仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

文字の大きさ
上 下
45 / 354

第44話 律の本音

しおりを挟む
 善は急げということで、明日から直桜と護は本部に泊り込みの修行となった。副班長で本物の神様の梛木からの提案では、流石の直桜も無碍にはできない。
 帰りは車だというので、一階の車庫まで梛木と律を送りに出た。

「運転は律姉さん、だよね」
「そうね。梛木様は運転免許、持っていないから」

 簡易の紙コップに詰めたコーヒーを二人分手渡す。

「ありがとう。直桜にこんな気遣いができるなんてね。化野さんの影響?」
「うん、こういうのは全部、護が教えてくれる。俺は人付き合いって、よくわからないから」

 コーヒーを受け取って、律が嬉しいような悲しいような顔をした。

「本当は直桜様と呼ぶべきだったね。私たち祓戸四神と祓戸大神は、違うもの」
「違わないよ。同じ惟神だ。してきた努力も、感じてきた痛みだって」

 直桜は律の顔に手を伸ばした。
 長い髪に隠された左目にそっと触れる。閉じて窪んだ眼の奥に、眼球はない。
 美しい顔立ちの律の、唯一の歪な部分だ。

「相変わらず、隠さないんだね」

 神力を使えばこの程度の怪我などいくらでも隠せるはずだ。
 しかし律は、昔からこの傷を隠さない。

「これも私の歴史で、努力の証だもの」

 努力などではないと、直桜は思う。
 生まれたばかりの赤子の左目を抉ったのは他でもない、律の実の親だ。娘を惟神にするために、律の親は自らの手を汚した。

(呪詛にするために左目を抉られた未玖も、神に愛されるために左目を抉られた律姉さんも、変わらないじゃないか)

 魂魄しか知らない未玖に親近感が湧くのは、不遇の従姉弟の影響なのだろう。律の顔が、会ったこともない未玖に思えてくる。

「化野さんと、仲良くね。って、私が言う必要もないね」

 泣きそうな顔で笑う律に、思わず手が伸びる。
 腕を掴んだら、律が驚いた顔をした。

「律姉さんは、陽人のことが好きなんだと思ってた」

 律の顔が、あからさまに歪んだ。
 涙を堪える顔のようで、心の内に秘めておけない辛さが滲んでしまったような表情だ。

「あの人は、雲の上の存在だもの。私なんかが近付けるはずないでしょ」
「本当は近づきたいと思ってるってこと?」

 掴んだ腕が、ピクリと震える。

「陽人は本気で律姉さんが好きだよ。さすがに、気が付いているでしょ」
「生まれた時から一目惚れだなんて、ふざけているとしか思えないわよ。私だって、冗談くらい見分けがつくのよ」

 律は今年で二十五歳だ。律が生まれた時、陽人は十歳だった。そのくらいの冗談めいた告白は確かにしそうだし、それが本気である可能性は十分あり得る。

「逃げ口上にされるのは、俺だって傷付くよ」

 掴んだ腕が強張った。

「そういう、つもりじゃない。直桜のこと、本気で好きだったし、私が守るんだって思ってた。だけど、化野さんが相手なら諦めが付いちゃったのも、本当」

 律が顔を上げて笑った。

「だって、化野さんと一緒にいる直桜、見たことがないくらい安心して緩んだ顔をしているんだもの。集落ではあんな顔、見たことなかった。だからお姉さんは嬉しくなりました」

 今度は律が直桜の腕を掴んだ。

「直桜、幸せになるのよ。集落を出ても私たちは本当の意味で自由にはなれない。それはどこでどんな風に生きても一緒。だからせめて、自分なりの幸せを諦めないでね」

 はにかむ律の顔は諦めというより達観していて、言葉がすんなり入ってきた。

「その言葉、そのまま返す。律姉さんこそ、幸せを諦めないでよ」

 直桜の言葉に返事をしないまま、律は車に乗り込んだ。
 助手席の窓が開き、梛木が顔を出した。

「忍にはが早まったと伝えておく。明日を楽しみにしておるぞ、直桜。枉ちゃんも連れてくるようにの」
「わかったー」

 気のない返事をして、直桜は車を見送った。

「反魂儀呪の、巫子様ね……」

 何故か心に引っかかる言葉を呟いて、直桜は事務所に戻っていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

中身おっさんの俺が異世界の双子と婚約したら色々大変なことになった件

くすのき
BL
気がつけばラシェル・フォン・セウグになっていた俺。 ある双子を庇って負傷した結果、記憶喪失になった呈でなんとか情報収集しつつ、せめてセウグ夫夫の自慢の息子を演じるよう決意を新たにしていると、何故か庇った双子が婚約者になっていた。なんとか穏便に婚約破棄を目指そうとするのだが、双子は意外と手強く色々巻き込まれたりして……。 1話1笑いならぬ1くすりを極力自らに課した異色のコメディーBLです。 作中のキャラの名前ですが、名前・●・苗字の、●の部分はちょっとした理由により兄弟であっても異なっておりますのであしからず。 イイね!やコメント頂けると執筆の励みになります。というか下さい!(直球)

父のチンポが気になって仕方ない息子の夜這い!

ミクリ21
BL
父に夜這いする息子の話。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...