仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第50話 13課の生きる伝説

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 剣人の手を握ってみて、呪具である刀そのものに憑りつかれているのだとすぐに分かった。

(でも、不思議だ。白雪も健人も、刀に守られている? いや、まるで刀が相棒みたいに、二人に悪さしてない。これってやっぱり)

 忍に視線を送る。
 白雪の時と同じように頷いて、微笑まれた。

(忍は13課の仲間を、すごく大事にしてるんだな。自分で自分を守れる強さを教えているんだ)

 怪異に関わる以上、他者に守ってもらうだけでは限界がある。結局のところ、自分を一番に守れるのは自分だ。
 そのためには自分が強くならねばならない。忍が直桜に施した訓練もそういう類のものだった。
 改めて忍の優しさを垣間見た気分だった。

「そろそろ飯にせんかのぅ。腹が減った。化野も、いい加減に回復したじゃろ」

 梛木がサラダを食みながら声を掛けた。

「もう食べてるだろ。神様ってご飯食べなくても平気なはずだけど」

 呆れながら、席に着く。

「惟神の神と違うて、質量のある顕現は疲労がたまる。神でも腹は減る」

 梛木が卵焼きを頬張って至福の顔をした。
 食事を始めながら、直桜は先ほど剣人が呟いた名前が気になっていた。

「ねぇ、さっき剣人が話していた紗月って、どんな人? 13課の人?」

 陽人からもあまり聞いたことがない名前だ。
 不意に視線を感じて、剣人を振り返る。感動した顔で、直桜を見詰めいている。

「あ、ごめん。呼び捨て、早かった? 白雪が白雪だから、つい」

 言い訳すると、剣人がぶんぶんと首を振った。

「いいです、そのままで。そのままで……」

 どうして急にここまで懐かれたのか、よくわからない。直桜の方が戸惑ってしまう。

霧咲きりさき紗月さつきは、13課のアルバイトだ。二十年以上アルバイトを続けている、13課の生きる伝説だ」

 忍の説明に、直桜は眉を顰めた。

「少し前の直桜と同じじゃよ。紗月の願いは畳の上で死ぬことじゃからな。けど無理じゃろうなぁ。事件の方が紗月に寄っていく」
「それらの事件を必ず解決して帰ってくる。大捕物は一つじゃ二つじゃない。反魂儀呪と肩を並べる反社だった集魂会しゅうこんえを壊滅したのも、紗月だ。しかも一人でな」
「だから、生きる伝説、か」

 梛木と忍の話に、妙に納得した。
 
「正式な13課所属ではないが、手放せる人材でもない。しかし本人はいまだに13課に身を置く気がない。だからバイト扱いで、一応、俺の直下扱いになっている」
「どんな能力持ってる人なの?」
「霊力がやけに多くて高い。それだけだ」

 多くの功績を上げているのだから、余程の術師なのだろうと思ったら、忍の返答はやけにあっさりしていた。

「術者としての能力よりも、人間としての資質じゃろうなぁ。運動能力、思考力、性格、器用さ、どれをとっても優れておる。本人は認めておらんがな」

 梛木がこれほど手放しで褒める人間も珍しい。
 本人の意志に関わらず13課が手放さない理由が何となくわかった気がした。

「白雪も剣人も紗月さんが助けて保護した二人なの。名付けの親でもあるのよ」

 律の話に、剣人が顔を赤くする。

「僕も剣人も紗月のこと、大好きなんだ。直桜は雰囲気が何となく紗月に似てるよ。強いとことか、嫌いって言いながら寄ってくる人を放っておけないとことか」

 直桜はぐっと言葉に詰まった。
 自分はそこまでお人好しなつもりもない。

「でも紗月さんには、なかなか会えません。とても、残念です」

 剣人の眉が下がる。本当に好きなのが表情から伝わってくる。

「会いに行ったりしないの? それも嫌がられるの?」

 剣人と白雪が顔を合わせる。

「嫌がったりはしないだろうけど、僕たちが会いに行ったら事件に巻き込むかもだし。只でさえ色々巻き込まれちゃう人だからさ」
「申し訳なくて、あまりコンタクトはとれないです」

 二人の言い分はわかる。だが、腑に落ちない。

「そんなに会いたいなら会いに行けばいい。俺だったら嫌だとは思わないよ。紗月って人が俺に似てるんなら、同じなんじゃないの?」

 二人が食事の手を止める。
 白雪がにっこりと笑みを見せた。

「僕、直桜のそういうトコ、好きだなぁ」
「俺も、好きかも」

 顔を隠しながら剣人が俯く。その顔は赤く見えた。

「俺、なんか変なこと、言った?」

 隣に座る護を振り返る。

「私も直桜のそういうトコ、好きですよ」

 よくわからなかったが、護が嬉しそうに直桜の頭を撫でるので、とりあえず良しとした。

「ま、僕たちは今日から化野と直桜の護衛だし、この任務が終わるまでは無理だけどね」

 白雪の言葉に剣人が表情を引き締めて頷いた。

「もう護衛が始まるんだ。反魂儀呪が動き出してるってこと?」

 忍に視線を向ける。

「訓練の前にも話したが、攫った神を荒魂にする儀式は既に始まっている。直桜を捕らえる算段は付いているだろう。二週間、姿を消して何をしていたかも、槐は理解しているだろうな」
「つまり俺は、素直に誘拐されれば良いわけね」

 溜息交じりの直桜の言葉に、隣の護が気を乱した。
 梛木の視線が護に向いて、ピリッと空気が張り詰める。

「手筈通りに、反魂儀呪が敷いた呪法に則って、枉津日神を降ろしてもらえば良い。手間が省けるじゃろ」
「周囲の護衛は私たちが固めるから、心配ないわ。この子たちは若いけど、頼りになる二人よ」

 律が両隣に座る白雪と剣人の肩を叩く。
 剣人が鼻息荒く頷いた。

「清人が霊・怨霊担当と諜報担当の二班を率いて反魂儀呪の動向を見張っている。それらしい動きがあればすぐに知らせる。それまでは、普段通り生活していろ」

 最近会わないと思ったら、清人は清人で仕事をしていたらしい。
 
「てか、13課の担当部署がかなり動いてるんだね。13課上げての大捕物って感じなの?」
「当然じゃ。枉津日神を直桜に降ろすだけでも大事だというに、反魂儀呪の巫子様を引き摺りだし、捕らえようというのじゃ。大捕物以外の何物でもなかろう」

 梛木が口端を上げて、楽しそうに笑った。
 こういう顔をしている時の梛木は本気だ。

(縫井たちが攫われて荒魂にされてることに、めちゃくちゃ腹を立ててるんだろうな。当然だけど。天罰、下したりしないといいな)

 神の怒りは自然災害という形で表在化することが多い。梛木の本気の怒りという天罰の矛先は、反魂儀呪だけに収まらない可能性が高い。

(俺がうまくやらないと、色々面倒になるんだろうな)

 ちらり、と隣の護を眺める。
 今回の作戦の肝は、間違いなく護だ。だからこそ、計画の全容は護には話していない。それが梛木と忍の思惑だからだ。
 直桜が禍津日神荒魂に飲まれた時点で直桜ごと殺さなければ真名は封じられない。直桜は一度、死なねばならない。直日神の封印を解けば直桜自身は生き返るのだが、タイミングを誤れば戻れない可能性も高い。直桜自身にとっても非常に危険な賭けだ。

(護は、俺を殺せるかな)

 伝えてしまえば、きっと出来ない。伝えなくても、護に直桜は恐らく殺せない。けれど、それができるのは他でもない、鬼神である護だけだ。

「俺にしかできないことも、あるのか」

 呟いて、直桜は卵焼きを一口、頬張った。
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