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第14話 半年前の落とし物

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「化野に掛けられた呪詛の根源は、この石。でも別に、化野を狙って掛けた呪詛じゃない。恐らくその日、全国でほぼ同時に始まった反魂儀呪の集会では、同じが行われていたはずだ。人の霊を使った呪詛で人を呪う実験」

 握っていた石を、清人に手渡した。

「必要なのは、大量の邪魅とそれなりに霊力が高い人間の霊、それに血液。血は穢れているほど望ましい。それらの条件を、化野と前のバディは、偶然に満たしてしまった。だから、化野は呪詛を負った。それだけの話だよ」

 直に手渡された呪詛の石を清人が布に包み、厳重に箱に仕舞う。

「直桜って力が強いだけじゃなくて、博識だねぇ。特に反魂儀呪には詳しいように見えるんだけど、気のせいじゃないよな?」

 探りを隠さない清人の目が、直桜を見詰める。
 今更、清人に何を隠そうとも思っていないので、構わないが。

「集落に秘されている俺が、何で関東の大学に通わせてもらえたんだと思う? 反魂儀呪は集落にとっての汚点。探りを入れて、あわよくば潰したいってのが集落の本音。拠点が関東にあるのは、わかっているからね」

 言ってみれば、交換条件だ。
 反魂儀呪について調べた結果を集落に報告する。それを条件に、直桜は大学という四年間の自由を手に入れた。
 直桜にとって全くの解放でなかったとしても、集落あの場所を離れられるのであれば、それでも良かった。

「集落が課したミッションをクリアすれば、俺は晴れて自由の身……とまではいかなくても、せめてこっちで好きな仕事させてもらえる程度の自由は得られるワケだよ」
「なるほどね。13課に席を置いておいた方が有利な気がするけど?」

 したり顔の清人をため息交じりに一瞥する。

「怪異に関わる仕事は嫌だし、陽人に関わるのも嫌だ。俺は普通の仕事をして、普通に生きたいんだよ」

(少なくとも、ちょっと前までは、そう思ってたよ)

 護の顔が浮かぶ。
 この仕事を辞めればきっと、護に会うことは二度とない。
 胸が軋む音がした。
 ふぅん、と鼻を鳴らして清人の顔が直桜の顔を眺めている。

「じゃぁ、もう一個教えてよ。直桜が桜谷集落に戻りたくない理由って、本当は何なワケ?」

 ちらり、と清人を横目に見る。
 清人の問いかけはさっきから全部、知っている答えを待っているようで、面倒くさい。

「単純に、あの場所が嫌いだからだけど。あのさ、清人が隠してるなら申し訳ないんだけど、藤埜家って集落から離れた惟神の家系だよね? 何代か前に枉津日神おうつひのかみを剥がされて追放された家でしょ?」

 ぱちくり、と目を瞬かせた清人が頭を掻いた。

「気付いてたかぁ。剥がされたっていうか、そうねぇ。他に表現のしようもないか」

 申し訳なさそうにしている顔が、何故か照れているように見える。不可解だ。

「追放が形式的なもので、集落と連絡取り合ってんは、知ってる。そうでなきゃ、俺を見付けられるわけないんだ。俺のこと調べたって聞いた時から、もしかしたらと思ってたよ」

 直桜は両手を翳し、白い神気を球体に作り上げた。
 ふぅと息を吹き込むと、球体がシャボン玉のように割れた。
 部屋中に神気が満ちて、不浄なものが泡のように消えていく。
 
 清人が膝を折って傅き、直桜を見上げた。

「御見事です、直桜様。って敬うのが本来は普通だって、そこまで気付いてるなら、理解してくれるかな?」
「そういうのが、嫌だって言ってんの。そもそも藤埜家は、瀬田家より家格が高いはずだけど?」

 心底嫌だという顔を敢えて清人に向ける。
 清人が楽しそうに笑った。

「それは枉津日神の惟神だった頃ね。仮に惟神でもさ、同等の神を内包する家格ではあるけど、佐久奈度神社の氏子総代は瀬田家だろ?」

 ニコニコする清人に、じっとりした視線を送る。

「とにかくこの場所は浄化したし、呪詛の石も見付けた。清人に聞きたいことも聞けたし、俺はもう用事ないけど。清人はまだ俺に、聞きたいことある?」

 清人が立ち上がって、小さく首を傾げた。

「なんで、護なの? 惟神に慣れてる桜谷集落の人間が秘すほどに恐れ敬う力を誇る最強の惟神が愛する男が、京都の外れの死体置場を守っていた穢れた鬼の一族って、何でなのかなって」

 わざとらしい説明に、心底げんなりする。

「肩書の説明、ご苦労様。そんなん一個も関係ないって、わかって言ってるだろ」
「だって、興味あるじゃない。肩書もそうだけど、直桜様は人間にあまり興味が無いって、集落じゃ有名な噂らしいじゃん?」

 ぐっと、言葉に詰まった。
 確かに、本人の耳にまで入ってくる程度には有名な噂だし、実際そうだったが。

「確かに俺は、護を救うために直桜を探してバディに付けた。けど、ここまでしてくれるとは、正直思ってなかったのよ」

 呪詛の石が入った箱を、清人が指さす。
 自分でも、ここまでするつもりはなかった。

「反魂儀呪が絡んでそうだから、ってのは、あった。けど、なんで化野のこと、こんなに気になるのか、好きだなと思うのかは、自分でもよく、わからない」

 邪魅に塗れて生きる、穢れた鬼。けれど、直桜の目には化野はとても綺麗な男に映る。自分の業に翻弄されて生きる化野の姿は、まるで己を見ているようで、放っておけない。

 いつの間にか俯いた直桜の頭を、清人が撫でた。

「そうですか、直桜様も大人になられたのですねぇ、よしよし」

 イラっとして、清人の手を振り払った。

「いい加減にしろよ。化野の前で様付けて呼んだら、殴るからな」
「護には特別扱い、されたくないんだ」
「されたくないよ。普通に、対等な関係でいたい」
「普通、ねぇ。直桜が望む普通って、何なんだろうねぇ」

 清人が直桜の頭をポンポンと撫でる。
 部屋を出て、階段を降りて行った。

「そんなん、俺が聞きたいよ」

 呟いて、直桜は清人の背中を追いかけた。
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