34 / 271
第33話 呪法担当統括 司法解剖医 朽木要
しおりを挟む
警察庁の建物に入ると、エレベーターホールの奥の壁の前で護が足を止めた。
何もない壁に手を翳す。手を退けると、降りるボタンだけが現れた。
ボタンを押した瞬間、只の壁だった場所が開いた。
当然のように中に乗り込む。
ホールには通常のエレベーターに乗る職員が数人いたが、護と直桜の動きを不振がった者はいなかった。
「皆、慣れてんだね。それとも、見えてない?」
エレベーターの中で聞いてみる。
護が、地下5階のボタンを押した。
「見えてはいます。慣れている訳でもありません。ただ、気にしていないだけです」
「ああ、アレか。限りなく存在感を消す感じ」
「ソレです。目には映っているのに意識しない。そんな風に仕向ける空間術。副班長の得意な術法で、警察庁地下に広がる13課のフロアの空間術も、彼女の仕事です」
エレベーターの階数を見て、ぞっとする。
「地下十三階まである空間を全部維持してんの? どんな化物?」
かなり広い亜空間をたった一人で何十年も維持するのは、かなりの霊力を消費する。
「直桜なら名前を聞けばわかると思いますが、13課の副班長は神倉梛木という女性です」
「女性ってことは、人じゃない方か。うわぁ、梛木って13課に所属してんだ。改めて13課って面子がヤバいね」
じんわりと驚きが込み上げる。
「女性、ということは、同姓同名の男性もいるのですか?」
「うん、男の方は人間で、名前の漢字が違う。確かまだ高校生だったはず。神倉神社の氏子総代の息子だよ」
熊野の神倉神社とは所縁があって、男性の神倉凪とは何度か会ったことがある。
弓道部に所属して日夜練習に励んでいる健全男子だ。
「女性の梛木とは十月に島根で良く会う」
一瞬、ぽかんとした護だったが、訳知り顔で頷いた。
「神在月というやつですね。神様の集会に直桜も参加しているのですか?」
「まぁ、一応ね。他の惟神も行ってるはずだよ。梛木が13課所属なんて、一度も聞かなかったな。本物の神様なのに、俗っぽいな」
神倉梛木は神倉神社が御神体とするゴトビキ岩の化身であり、神域である熊野そのものだ。
つまりは神が顕現した姿といえる。そんな彼女が警察に所属していること自体が驚きであり、どうやって連れてきたのか考えると、ぞっとする。
「話の次元が違い過ぎて、想像がつきませんね」
エレベーターのドアが開き、護が歩き出す。
まるで他人事のように話す護に、直桜は小首を傾げた。
「今年は護も行くんだよ、俺と一緒に」
「え⁉」
すごい声と顔で驚く護を、不思議な気持ちで眺める。
「偶然みたいなもんだけど、護も鬼神になったんだから、挨拶に行かないと。出勤扱いになるらしいから、良いんじゃないの?」
護が神殺しの鬼だと知る前に、直桜は神紋を与えた。本人も自分が神殺しの鬼として開花していると自覚していなかった様子だった。
どちらにせよ、直桜の行動を直日神が止めなかった時点で、護には遠からず鬼神となる未来が待っていた。
「私の鬼神は、神様の列に並んでいいモノなんですか? 呼び名に神って付くだけじゃないんですか?」
何故護がこれほど動揺しているのかわからないか、直桜はとりあえず頷いた。
「神は神でしょ。付喪神や妖怪も来る宴だし、そんな堅苦しいモノじゃないよ。大国主神はおおらかだし珍しいモノ好きだから、会いに行ったら喜ぶと思うよ」
護の手がカタカタと震えている。
「そんな、親戚の叔父さんに会いに行くような感覚なんですか?」
「あー、感覚としては、そんな感じかも。それに俺も、護のこと紹介したいかな」
目を見開いた護が、頬を赤らめて俯いた。
「直桜がそう言うのなら。一緒に、連れて行ってください」
「うん、一緒に行こ」
どうして照れているのかわからないが、護が可愛いので敢えて突っ込まないことにした。
「廊下でイチャつくのは、程々にしてもらえるかい」
後ろから声が飛んできて、振り返る。
白衣姿の女性が、二人の姿をニンマリした顔で眺めていた。
「朽木室長……、これは、失礼しました」
護が丁寧に頭を下げる。その姿に倣って直桜も頭を下げた。
「どうせ私か穂香しか歩かない廊下だからね、構わないんだが。これ以上、声を掛けるタイミングを逃すのも、時間が勿体ないからね」
ハイヒールの足音を響かせて、朽木と呼ばれた女性が直桜に近付いた。
ずい、と顔を近づけて、まじまじと直桜の顔に見入る。
「最強の惟神というのは、君かい。とても興味深い。是非じっくりと、体の隅々まで調べさせてほしいものだ」
女性にしては低い声には、抑揚がない。なのに、興奮が声から伝わる。 好奇が溢れる瞳を隠すことなく、朽木が直桜の全身を舐めるように見る。
