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第44話 律の本音
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善は急げということで、明日から直桜と護は本部に泊り込みの修行となった。副班長で本物の神様の梛木からの提案では、流石の直桜も無碍にはできない。
帰りは車だというので、一階の車庫まで梛木と律を送りに出た。
「運転は律姉さん、だよね」
「そうね。梛木様は運転免許、持っていないから」
簡易の紙コップに詰めたコーヒーを二人分手渡す。
「ありがとう。直桜にこんな気遣いができるなんてね。化野さんの影響?」
「うん、こういうのは全部、護が教えてくれる。俺は人付き合いって、よくわからないから」
コーヒーを受け取って、律が嬉しいような悲しいような顔をした。
「本当は直桜様と呼ぶべきだったね。私たち祓戸四神と祓戸大神は、違うもの」
「違わないよ。同じ惟神だ。してきた努力も、感じてきた痛みだって」
直桜は律の顔に手を伸ばした。
長い髪に隠された左目にそっと触れる。閉じて窪んだ眼の奥に、眼球はない。
美しい顔立ちの律の、唯一の歪な部分だ。
「相変わらず、隠さないんだね」
神力を使えばこの程度の怪我などいくらでも隠せるはずだ。
しかし律は、昔からこの傷を隠さない。
「これも私の歴史で、努力の証だもの」
努力などではないと、直桜は思う。
生まれたばかりの赤子の左目を抉ったのは他でもない、律の実の親だ。娘を惟神にするために、律の親は自らの手を汚した。
(呪詛にするために左目を抉られた未玖も、神に愛されるために左目を抉られた律姉さんも、変わらないじゃないか)
魂魄しか知らない未玖に親近感が湧くのは、不遇の従姉弟の影響なのだろう。律の顔が、会ったこともない未玖に思えてくる。
「化野さんと、仲良くね。って、私が言う必要もないね」
泣きそうな顔で笑う律に、思わず手が伸びる。
腕を掴んだら、律が驚いた顔をした。
「律姉さんは、陽人のことが好きなんだと思ってた」
律の顔が、あからさまに歪んだ。
涙を堪える顔のようで、心の内に秘めておけない辛さが滲んでしまったような表情だ。
「あの人は、雲の上の存在だもの。私なんかが近付けるはずないでしょ」
「本当は近づきたいと思ってるってこと?」
掴んだ腕が、ピクリと震える。
「陽人は本気で律姉さんが好きだよ。さすがに、気が付いているでしょ」
「生まれた時から一目惚れだなんて、ふざけているとしか思えないわよ。私だって、冗談くらい見分けがつくのよ」
律は今年で二十五歳だ。律が生まれた時、陽人は十歳だった。そのくらいの冗談めいた告白は確かにしそうだし、それが本気である可能性は十分あり得る。
「逃げ口上にされるのは、俺だって傷付くよ」
掴んだ腕が強張った。
「そういう、つもりじゃない。直桜のこと、本気で好きだったし、私が守るんだって思ってた。だけど、化野さんが相手なら諦めが付いちゃったのも、本当」
律が顔を上げて笑った。
「だって、化野さんと一緒にいる直桜、見たことがないくらい安心して緩んだ顔をしているんだもの。集落ではあんな顔、見たことなかった。だからお姉さんは嬉しくなりました」
今度は律が直桜の腕を掴んだ。
「直桜、幸せになるのよ。集落を出ても私たちは本当の意味で自由にはなれない。それはどこでどんな風に生きても一緒。だからせめて、自分なりの幸せを諦めないでね」
はにかむ律の顔は諦めというより達観していて、言葉がすんなり入ってきた。
「その言葉、そのまま返す。律姉さんこそ、幸せを諦めないでよ」
直桜の言葉に返事をしないまま、律は車に乗り込んだ。
助手席の窓が開き、梛木が顔を出した。
「忍には挨拶が早まったと伝えておく。明日を楽しみにしておるぞ、直桜。枉ちゃんも連れてくるようにの」
「わかったー」
