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第Ⅱ章
第9話 律の嫉妬
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呪いの雨はあっさりと対処できた。
多すぎる清人の神気と紗月の竜巻、何より枉津日神の機転のお陰といえる。
枉津日神が直桜に見せた表情は、紗月の何かを試していたのか。或いは、直桜に探させていたのか。そんな風に思えた。
竜巻が消えると、紗月の四魂の震えは止まり、直霊は閉じていた。
「何の役にも立てずに、すみません!」
すっかり護と話し込んでいたらしい智颯が、皆に向かって頭を下げた。
「仕方ないよ~、みぃも見てただけだもん。紗月さんの霊力凄かった。めちゃ格好良かった!」
「とても綺麗な浄化でした」
瑞悠と智颯が手放しで紗月を褒める。
紗月が頭を掻いて照れている。その隣で、清人がしょんぼりしていた。
「俺のことも、もっと褒めてもいいぞぉ」
「有り得ないレベルの神気です。あの雲を満たす神気を一人で、しかもまだ余裕すらある。化物ですか?」
智颯の台詞は尤もだが、紗月に対する言葉とはニュアンスが違って聞こえた。
「最近、惟神になったとは思えないくらい、枉津日神とも仲良しだしねぇ。愛されてるぅ」
瑞悠の言葉に、清人が照れた。
「わからないことがあったらご相談くださいなんて、言えませんね。私たちが藤埜統括に相談したいくらいです」
律の言葉は、清人は本気で嬉しかったようだ。
「いや、水瀬さんには相談に行くよ。正直言って、まだ全然、勝手がわかんないんだよね。お言葉に甘えさせて」
「勿論ですよ。いつでもお声掛けくださいね」
解散になる前に、直桜は律に声を掛けた。
「近いうちに、流離に会いに行こうと思ってるんだ。直日が気にしててさ」
「直日神が? それって、かなりの大事ね」
「大事かどうかは、まだよくわからないんだけどね。惟神が全員揃う状況を望んでる」
律が直桜を見上げた。
「そういう状況が必要になるかもしれないって理解で、いいのかしら?」
「はっきりは言わなかったけど、可能性は高いと思ってる」
「……わかったわ。状況を整えておくわね。こっちからも連絡する」
頷くと、律の手が伸びてきて直桜の頭を撫でた。
「まさか直桜と、こういう話ができる日が来るなんてね」
感慨深そうに語る律の顔は、嬉しそうに見える。
「俺も驚いてるよ。自分がこんなに積極的に、惟神や怪異に向き合う日が来るなんて、思ってなかった」
「化野さんに、感謝しなくちゃ」
護はまだ智颯と何かを話しているようだった。
「ねぇ、直桜。紗月さんは……」
中途半端に言葉を止めて、律が俯いた。
「やっぱり何でもない。ごめんね」
背を向けた律を言葉で引き留めた。
「反魂儀呪が紗月を狙ってる。一カ月間は俺と護で護衛する。何かあったら、怪異対策担当にも助けてもらうと思う。清人を通して声を掛けるよ、水瀬統括」
「そう、わかったわ。心得ておくわね」
「紗月を保護する指示を出したのは、陽人だよ。昔、二人がバディを組んでたって聞いた。でも紗月が好きなのは清人だよ」
律は直桜に背を向けたまま、黙り込んだ。
「他人様の込み入った事情をベラベラ話しちゃダメよ。お行儀が悪いわ」
「俺は紗月と陽人の関係をよく知らないけど、あの二人の間に恋愛感情があるようには、見えなかったよ」
敢えて、こんな話をした。
生まれた時から好き、なんてふざけたプロポーズを、陽人から何度も受けている律だ。本人は認めていないが、律もきっと陽人に恋愛感情を抱いていると、直桜は感じている。だとすれば、気にならないはずはない。
けれど、直桜よりずっと長く13課に所属している律が紗月と陽人の関係を知らないはずはないとも思った。
「恋愛、とかではないのよ。でも、恋情より強い絆って、存在すると思わない?」