直桜に向かって長く細い指が伸びる。
護が直桜の腕を引いて、前に出た。
「朽木室長、今日は先日押収したキャリーバックの件での呼び出しと聞いていますが」
顔を引き攣らせる護を眺めて、朽木がクスリと笑んだ。
「そうだったね。その件については、穂香が既に準備しているよ。化野が聞いてくるといい。君、瀬田直桜といったか。その間、私と遊ばないかい?」
護の後ろに回り込んだ朽木が直桜の手を取る。その手を自分の胸に押し当てた。
直桜の後ろで護が声にならない声を上げている。
「もしかして、惟神を解剖したい病理医って、アンタ? 他の惟神にも、特に律姉さんにしつこいって聞いてたけど」
「おや、律を知っているのかい?」
「知ってるよ、従姉弟だからね。でも律姉さんはやめといたほうが良い。陽人が本気でキレかねないから」
「じゃぁ、君が遊んでくれるのかな」
直桜は視線を下げた。
手を押し付けられている胸は柔らかくて触り心地が良いが、何か違う。
「大きくて綺麗な胸だなと思うけど、俺、あんまり興味ないみたいだ。ごめん」
首を傾げる直桜を眺めていた朽木が、笑い出した。
「そうかい、それは失礼したね。化野、悪かったね」
笑いを嚙み殺して、朽木が護を振り返る。
「笑えない冗談です」
護の顔が、割と本気で怒っている。
朽木は至極楽しそうにしながら、くるりと背を向けた。
「呪法解析担当室に案内するよ。ついておいで」
直桜の手を護がしっかりとつかんで歩き出す。
「全く油断も隙も無い」
独り言ちる護に、直桜は耳打ちした。
「ごめん。でも俺、護に触れてる方が興奮するよ」
直桜を勢いよく振り返った護の顔が真っ赤だ。
その表情に何となく満足して、直桜は握られた手を掴み、歩き出した
何もない壁に手を翳す。手を退けると、降りるボタンだけが現れた。
ボタンを押した瞬間、只の壁だった場所が開いた。
当然のように中に乗り込む。
ホールには通常のエレベーターに乗る職員が数人いたが、護と直桜の動きを不振がった者はいなかった。
「皆、慣れてんだね。それとも、見えてない?」
エレベーターの中で聞いてみる。
護が、地下5階のボタンを押した。
「見えてはいます。慣れている訳でもありません。ただ、気にしていないだけです」
「ああ、アレか。限りなく存在感を消す感じ」
「ソレです。目には映っているのに意識しない。そんな風に仕向ける空間術。副班長の得意な術法で、警察庁地下に広がる13課のフロアの空間術も、彼女の仕事です」
エレベーターの階数を見て、ぞっとする。
「地下十三階まである空間を全部維持してんの? どんな化物?」
かなり広い亜空間をたった一人で何十年も維持するのは、かなりの霊力を消費する。
「直桜なら名前を聞けばわかると思いますが、13課の副班長は神倉梛木という女性です」
「女性ってことは、人じゃない方か。うわぁ、梛木って13課に所属してんだ。改めて13課って面子がヤバいね」
じんわりと驚きが込み上げる。
「女性、ということは、同姓同名の男性もいるのですか?」
「うん、男の方は人間で、名前の漢字が違う。確かまだ高校生だったはず。神倉神社の氏子総代の息子だよ」
熊野の神倉神社とは所縁があって、男性の神倉凪とは何度か会ったことがある。
弓道部に所属して日夜練習に励んでいる健全男子だ。
「女性の梛木とは十月に島根で良く会う」
一瞬、ぽかんとした護だったが、訳知り顔で頷いた。
「神在月というやつですね。神様の集会に直桜も参加しているのですか?」
「まぁ、一応ね。他の惟神も行ってるはずだよ。梛木が13課所属なんて、一度も聞かなかったな。本物の神様なのに、俗っぽいな」
神倉梛木は神倉神社が御神体とするゴトビキ岩の化身であり、神域である熊野そのものだ。
つまりは神が顕現した姿といえる。そんな彼女が警察に所属していること自体が驚きであり、どうやって連れてきたのか考えると、ぞっとする。
「話の次元が違い過ぎて、想像がつきませんね」
エレベーターのドアが開き、護が歩き出す。
まるで他人事のように話す護に、直桜は小首を傾げた。
「今年は護も行くんだよ、俺と一緒に」
「え⁉」
すごい声と顔で驚く護を、不思議な気持ちで眺める。
「偶然みたいなもんだけど、護も鬼神になったんだから、挨拶に行かないと。出勤扱いになるらしいから、良いんじゃないの?」
護が神殺しの鬼だと知る前に、直桜は神紋を与えた。本人も自分が神殺しの鬼として開花していると自覚していなかった様子だった。
どちらにせよ、直桜の行動を直日神が止めなかった時点で、護には遠からず鬼神となる未来が待っていた。
「私の鬼神は、神様の列に並んでいいモノなんですか? 呼び名に神って付くだけじゃないんですか?」
