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第23話 惟神が嫌いな男

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 一つのピースを見付けてはめ込んだことで、バラバラだった総てのピースが繋ぎ合わさったような感覚。
 唐突に、頭の中が整理された。
 これまでに得た情報の総てが、直桜に一つの可能性を示唆する。

「確か、半年前の集会の時って、他部署が出払っていたせいで護たちも呼ばれたんだよね?」
「ええ、大規模な集会が関東各地でいくつも行われていて、人手が足りずに」
「何ヶ所くらい? いや、そうじゃないな……。13課全員が出払った?」
「そう、ですね。ほぼ総動員で、残っていたのは班長と副班長くらいだったと思いますが」

 直桜の表情を眺める護のが、戸惑いがちに答えた。

(場所は、どこでも良かったんだ。護と未玖がどこに来ても良いように、総ての場所で同じ実験を準備していた。集会の数は護と未玖を確実に動かすための、ブラフ)

 十年前の集会で生き残った少年に、仮に呪術が残っていたとして。
 13課の人間に保護され成長しながら、呪術が彼の中で育っていった。
 初めからの計画であったとしても、偶然に生存を知ったのだとしても。
 半年前に行われたは、未玖をさせるためのものだったのではないのか?

(血魔術を解くのなんか、簡単だ。浄化をしながら未玖が血に触れるように仕向ければいい。未玖が穢れを浴びれば、呪詛は完成だったんだ)

 反魂儀呪の目的は、人の霊を使った呪詛を作ることに留まらなかった。
 更にその先、作った呪詛を鬼の体に宿すこと。
 それこそが、実験の本当の目的だったのではないのか。

「未玖は穢れに弱い体質だったわけじゃない。穢れを引き寄せ吸い込む呪術に犯されていたんだ。取り込んだ邪魅がキャパオーバーだったんだよ」

 護の、鬼の血が呪詛を完成させる最後のだった。 

(魂に刻まれた呪術。清人レベルの術者でも気付けないような、時限爆弾みたいに高度な呪術が未玖の体に仕込まれていた。偶然なんかじゃ、なかったんだ)
 
 あの男なら、やりかねない。
 桜谷集落は平安の昔から年に一度、嵯峨野の化野に浄化と清祓の儀式に赴く。その時は決まって、五人組の長の誰かが仕切っていた。

(どうして気が付かなかった。八張の跡取りは鬼に異常な執着を見せていたじゃないか。アイツなら高度な呪術だって、周到で陰湿な罠だって、欲しいモノにこれだけ長い時間をかけて執着したって、全く不思議じゃないのに)

 桜谷集落が汚点と断定しこの世から消し去りたい呪詛師は、そういう男だ。

「恐らく十年前に護を見付けた時点で、アイツは計画していた。護を反魂儀呪に取り込む算段を立てていたんだ。未玖はそのために利用された道具に過ぎなかった」
「……未玖が、道具?」

 護の顔が困惑しながら険しくなる。

「十年どころじゃないかもしれない。もしかしたらもっと昔から、護に目を付けていた可能性だってある。13課に横から搔っ攫われて、腸が煮えくり返っただろうな」

 自分の言葉に怒りが湧き上がる。
 心臓が嫌な音を立てながら、鼓動を速めていく。

「何の話をしているんですか? アイツって、一体、誰のことですか」

 護に腕を掴まれて、直桜は顔を上げた。

八張やばりえんじゅ。桜谷集落を率いる五人組の一家、八張家に生まれながら、集落を裏切った呪詛師。今は反魂儀呪の、恐らくリーダーだ」

 口惜しさで手が震える。

『直桜はとても強いけど俺には永遠に勝てないよ。だって直桜には、心がないから。執着も未練も欲情もないだろ。そういう奴は誰よりも強いけど誰にも勝てない。まさに神様って感じだね』

 集落から姿を消す直前に、槐に言われた言葉を思い出す。
 あの時は、何とも思わなかった。
 いや、思わない振りをしていた。言い当てられた腹立たしさを、押し殺すために。

(俺が最初から、ちゃんと向き合っていたら。普通に生きたいなんて抗って中途半端な態度をとっていなかったら、未玖は初めから呪詛になんか、なってなかったかもしれない)

 自分に腹が立って仕方がなかった。
 護の手が、震える直桜の手を包む。
 
「直桜……」
「反魂儀呪の目的は最初から、護だったんだ」

 直桜の手を包む護の手が強張った。

「私、が? ……どうして?」
「化野の墓守は、特別だからだよ。穢れを纏いながら清浄に愛された存在は、呪詛師には垂涎ものだ。何より強力な呪具になる」

 特に槐が使う呪詛は祭事の儀式に沿った呪術だ。
 護の存在は喉から手が出るほど欲しいだろう。

「そんな、ことのために、未玖は死んだのですか。俺の、ために」

 護の指が小刻みに震える。
 腹の中の魂魄が、拍動を強めた。
 握った手から熱が流れ込んでくる。直桜に訴えかけるような、未玖の熱だ。

(お前は一途に護に向き合ってきたんだな。俺なんかが未玖みたいに護を想えるかわからないけど。でも俺は、未玖から護を奪うって決めたよ)

 魂魄が拍動して、柔らかな熱が流れ込む。
 直桜は護の手を強く握った。

「護が見付けた十年前の時点で、未玖は既に呪詛だった。人の霊を呪詛にするっていうのは、そういうことだ」

 護が息を飲んだ。

「でも、未玖は抗ってる。護の腹の中で呪詛になり切らずに魂魄のままでいるのは、護を守っているからなんだよ」
 
 護の目が、自分の腹に向く。
 その目が辛そうに歪んでいく。

「どう……したら、いいんですか。未玖を、このまま祓っても、いいのですか? それで俺はこれからも、のうのうと生きて、いいんですか」

 ただでさえ、自分のせいで未玖が死んだと思っていた護にとって、直桜が突き付けた事実は追い打ちに違いない。
 十年という歳月は、護に呪詛未玖の清祓を迷わせるには充分すぎる月日だ。
 槐の思惑はきっと、そこまで織り込み済みなのだろうと思うと、焼けるような怒りで胸がじりじりと痛い。
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