上 下
76 / 200
第Ⅱ章

第6話 頑固者の本音

しおりを挟む
 清人が動いた気配を察知して、直桜と護はソファに飛び乗った。
 ごろりと横になり、寝たふりをする。
 扉を開けて出てきた清人の視線を感じる。

「わかり易く寝た振りすんなぁ。あと、盗み聞きは行儀が悪いぞぉ」

 言い捨てながら、清人が玄関に向かい歩いていく。
 直桜は飛び起きた。

「清人は、このまま諦めんの? まだ何も、頑張ってないよね」

 振り向いた清人の顔は、何時になく険しい。

「お前が知らない十年間で結構頑張って……、まぁいいや。他人様の事情に首突っ込まないよーに」
「俺には脈ありとしか思えないんだけど。なんで押さないのかなと思っただけだよ」

 帰りかけた清人が戻ってきて、直桜の鼻を思いっきり摘まんだ。

「お前は何でそんなにしつこく絡んでくんだぁ? ちょっと前まで他人になんか興味がない不貞腐れたガキだったろうが」
「今でも興味ないよ。でも、紗月は、俺とはちょっと違うから」
「はぁ?」

 清人が、訳が分からないといった顔をする。

「普通を求める動機とか、人を遠ざける理由とか。清人は紗月の傍にいるべきなんじゃないの?」
「今しがた拒絶されたばっかりだ。盗み聞きしてたんならわかるだろう」
「だからさ、結局、陽人が悪いのであって清人が悪いわけじゃないよね?」

 盗み聞きしながら、隣で護が当時の事件のことを教えてくれたので、少しは理解した。13課では暗黙の了解で触れてはいけない、大変有名な事件であるらしい。

「陽人さん一人が悪いわけじゃねぇし、俺が悪くない訳でも……てか、何で俺は直桜とこんな話してんの?」
「陽人が一人で全部、悪役を背負い込んでいるんなら、清人がやるべきことは紗月の傍にいることなんじゃないの?」

 目を見開いた清人が、直桜から手を離した。

「人の気持ちは、そんなに単純じゃねぇだろ。紗月は、普通じゃない俺なんか、求めてないんだから」

 背中を向けた清人の襟首を掴む。
 後ろに引かれて、清人の体がソファに倒れ込んだ。

「で、どこの誰とも知れない普通の男に紗月さんを持っていかれても、耐えられますか?」

 護が清人を覗き込む。
 普段の護にはあまり見られない、攻めの姿勢だなと思った。

「アイツは結婚なんかしねぇんじゃねーの? そもそも人間好きじゃないっぽいし?」
「誰のモノにもならなければ、それでいいんだ? 遠くから眺めているだけでいいんだ?」

 清人が面白くなさそうな顔で直桜を睨んだ。

「お前ら、今日は何なワケ? 他人の色恋になんか、普段は興味ねーだろ、二人とも。俺が告って振られる姿、覗き見るとか、いつもならしねぇだろ」
 
 直桜は護と顔を見合わせた。

「アレって告白なの?」
「ただの勢い、ですよね」

 清人が両手を伸ばして、直桜と護の頬を掴んで引っ張った。

「うるっせーんだよ。運命的な恋人と番ってる奴らに俺の気持ちがわかって堪るかよ」
「清人と紗月も充分、運命的だと思うけどね」

 直桜の言葉に、清人が手を止めた。

「直日が紗月の中に、何かを見付けた。紗月の霊元が、わかるかもしれない」
「紗月さんがここにいてくれる一カ月の間に、なるべく傍にいて正体を突き止めたいと思っているんです」
「それが、反魂儀呪が紗月を狙う本当の理由にも、繋がる気がしてる」

 直桜と護に矢継ぎ早に話されて、清人が息を飲んだ。

「清人と枉津日の神子を産ませる存在を囲うため。最初はそう考えてた。でも、それだけじゃ、ないのかもしれない」
「なん、だよ、それ……」

 清人の表情が徐々に驚愕に染まる。

「紗月さんほどの能力者なら、清人さんに宛がって神の子を産ませたいと、陽人さんなら考えるんじゃないかと。ならば反魂儀呪も紗月さんを欲しがります」

 二人を押しのけて、清人が勢いよく起き上がった。

「そんな理由で? 好きでもない男の子供、孕めって? どれだけ碌でなしだよ。そもそも先代の惟神は、それで死にかけて、枉津日を剥がされてんだぞ」
「やっぱり清人は、自分が神子の子孫だって、知ってるんだね」

 清人は何も言わない。
 枉津日神が剥がされた経緯を藤埜家が語り継いでいるのなら、先代の惟神から神子が生まれ、自分が神気を受け継ぐ者であることも知っているはずだ。

「だからって、俺の事情に紗月を巻き込めないだろ。そんなのは、アイツが一番望んでない結果だ。それに、紗月は……」

 紗月が子供を産めない体質であることを、清人も知ってる。

「俺は正直、子供が出来ても出来なくても、どっちでも良いって思ってるよ。ただ、紗月を一人にしたくないだけ。清人に隣にいてあげてほしいだけ」

 清人がのっそりと振り返った。

「なぁ、本当に何なの? なんで直桜はそんなに紗月に構うワケ? らしくねぇぞ」
「清人が思ったより頑固だから。あと、なんか。紗月が俺より、護に似てるから、かな」
「え? 私ですか?」

 突然、話を振られて、護が意外そうな顔をする。

「人当たり良い感じも、嘘ついてまで突き放す感じも、全部、怖いから、なのかなって。人を傷つけたり傷つけられたりするのが怖くて、逃げてるように見える」
「あー、そういわれると……、心当たりがありますね」

 護が納得したような顔をしている。

「嘘? 嘘って何だよ。直桜は昨日、紗月に会ったばっかりだろ」
「だから、清人との会話だよ。紗月は清人のこと、かなり好きだよね。どっちかっていうと、紗月の方が清人を巻き込まないように嘘ついて突き放しているように聞こえたけど」

 清人の顔が見る間に赤く染まっていく。

「え? もしかして気付いてなかったの? なんで?」

 清人の手が伸びてきて、直桜の髪をわしゃわしゃと掻き回した。

「盗み聞きした会話を堂々と語るんじゃねぇよ、クソガキ!」
「うわ、本気で痛い。清人、マジ無理、やめて」

 割と本気で嫌がっても、清人は手を止めない。
 二人の姿を護が笑って眺めている。
 こんな風に男同志で話しながらじゃれているのは、もしかしたらかなり久しぶりかもしれない。
 
「紗月さんが留まる一カ月間、私たちは護衛の任を貰うつもりでいます。でも、呪いの雨の対処中は、多分、外すので」

 護がちらりと直桜を窺う。

「その間は、俺たちの代行で清人に護衛を振ってもらうように、忍に頼んでおくよ」

 清人の手が、ぴたりと止まる。
 大きく息を吐いて、清人が項垂れた。

「あーぁ、大きく強く成長してくれて、統括としては嬉しいよ。直桜はたったの三ヶ月で別人みてぇになったなぁ。護、直桜に何か盛った?」
「してませんよ、そんなこと」

 清人が疲れた顔で笑う。
 その表情は、何かが吹っ切れたようにも見えた。

「ここまできて、今更諦める気にも、なれねぇしな。十年以上も想い続けるとか、俺って結構、一途だろ?」

 照れ隠しの軽口が、今日一番の本音に聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある日仕事帰りに神様の手違いがあったが無事に転移させて貰いました。

いくみ
ファンタジー
寝てたら起こされて目を開けたら知らない場所で神様??が、君は死んだと告げられる。そして神様が、管理する世界(マジョル)に転生か転移しないかと提案され、キターファンタジーとガッツポーズする。 成宮暁彦は独身、サラリーマンだった アラサー間近パットしない容姿で、プチオタ、完全独り身爆走中。そんな暁彦が神様に願ったのは、あり得ない位のチートの数々、神様に無理難題を言い困らせ スキルやらetcを貰い転移し、冒険しながらスローライフを目指して楽しく暮らす場を探すお話になると?思います。 なにぶん、素人が書くお話なので 疑問やら、文章が読みにくいかも知れませんが、暖かい目でお読み頂けたらと思います。 あと、とりあえずR15指定にさせて頂きます。

災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊
ファンタジー
ごく平凡な大学生、三渡カイは、ある日目が覚めたら異世界で美少女になっていた。 異世界転生!?しかもTS!?と驚愕半分浮かれ半分なカイのもとに現れたのは、自称皇太子の美形と、魔法の絨毯(?)を操る美女、飛竜乗りの美丈夫だった。 彼らの話を聞くところによると、カイは世界を『百年災嵐』なる脅威から守り抜いた救世主であるという。 世界を救った代償に記憶を失ってしまったカイは、昏睡状態に陥り、五年たったいま、ようやく目を覚ましたのだという。 俄かには信じられない話だったが、カイは事実として異界で美少女として目覚めた。そして献身的に世話を焼いてくれる三人は、命の恩人でもなければそうはならないだろうというほどの執心を自分に向けてくる。 カイは彼らのいうことを信じ、災いが去ったあとの世界で、改めて異世界生活をスタートさせた。 まずは昏睡中に失われた体力を取りもどすためのリハビリ。それからこの世界特有の「霊力」を操作する修行。さらには「ケタリング」なる飛竜を乗りこなす訓練。 狩りをしたり、宴会をしたり、自分を独占しようとする三人の板挟みになったりと、騒がしくも愉快な毎日だった。 しかしそんな幸福な生活には、秘密があった。 三人は優しい嘘で、カイをなにかから守ろうとしていた。 カイがそれに気づいたとき、薄氷の上に築かれた楽園は、あっけなく崩れ去っていく。 過去になにがあったのか? 自分は本当に世界を救ったのか? そしてこの身体は、一体誰のものなのか? やがてカイは、一人の青年との出会いにより、真実を知ることとなる。 「お前はなにひとつ救わなかった!」 失われた自分の物語が、救世の英雄譚などではなく、救いようのない悲劇であったということを。 ――――― (TS転移した主人公が三人の美形にどでかい感情を向けられたり世界を敵に回したりする中華風ディストピアファンタジーです) (犬と猫は死にませんがその他の動物は死んだり殺されたりします) (人間はたくさん死んだり殺されたりします) (小説家になろうにも投稿しています)

責任取って!

鬼龍院美沙子
恋愛
未亡人になり身寄りがなくなり1人暮らしを続けてる女。 男との秘め事は何十年もない!アダルト動画に妄想が走る。

モブの俺には構わないでくれ。

ぽぽ
BL
女好きな平凡な男、健太は男子校の保険医として着任することになったが、あることがきっかけでBLに目覚めてしまう。 目の前で生徒たちの恋愛を楽しみたいだけなのに、なぜか生徒たちは健太との距離を縮めていく。 「お前ら、俺みたいなモブにかまうんじゃねえ!!」 高校生/男子高/美形×平凡

13番目の苔王子に嫁いだらめっちゃ幸せになりました

花月
恋愛
わたしはアリシア=ヘイストン18歳。侯爵家の令嬢だ。跡継ぎ競争に敗れ、ヘイストン家を出なければならなくなった。その為に父親がお膳立てしたのはこの国の皇子との婚姻だが、何と13番目で名前も顔を分からない。そんな皇子に輿入れしたがいいけれど、出迎えにくる皇子の姿はなし。そして新婚宅となるのは苔に覆われた【苔城】で従業員はほんの数人。 はたしてわたしは幸せな結婚生活を送ることが出来るのだろうか――!?  *【sideA】のみでしたら健全ラブストーリーです。  綺麗なまま終わりたい方はここまでをお勧めします。 (注意です!) *【sideA】は健全ラブストーリーですが【side B】は異なります。 因みに【side B】は【side A】の話の違った面から…弟シャルルの視点で始まります。 ドロドロは嫌、近親相姦的な物は嫌、また絶対ほのぼの恋愛が良いと思う方は特にどうぞお気を付けください。 ブラウザバックか、そっとじでお願いしますm(__)m

最低ランクの冒険者〜胃痛案件は何度目ですぞ!?〜

恋音
ファンタジー
『目的はただ1つ、1年間でその喋り方をどうにかすること』  辺境伯令嬢である主人公はそんな手紙を持たされ実家を追放された為、冒険者にならざるを得なかった。 「人生ってクソぞーーーーーー!!!」 「嬢ちゃんうるせぇよッ!」  隣の部屋の男が相棒になるとも知らず、現状を嘆いた。  リィンという偽名を名乗った少女はへっぽこ言語を駆使し、相棒のおっさんもといライアーと共に次々襲いかかる災厄に立ち向かう。  盗賊、スタンピード、敵国のスパイ。挙句の果てに心当たりが全くないのに王族誘拐疑惑!? 世界よ、私が一体何をした!?  最低ランクと舐めてかかる敵が居れば痛い目を見る。立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、味方から「敵に同情する」と言われながらも、でこぼこ最凶コンビは我が道を進む。 「誰かあのFランク共の脅威度を上げろッッ!」  あいつら最低ランク詐欺だ。  とは、ライバルパーティーのリーダーのお言葉だ。  ────これは嘘つき達の物語 *毎日更新中*小説家になろうと重複投稿

騎士と王冠(The Knight and the Crown)

けもこ
恋愛
皇太子アビエルは、レオノーラと初めて出会った日の情景を鮮やかに思い出す。馬を操る小柄な姿に、彼の心は一瞬で奪われた。その“少年”が実は少女だと知ったとき、驚きと共に彼女への特別な感情が芽生えた。彼女の内に秘めた強さと純粋な努力に、アビエルは深く心を惹かれ、次第に彼女をかけがえのない存在と感じるようになった。 アビエルは皇太子という鎖に縛られながらも、ただ彼女と対等でありたいと切に願い続けた。その想いは日に日に強まり、彼を苦しめることもあった。しかし、レオノーラと過ごす何気ない日々こそが彼にとって唯一の安らぎであり、彼女と共有する時間を何よりも大切にした。 レオノーラは、自分の置かれた立場とアビエルへの気持ちの間で揺れ動く。だが、彼女は気づく。アビエルがもたらしてくれた幸運こそが、彼女の人生を輝かせるものであり、それを受け入れ、守り抜こうと心に誓う。 #この作品は「小説家になろう」サイトでも掲載しています。そちらではすでに完結済みです。アルファポリスでは内容を整理しながら連載中です。

【完結】冷遇され臣下に下げ渡された元妃の物語

MEIKO
BL
本編完結致しました。弱小国から大帝国に嫁いで来た第十六妃のシルバ。男ながら子供の産める半性身の私は、王に抱かれたのは初夜のただ一度だけ┉。それから二年、冷遇され存在さえも忘れかけられた私を戦勝の褒美として王から下げ渡す事を所望する人物が現れる。その人の名はベルード辺境伯。美しい容姿とは裏腹に戦場の銀狼と二つ名で呼ばれるほどの勇猛果敢な人物だ。しかし王は国同士の衝突を避ける為か決断を渋る。結局下げ渡される事が決定し、辺境の地へと旅立つシルバ。果たしてそこはシルバにとって安寧の地になり得るのか┉? ※自死、無理やり(いずれも未遂)表現有お気を付け下さい。 貴族的な表現を取り入れていますが、それに添っていない場合有り。独自の世界と捉えて下さい。

処理中です...