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第20話 連続失踪事件

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 平穏な日常を壊す影は、気が付かない間に真後ろに迫っていたりする。
 気が付いたのは八月上旬、仕事にも護との二人暮らしにも慣れてきた頃合いだ。
 滅多に人が訪れないマンションに招かれざる上司が尋ねてきたのが始まりだった。

「よぅ、お二人さん。仲良くやってる? って、聞くまでもねぇか」

 呆れ顔の清人に、一番驚いて慌てふためいていたのは護だった。
 直桜に口移しで邪魅を吸い上げてもらっていた最中だったからだ。
 インターフォンも押さずに入ってきた清人が、二人を気に留める様子もなくソファに座った。
 顔を真っ赤にして取り乱す護を余所に、直桜は何事もなかったようにコーヒーを淹れて差し出した。

「清人が事務所に来るなんて珍しいね」
「そりゃ、上司だからねぇ。来ることもあるだろ。普段から、そういう心持でいてほしいけどなぁ」

 清人がニヤついた目を護に向ける。

「いえ、その、今のはただ、直桜に邪魅を吸い上げてもらっていただけで」
「そういうの、オフの時に部屋でしたらいいんじゃないのぉ」

 ぐうの音も出ないといった顔で、護が押し黙る。

「来てもいいけどさ、せめてインターフォン押したらいいんじゃないの?」
「お前は揶揄い甲斐がねぇなぁ、直桜。護くらい慌ててくれたら可愛げもあるのに」

 がっかりした顔を向けられても、困る。

やましいことはしてないよ。護の体に邪魅を溜めとく方が、害だろ」

 清人がニタリと笑んだ。

「護、ねぇ。ふぅん。俺の前では無理して化野って呼んでた? もしかして俺が思うよりずっと仲良くなってる感じなのかな?」
「うっさい。バディを名前で呼んで、悪いのかよ」

 不貞腐れて顔を背けた直桜を見て、清人はようやく満足したようだった。

「まぁま、仲良くやってんなら、それでいいよ。俺は仕事を持って来ただけだからさ」

 A4の茶封筒をテーブルに載せる。
 護が中身を取り出し、並べた。

「ここ一カ月の間で起きた失踪事件三件。警視庁の人捜し案件で、三件とも全く別の事件だと思われてたんだけど、どうやらそうでもないらしいってウチに回ってきた」

 失踪した三人は性別も年齢も住所もバラバラだ。
 仕事や経歴などのバックグラウンドをみても、共通点は一見してない。
 直桜は写真に目を凝らした。
 黙ったまま写真を見詰める直桜を、清人が眺めている。

「やけに邪魅が纏わりついてる。三人とも、中《あ》てられやすい体質だったんじゃない?」

 顔を上げた直桜を眺めていた清人が口端を上げた。

「直桜の着眼点て斬新だねぇ。普通、写真からそんなの、わからないよ。でも、正解。三人とも、原因不明の体調不良を起こしやすい人間だった」

 護が、読んでいたそれぞれのプロフィールを見比べる。

「片頭痛、腹痛、不眠症。どれもメンタルの不調などで片付けられやすい症状ですね。PMSなどは症状も多岐にわたるので判断し難い」
「邪魅に中てられやすい人間にも似たような症状は出る。けど、本人すら、それが怪異だとは思わない。中てられやすい人間は霊《すだま》の感度が高い。俗にいう霊感が強いってやつ。でも自覚してない人間も多いのが実情だ」

 清人がクリアファイルに入った紙を二人の前に出した。

「で、ここからが本題。霊の感度が高い人間が三人、行方不明になりました。同時期に、怪しい集会が開かれていたことが判明しました。何に使われたでしょうか」

 ぞくり、と怖気が走った。

「行方不明、なんだよね」
「そう。死体すら発見されていない」

 直桜の質問に、清人が突っ込んだ返答をする。

「結びついた証拠は、血ですか」

 護の言葉に清人が頷いた。

「集会が行われたと思われる八王子の現場から微量に採取された血液が、行方不明の女性と一致した。茨城県猿島と栃木県小山も同様にな」
「完全に黒ですね。呪術や呪法に用いられたということでしょうか」

 呟く護の隣で、直桜はクリアファイルに書かれた集会跡の情報を読んでいた。

「燃えた木屑、紙垂、縄、香……」

 使われているのは一般的な呪具だ。縄と紙垂で結界を張り、火と香で術を行う。更に血と霊を用いる呪術といえば。

「反魂儀呪が作っていた、人の霊を使った呪詛だ。少なくとも13課の見解は、そうなった。見解が当たっていれば、死体は発見されない」

 霊を使って呪詛を作るなら、人の血肉まで邪魅に蝕まれ呪詛に飲まれる。
 清人の言葉に、護が表情を曇らせた。

「それだけじゃ、ないかも」
 
 集会跡の現場写真に目を落としたまま、直桜は問い掛けた。

「使った香って、具体的にどんなのだったか、わかる?」

 現場写真に写る香の燃えカスは紫色の粒程度のものだ。
 すでに火が消えている香の先に、何かがみえる。
 直桜は食い入るように写真を見詰めて、神経を尖らせた。

「具体的に……、か。現場に踏み込んだ呪法担当の奴らは、やけに甘く薫る香だったって話ていたな。残り香でもわかるくらいだって。あと、燃えカスを調べてる時、何度か不自然に寝落ちしたとか」

 写真に食いついていた直桜は、ピクリと肩を震わせた。

「反魂香……」

 思わず、呟いていた。
 直桜の呟きに、二人が目を見開いた。

「反魂香って、御霊《みたま》を現世に戻し蘇らせる香のことですか? 実在するんですか?」
「まぁ、怪異に関わる俺ら13課の人間の間ですら、御伽噺や怪談レベルの代物だけどねぇ。反魂自体が禁忌術だしな」

 清人の目が、直桜に向く。
 何かの意図を含んだ目だ。
 今でこそ関東圏に活動拠点を置いている藤埜家だが、元々は桜谷集落で惟神を生み出してきた家柄だ。
 そんな清人なら、知っているはずだ。
 反魂香は惟神を生み出すための必須の祭具であり、桜谷集落が絶対的に秘匿する暗事《くらごと》である事実を。

「実在は、するよ。入手するのはもちろん、簡単じゃないけど。ただ、持っている可能性があるヤツを一人だけ知ってる」
「その香が、本物の反魂香である根拠は?」

 直桜の言葉を遮るように、清人が鋭い声で言葉を被せた。
 らしくない清人の声に、護が驚いた顔で振り返る。
 清人は直桜から目を離さなかった。

「香に吸い寄せられた霊の気配が写真に残ってる。呪法部署のスタッフが調べている途中で眠気に襲われたのは、香に霊を吸われかけたせいだ。煙を多く吸い込んでいたら、死んでたかもね」

 直桜は清人を見上げた。
 目を合わせたまま、清人が口を引き結んだ。

「現場に行かせてよ。実際に呪術が行われた現場に行けば、もっと多くの事実が掴める。本物かどうか、確かめたい」
「だからそれはっ……」

 言いかけた言葉を飲み込んで、清人が困った顔で前髪をぐしゃりと潰した。

「あー……、わかったよ。行かせてやる。その代わり、直桜はこれから俺と面談な。護、席を外せ」
「え? でも、あまりに急な……」
「いいから、外せ。一カ月、働いてみて仕事の感覚も掴めただろ。試用期間終了後に直桜がどうする気なのか、聞くだけだから」

 納得いかない顔をしながらも、護が立ち上がる。
 直桜の顔を心配そうに見つめながら事務所を出て行った。 
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