気のない返事をして、直桜は車を見送った。
「反魂儀呪の、巫子様ね……」
何故か心に引っかかる言葉を呟いて、直桜は事務所に戻っていった。
帰りは車だというので、一階の車庫まで梛木と律を送りに出た。
「運転は律姉さん、だよね」
「そうね。梛木様は運転免許、持っていないから」
簡易の紙コップに詰めたコーヒーを二人分手渡す。
「ありがとう。直桜にこんな気遣いができるなんてね。化野さんの影響?」
「うん、こういうのは全部、護が教えてくれる。俺は人付き合いって、よくわからないから」
コーヒーを受け取って、律が嬉しいような悲しいような顔をした。
「本当は直桜様と呼ぶべきだったね。私たち祓戸四神と祓戸大神は、違うもの」
「違わないよ。同じ惟神だ。してきた努力も、感じてきた痛みだって」
直桜は律の顔に手を伸ばした。
長い髪に隠された左目にそっと触れる。閉じて窪んだ眼の奥に、眼球はない。
美しい顔立ちの律の、唯一の歪な部分だ。
「相変わらず、隠さないんだね」
神力を使えばこの程度の怪我などいくらでも隠せるはずだ。
しかし律は、昔からこの傷を隠さない。
「これも私の歴史で、努力の証だもの」
努力などではないと、直桜は思う。
生まれたばかりの赤子の左目を抉ったのは他でもない、律の実の親だ。娘を惟神にするために、律の親は自らの手を汚した。
(呪詛にするために左目を抉られた未玖も、神に愛されるために左目を抉られた律姉さんも、変わらないじゃないか)
魂魄しか知らない未玖に親近感が湧くのは、不遇の従姉弟の影響なのだろう。律の顔が、会ったこともない未玖に思えてくる。
「化野さんと、仲良くね。って、私が言う必要もないね」
泣きそうな顔で笑う律に、思わず手が伸びる。
腕を掴んだら、律が驚いた顔をした。
「律姉さんは、陽人のことが好きなんだと思ってた」
律の顔が、あからさまに歪んだ。
涙を堪える顔のようで、心の内に秘めておけない辛さが滲んでしまったような表情だ。
「あの人は、雲の上の存在だもの。私なんかが近付けるはずないでしょ」
「本当は近づきたいと思ってるってこと?」
掴んだ腕が、ピクリと震える。
「陽人は本気で律姉さんが好きだよ。さすがに、気が付いているでしょ」
「生まれた時から一目惚れだなんて、ふざけているとしか思えないわよ。私だって、冗談くらい見分けがつくのよ」
律は今年で二十五歳だ。律が生まれた時、陽人は十歳だった。そのくらいの冗談めいた告白は確かにしそうだし、それが本気である可能性は十分あり得る。
「逃げ口上にされるのは、俺だって傷付くよ」
掴んだ腕が強張った。
「そういう、つもりじゃない。直桜のこと、本気で好きだったし、私が守るんだって思ってた。だけど、化野さんが相手なら諦めが付いちゃったのも、本当」
律が顔を上げて笑った。
「だって、化野さんと一緒にいる直桜、見たことがないくらい安心して緩んだ顔をしているんだもの。集落ではあんな顔、見たことなかった。だからお姉さんは嬉しくなりました」
今度は律が直桜の腕を掴んだ。
「直桜、幸せになるのよ。集落を出ても私たちは本当の意味で自由にはなれない。それはどこでどんな風に生きても一緒。だからせめて、自分なりの幸せを諦めないでね」
はにかむ律の顔は諦めというより達観していて、言葉がすんなり入ってきた。
「その言葉、そのまま返す。律姉さんこそ、幸せを諦めないでよ」
直桜の言葉に返事をしないまま、律は車に乗り込んだ。
助手席の窓が開き、梛木が顔を出した。
「忍には挨拶が早まったと伝えておく。明日を楽しみにしておるぞ、直桜。枉ちゃんも連れてくるようにの」
「わかったー」
気のない返事をして、直桜は車を見送った。
「反魂儀呪の、巫子様ね……」
何故か心に引っかかる言葉を呟いて、直桜は事務所に戻っていった。
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