「律姉さんは紗月に嫉妬してるの?」
「そんな風に見える?」
「見えるし、するべきだと思うよ。陽人の傍にも、誰かいてあげたほうが良いって思う」
律が振り返り、直桜の頭を小突いた。
「本当に変わったわね、直桜。集落にいた頃は、他人に興味なんかなかったのに。まさか、あの陽人さんを気遣うようになるなんて」
直桜様は人間に興味がない。集落にいた頃、本人の耳にまで入ってきた噂だ。事実だから気にしてすらいなかった。
護に会って、大事な人ができてから、直桜の周囲には大事な人が増え続けている。大事な人が増えるから、強くなりたいと思う。
そんな当たり前を、初めて知った。
「陽人さんは大丈夫よ。十年前の相棒は、紗月さんだけじゃないの。支えてくれる人は、いるわ」
「誰かがいるからいいとかじゃなくて、律姉さんにいてほしいんだと思うけどな」
律が困ったように笑った。
「生意気になっちゃって。観察眼も考察力もあるから余計に厄介ね、直桜は」
直桜に掴まり背伸びして、律が耳打ちした。
「壊滅したはずの反社の残党が小さな事件を起こしているわ。取るに足らないモノばかりだけど、嫌な予感がする」
「それって、集魂会って集団?」
律が頷いた。
集魂会は紗月がたった一人で壊滅させた反社だ。召喚術で偶然、紗月を呼んでしまった連中でもある。
動き出したのなら、反魂儀呪以上に紗月を狙う動機がある。
「反魂儀呪が呪術を中心に活動しているのに対して、集魂会は武闘派構成員が主で血の気が多いの。だからウチの管轄になってるのよ」
「何かわかったら、連絡くれる? 清人や陽人を介さなくていいから」
「その方が、早そうね。悪いことを覚えたわね、直桜」
「唆したのは、律姉さんだろ」
律が、クスリと悪戯に笑った。
「そういう直桜の方が、陽人さんはきっと喜ぶわ。それに、私だってちょっとは紗月さんの役に立ちたいって思っているのよ。いっぱいお世話になっている大先輩だもの」
そう言い残して、律は瑞悠と智颯と共に帰って行った。
多すぎる清人の神気と紗月の竜巻、何より枉津日神の機転のお陰といえる。
枉津日神が直桜に見せた表情は、紗月の何かを試していたのか。或いは、直桜に探させていたのか。そんな風に思えた。
竜巻が消えると、紗月の四魂の震えは止まり、直霊は閉じていた。
「何の役にも立てずに、すみません!」
すっかり護と話し込んでいたらしい智颯が、皆に向かって頭を下げた。
「仕方ないよ~、みぃも見てただけだもん。紗月さんの霊力凄かった。めちゃ格好良かった!」
「とても綺麗な浄化でした」
瑞悠と智颯が手放しで紗月を褒める。
紗月が頭を掻いて照れている。その隣で、清人がしょんぼりしていた。
「俺のことも、もっと褒めてもいいぞぉ」
「有り得ないレベルの神気です。あの雲を満たす神気を一人で、しかもまだ余裕すらある。化物ですか?」
智颯の台詞は尤もだが、紗月に対する言葉とはニュアンスが違って聞こえた。
「最近、惟神になったとは思えないくらい、枉津日神とも仲良しだしねぇ。愛されてるぅ」
瑞悠の言葉に、清人が照れた。
「わからないことがあったらご相談くださいなんて、言えませんね。私たちが藤埜統括に相談したいくらいです」
律の言葉は、清人は本気で嬉しかったようだ。
「いや、水瀬さんには相談に行くよ。正直言って、まだ全然、勝手がわかんないんだよね。お言葉に甘えさせて」
「勿論ですよ。いつでもお声掛けくださいね」
解散になる前に、直桜は律に声を掛けた。
「近いうちに、流離に会いに行こうと思ってるんだ。直日が気にしててさ」
「直日神が? それって、かなりの大事ね」
「大事かどうかは、まだよくわからないんだけどね。惟神が全員揃う状況を望んでる」
律が直桜を見上げた。
「そういう状況が必要になるかもしれないって理解で、いいのかしら?」
「はっきりは言わなかったけど、可能性は高いと思ってる」
「……わかったわ。状況を整えておくわね。こっちからも連絡する」
頷くと、律の手が伸びてきて直桜の頭を撫でた。
「まさか直桜と、こういう話ができる日が来るなんてね」
感慨深そうに語る律の顔は、嬉しそうに見える。
「俺も驚いてるよ。自分がこんなに積極的に、惟神や怪異に向き合う日が来るなんて、思ってなかった」
「化野さんに、感謝しなくちゃ」
護はまだ智颯と何かを話しているようだった。
「ねぇ、直桜。紗月さんは……」
中途半端に言葉を止めて、律が俯いた。
「やっぱり何でもない。ごめんね」
背を向けた律を言葉で引き留めた。
「反魂儀呪が紗月を狙ってる。一カ月間は俺と護で護衛する。何かあったら、怪異対策担当にも助けてもらうと思う。清人を通して声を掛けるよ、水瀬統括」
「そう、わかったわ。心得ておくわね」
「紗月を保護する指示を出したのは、陽人だよ。昔、二人がバディを組んでたって聞いた。でも紗月が好きなのは清人だよ」
律は直桜に背を向けたまま、黙り込んだ。
「他人様の込み入った事情をベラベラ話しちゃダメよ。お行儀が悪いわ」
「俺は紗月と陽人の関係をよく知らないけど、あの二人の間に恋愛感情があるようには、見えなかったよ」
敢えて、こんな話をした。
生まれた時から好き、なんてふざけたプロポーズを、陽人から何度も受けている律だ。本人は認めていないが、律もきっと陽人に恋愛感情を抱いていると、直桜は感じている。だとすれば、気にならないはずはない。
けれど、直桜よりずっと長く13課に所属している律が紗月と陽人の関係を知らないはずはないとも思った。
「恋愛、とかではないのよ。でも、恋情より強い絆って、存在すると思わない?」
「律姉さんは紗月に嫉妬してるの?」
「そんな風に見える?」
「見えるし、するべきだと思うよ。陽人の傍にも、誰かいてあげたほうが良いって思う」
律が振り返り、直桜の頭を小突いた。
「本当に変わったわね、直桜。集落にいた頃は、他人に興味なんかなかったのに。まさか、あの陽人さんを気遣うようになるなんて」
直桜様は人間に興味がない。集落にいた頃、本人の耳にまで入ってきた噂だ。事実だから気にしてすらいなかった。
護に会って、大事な人ができてから、直桜の周囲には大事な人が増え続けている。大事な人が増えるから、強くなりたいと思う。
そんな当たり前を、初めて知った。
「陽人さんは大丈夫よ。十年前の相棒は、紗月さんだけじゃないの。支えてくれる人は、いるわ」
「誰かがいるからいいとかじゃなくて、律姉さんにいてほしいんだと思うけどな」
律が困ったように笑った。
「生意気になっちゃって。観察眼も考察力もあるから余計に厄介ね、直桜は」
直桜に掴まり背伸びして、律が耳打ちした。
「壊滅したはずの反社の残党が小さな事件を起こしているわ。取るに足らないモノばかりだけど、嫌な予感がする」
「それって、集魂会って集団?」
律が頷いた。
集魂会は紗月がたった一人で壊滅させた反社だ。召喚術で偶然、紗月を呼んでしまった連中でもある。
動き出したのなら、反魂儀呪以上に紗月を狙う動機がある。
「反魂儀呪が呪術を中心に活動しているのに対して、集魂会は武闘派構成員が主で血の気が多いの。だからウチの管轄になってるのよ」
「何かわかったら、連絡くれる? 清人や陽人を介さなくていいから」
「その方が、早そうね。悪いことを覚えたわね、直桜」
「唆したのは、律姉さんだろ」
律が、クスリと悪戯に笑った。
「そういう直桜の方が、陽人さんはきっと喜ぶわ。それに、私だってちょっとは紗月さんの役に立ちたいって思っているのよ。いっぱいお世話になっている大先輩だもの」
そう言い残して、律は瑞悠と智颯と共に帰って行った。
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