何故護がこれほど動揺しているのかわからないか、直桜はとりあえず頷いた。
「神は神でしょ。付喪神や妖怪も来る宴だし、そんな堅苦しいモノじゃないよ。大国主神はおおらかだし珍しいモノ好きだから、会いに行ったら喜ぶと思うよ」
護の手がカタカタと震えている。
「そんな、親戚の叔父さんに会いに行くような感覚なんですか?」
「あー、感覚としては、そんな感じかも。それに俺も、護のこと紹介したいかな」
目を見開いた護が、頬を赤らめて俯いた。
「直桜がそう言うのなら。一緒に、連れて行ってください」
「うん、一緒に行こ」
どうして照れているのかわからないが、護が可愛いので敢えて突っ込まないことにした。
「廊下でイチャつくのは、程々にしてもらえるかい」
後ろから声が飛んできて、振り返る。
白衣姿の女性が、二人の姿をニンマリした顔で眺めていた。
「朽木室長……、これは、失礼しました」
護が丁寧に頭を下げる。その姿に倣って直桜も頭を下げた。
「どうせ私か穂香しか歩かない廊下だからね、構わないんだが。これ以上、声を掛けるタイミングを逃すのも、時間が勿体ないからね」
ハイヒールの足音を響かせて、朽木と呼ばれた女性が直桜に近付いた。
ずい、と顔を近づけて、まじまじと直桜の顔に見入る。
「最強の惟神というのは、君かい。とても興味深い。是非じっくりと、体の隅々まで調べさせてほしいものだ」
女性にしては低い声には、抑揚がない。なのに、興奮が声から伝わる。 好奇が溢れる瞳を隠すことなく、朽木が直桜の全身を舐めるように見る。
直桜に向かって長く細い指が伸びる。
護が直桜の腕を引いて、前に出た。
「朽木室長、今日は先日押収したキャリーバックの件での呼び出しと聞いていますが」
顔を引き攣らせる護を眺めて、朽木がクスリと笑んだ。
「そうだったね。その件については、穂香が既に準備しているよ。化野が聞いてくるといい。君、瀬田直桜といったか。その間、私と遊ばないかい?」
護の後ろに回り込んだ朽木が直桜の手を取る。その手を自分の胸に押し当てた。
直桜の後ろで護が声にならない声を上げている。
「もしかして、惟神を解剖したい病理医って、アンタ? 他の惟神にも、特に律姉さんにしつこいって聞いてたけど」
「おや、律を知っているのかい?」
「知ってるよ、従姉弟だからね。でも律姉さんはやめといたほうが良い。陽人が本気でキレかねないから」
「じゃぁ、君が遊んでくれるのかな」
直桜は視線を下げた。
手を押し付けられている胸は柔らかくて触り心地が良いが、何か違う。
「大きくて綺麗な胸だなと思うけど、俺、あんまり興味ないみたいだ。ごめん」
首を傾げる直桜を眺めていた朽木が、笑い出した。
「そうかい、それは失礼したね。化野、悪かったね」
笑いを嚙み殺して、朽木が護を振り返る。
「笑えない冗談です」
護の顔が、割と本気で怒っている。
朽木は至極楽しそうにしながら、くるりと背を向けた。
「呪法解析担当室に案内するよ。ついておいで」
直桜の手を護がしっかりとつかんで歩き出す。
「全く油断も隙も無い」
独り言ちる護に、直桜は耳打ちした。
「ごめん。でも俺、護に触れてる方が興奮するよ」
直桜を勢いよく振り返った護の顔が真っ赤だ。
その表情に何となく満足して、直桜は握られた手を掴み、歩き出した
5
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
「陛下を誑かしたのはこの身体か!」って言われてエッチなポーズを沢山とらされました。もうお婿にいけないから責任を取って下さい!
うずみどり
BL
突発的に異世界転移をした男子高校生がバスローブ姿で縛られて近衛隊長にあちこち弄られていいようにされちゃう話です。
ほぼ全編エロで言葉責め。
無理矢理だけど痛くはないです。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)
ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。
僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。
隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。
僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。
でも、実はこれには訳がある。
知らないのは、アイルだけ………。
さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる