仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ章

第19話 瀬田直桜VS化野護②

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 目の前に立つ直桜を、護は不安な気持ちで見詰めていた。

(直桜を攻撃するなんて考えられないが、こういう事態もあるかもしれないんだな)

 直桜を始めとする惟神には呪詛も毒も効果がない。
 しかし、直桜の姿を模った敵が現れないとも限らない。

(そういう時、俺は直桜を攻撃できるだろうか)

 ちらりと後ろを窺う。
 忍との打ち合わせは、至ってシンプルだった。

『動きたいように動いて、好きなように攻撃しろ。全部サポートしてやるし、藤埜の攻撃は落としてやる。直桜にだけ集中しろ』

 互いの力を知る。
 忍の意図はきっとそれだけではない。
 何もバディ契約を結んだ日に、こんな訓練をしなくてもと思うが、泣き言ばかりも言ってはいられない。
 目の前の恋人はやる気満々だ。

(直桜が本気でくるのなら、俺も本気を出さないと、失礼だな)

 集中して、霊気を高める。
 護の気配に気が付いたのか、忍が手を上げた。

「準備は良いな、始め」

 声が掛かった瞬間、直桜の姿が消えた。

(上か)

 顔を上げると、目の前に刃が迫っていた。後ろに飛びのいて、避ける。振り落ちてきた刃が軌道を変えた。連なる刃が横に走って護に迫る。

(蛇腹剣か。しかも、雷を纏わせてる。前回の模擬戦と違って、神気で維持しているな)

 目の前に飛んできた空気砲を、忍の風が遮った。
 清人の攻撃が容赦なく飛び交うが、それらは総て忍に掻き消された。清人の空気砲と忍の風がぶつかるたびに、パンと乾いた音が響く。

(忍班長に落とされる前提で打ってるな。音が響く度、一瞬だが気を取られる)

 空中に足場をとって、直桜が蛇腹剣をしならせる。
 神気を纏った雷は、鉤で触れても感電しそうだ。

(避けてばかりでも、埒が明かない)

 護は大きく飛び上がった。すかさず忍が足場を設けてくれる。
 直桜と同じ高さで、手首を狙う。
 直桜が、左手を上げた。

「!」

 上向いた掌から水玉がいくつも浮き上がった。水鉄砲の要領で護に向かい飛んでくる。総て避けきれず、左足を水玉が掠めた。
 ビリっと電気が走る感覚が足に残る。

(水玉に稲玉を仕込んでいるのか。小さいから威力は弱いが、痺れで動きが一瞬、鈍る)

 怯んだ隙に、直桜が足下に下がった。降りる体勢から蛇腹剣をしならせる。
 上空を飛んで、剣の追撃を避ける。護の動きに合わせて、忍が足場を作った。

(どうなったら勝ちなんだ? 直桜から武器を奪って降参させればいいのか?)

 考えながら、少しずつ距離を詰める。
 護が本気で殴ったら、直桜を殺してしまう。加減をしても怪我は必須だ。

(とにかく、武器を奪う!)
 
 地面に着地して、直桜に向かい走る。
 一足飛びに間合いに飛び込んだ。
 驚いた直桜だったが、その体が上空へと浮かび上がった。
 清人の真空術が直桜の体を上空から護の背後へ飛ばす。護の背中に蛇腹剣が迫る。
 身を捩って、手甲鉤の爪を伸ばして剣を弾いた。

(感電しない? 雷はブラフか?)

 その場で飛び上がる。忍がすぐに足場を作る。空中に留まる直桜に向かって走る。
 飛んできた蛇腹剣を掴み思いきり引っ張った。

(手刀で軽く殴れば、動けない程度で気絶まではしないはず……)

 腕を振り上げ直桜に向かう。
 直桜が蛇腹剣の束を持ち挙げた。瞬間、痛いくらいの痺れが走って、思わず剣を離した。

(わざと通電せずに、この機を狙ったのか)

 直桜が更に腕をしならせて蛇腹剣を護に向かい振りかざす。手甲鉤のある右腕に巻き付いた。

(しまった。動きが鈍って)

 剣を引っ張り上げて、直桜が護に迫った。

「一戦目は俺の勝ちだね、護」

 直桜の左手に現れた稲玉が護の腹を抉った。
 勢いに抗えず、逃がすことも出来ない。
 護の体が思いっきり地面に叩きつけられた。

「ぅっ、げほっ」
 
 稲玉で痺れて動けない上に、腹に思いっきり喰らったせいで息も苦しい。

「そこまで」

 忍の合図の後、直桜が上空から降りてきた。

「護、大丈夫? 稲玉、ちょっと強かった?」
「大丈夫ですよ。直桜、凄いですね。たった一週間で、こんなに成長するなんて」

 一週間前の模擬戦とは力の使い方も武器の扱いも別人のようだ。清人の指導のお陰だろうが、直桜本人の頑張りと器量もあるのだろう。
 バディの成長は正直に嬉しい。
 しかし、目の前の直桜は不服そうな顔をしている。

「護が本気を出したら、あの程度、どうにでもできただろ」
「割と本気で頑張ったつもりですが。蛇腹剣の雷のフェイントは、やられました」

 直桜が俯きがちに何かを考えている。

「禍津日神の儀式の時、護は最初から俺を殺す気はなかったって、言ったよね」
「……はい、言いました」

 儀式の時、禍津日神の荒魂を封じるため、直桜にも梛木にも「直桜を殺せ」と命じられていた。そうしなければ、荒魂は封じられないと。
 しかし護は、始めから殺す気などなかった。たとえ生き返る保証があろうと直桜を自分の手で殺すなど有り得ない。だから、殺さずに済む方法を模索して、実行した。枉津日神が提案してきた方法は、護にとり願ってもない奇策だった。

「あの極限状況で、そういう考え方ができる護が、俺は好きだよ。だけど、護は俺に甘すぎる」
「甘すぎ、ますか?」

 直桜が深く頷いた。

「護に守ってもらってばっかりじゃ、俺が成長できない。俺だって護の役に立ちたいし、守りたい。今度は俺が守るって、約束しただろ」

 直桜がじっと護を見詰める。
 護は困り果てた。直桜は至って本気だ。真剣に護の役に立ちたいと、守りたいと言ってくれている。

(鬼神はあくまで惟神の眷族で、直日神とその惟神を守るために存在する。しかも直桜は惟神の中でも頂点に立つ特別な人だ。守られて然るべき立場なのに)

 目の前の恋人は、それを望まない。
 あくまで対等な立場で、護と共に生きることを望んでいる。

(特別扱いされるのは、嫌いだったな。だから集落にも帰りたくないんだった)

 桜谷集落に帰れば、直桜は生神様として特別視され、死ぬまで奉られる。まるで飼い殺しにされる生き方が嫌で、集落に帰ることを拒んでいた。

(だから13課に、俺の元にいてくれているんだった。直桜はそれを平穏と呼ぶんだったな)

 普通を捨てた直桜が欲しがったのは、大事な人を守り共に生きる平穏だった。直桜の望む平穏には自分が含まれているのだと思うと、愛しさが込み上げる。
 気が付いたら腕を伸ばして、愛おしい恋人を引き寄せ抱き締めていた。

「直桜の気持ち、とても嬉しいです。今だって手を抜いたりしていませんよ。少しだけ戸惑っただけです」
「戸惑ったの? 俺を殴るのを?」
「殴る気は、なくはなかったですが。殴らずに勝つ方法もありますから」
「そういうとこが、甘いんだろ」

 不貞腐れる直桜をぎゅっと抱き締める。

「どんなに甘いと言われても、直桜に怪我をさせるような真似、私にはできません。だから次は、別の方法で勝ちに行きます」
 
 腕の中で黙ってしまった直桜が納得していないのは、わかっている。
 しかし、護にとっても、こればかりは譲れない。
 直日神の惟神の鬼神として、瀬田直桜の恋人として、この人を生涯守ると決めたのだから。

 二人の様子を眺めていた忍と清人が顔を合わせて苦笑していた。

「この調子じゃ、何回やっても直桜の勝ちだろ」

 清人が呆れた声を出す。

「二人の連携訓練に移った方がよさそうだな。化野に直桜を攻撃させるストレスを与えるより、直桜を守る訓練を施した方が効率がいい」

 忍の言葉に清人が納得の頷きをしている。
 直桜以上に周囲の人たちが護の気持ちを理解してくれている。
 それはとても有難い環境だと思った。
 きっと今のこの場所が、護にとって一番に居心地の良い平穏なのだと感じていた。
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