
尖った心が柔らかくなっていくのを感じた。
「俺のために、修吾おじさんと流離が犠牲になってるなんて、嫌なんだ。俺の方が上位の惟神なのに、そんなの、おかしいだろ」
直日神の惟神は、総ての惟神の頂点であり、統べる立場だ。本来なら、守るべき側にある。
「だから直桜は、最近ずっと頑張っていたんですね。連携訓練、とても良い仕上がりになると思います。手応えがありますから」
「俺、戦闘不向きだから、護の足、引っ張るよ」
「不向きなんかじゃありませんよ。新しい武器も使いこなせています。清人さんにも褒めてもらったでしょう」
護の手が直桜の頭を優しく撫でる。
ささくれ立った心が、凪いでいく。
「護、隣にいて。俺と一緒に、陽人の話、聞いて」
素直な気持ちが口から零れ落ちた。
「勿論です。直桜が行く場所には、必ず私が付いていきますからね」
顔を上げると、間近に護の顔があった。
自然と顔が上向いて、降りてくる護の唇を受け入れる。
沁みる熱を感じていると、スマホのバイブが鳴った。
ポケットから取り出す。画面を眺めて、思わず顔を顰めた。
表情が変わった直桜に気が付いて、護も険しい顔になる。
「楓から、会いたいってメッセージが来た」
険しかった護の表情が、更に険しさを増した。
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