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終章
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「はてさて、こうして悪者は無事にこっそりと闇に葬られ、新しくなった村は人が増えて田畑も潤い江戸幕府は御天領から前以上の年貢を納めさせることができるようになりやした。
枯れると思われていた金色川の源流は水脈が壊れることもなく奇跡的に残り、村人たちの植林の甲斐あって澄んだ水を取り戻したそうでございやす。人々の努力や想いは、ちゃんと結ぶこともあるのでございますねぇ。
あやし亭はと言いますと……。
此度の一件以降も変わらず好き勝手に、どんちゃん活躍していたようでございますが、それはまた次の機会と致しやしょう。
ちなみに芽吹村と金色川、名称は変わっているそうですが、この令和の世にも、まぁだあるってんだから驚いた。
田沼さんの知られざる功績は今の世にも活きているのでございますねぇ。
興味があったら探してみるのも面白いかもしれません。水面の下で夕陽に照らされてキラキラと光る砂金が、見つかるやもしませんよ」
口元に右手をあてて、こそっと囁く。
狐目の男は扇子を手前に置き、丁寧に礼をすると立ち上がり、小さな歩幅で高座を後にした。
〇●〇●〇
楽屋に戻ると、付き人の若手が目をキラキラさせて待っていた。
「お疲れ様です。死難さん」
ぺこりと礼をする姿に、くすりと笑う。
若手の青年は不思議そうに小首を傾げた。
「いいや、ちぃと古い知り合いを思い出してね。君は彼に少し似ているから」
その彼と知り合った時の噺を今日したんだよ、とは言えず、志念はそそくさと着替え始める。
青年は、さっと帯から着物を受け取り、着替えの手伝いをする。
「死難さんの噺はいつも面白いですね。まるで見てきたみたいです。いっそ小説とかにしてみたらどうでしょう? 面白いと思いませんか?」
志念は着替えながら、小さく笑った。
「そうやねぇ、見ていたからね」
「え?」
聞き取れなかったのか耳を寄せる青年に、志念は笑いかけた。
「書き物は向かんから、やっぱり寄席で落語を打つ方が楽しいねぇ」
すっかり着替え終えた志念に、青年はにっこりと笑った。
「死難さんは本当に落語が大好きなんですね。私も噺家・痾揶尸亭死難を見習って、しっかり勉強させていただきます」
お疲れ様でした、と頭を下げる青年に手を振って、志念は演芸場を後にした。
〇●〇●〇
両側に街路樹が植えられ綺麗に整備された広い道。
沿うように流れる細い小川を横目で眺めて、志念は眉を下げて笑った。
「よく残ったもんやねぇ、本当に」
川面で何かが、ちかっと光った気がして歩を止めた。
目を凝らしてみると、小さな白い灯がゆらゆらと歪に揺れている。
正体を追う瞳が見上げた夜空には、綺麗な白い月が、ぽっかりと暗闇に穴を開けていた。
「こりゃまた、綺麗なお月さんやぁ」
あやし亭の噺をした後は、どうにも皆の顔が浮かんで頭から離れない。
志念は狐目をきゅっと細めて、語り掛けるように呟いた。
「江戸も令和も、月は変わらずに綺麗じゃよ、皆」
色なき風に浚われて蒼闇の夜に吸い込まれていった声は、大事な友に届くだろうか。
冴え冴えとした空はすっかり秋めいているのに、朔風はすぐそこに冬が迫っていることを容赦なく伝えてくる。
こんな季節の移ろいを、もう何度感じているだろうか。
(そういえば今日の噺も、こんな季節の出来事じゃったなぁ)
街路樹の葉を舞い上がらせる木枯しを感じとるように口元まで隠していたマフラーを下げると、冷たい空気を吸いこんだ。
「さぁて次は、誰の噺をしようかのぅ」
楽しそうに呟いた筈の声はどこか切なく響いて、白い息と共に宵闇に溶けてしまった。
仕方なく微笑むと、またマフラーを口元まで持ち上げる。
月明かりを吸いこむ小川の流れを懐かしく眺めながら、街灯に照らされた明るい石畳の道を一人、志念はいつものように歩いていった。
枯れると思われていた金色川の源流は水脈が壊れることもなく奇跡的に残り、村人たちの植林の甲斐あって澄んだ水を取り戻したそうでございやす。人々の努力や想いは、ちゃんと結ぶこともあるのでございますねぇ。
あやし亭はと言いますと……。
此度の一件以降も変わらず好き勝手に、どんちゃん活躍していたようでございますが、それはまた次の機会と致しやしょう。
ちなみに芽吹村と金色川、名称は変わっているそうですが、この令和の世にも、まぁだあるってんだから驚いた。
田沼さんの知られざる功績は今の世にも活きているのでございますねぇ。
興味があったら探してみるのも面白いかもしれません。水面の下で夕陽に照らされてキラキラと光る砂金が、見つかるやもしませんよ」
口元に右手をあてて、こそっと囁く。
狐目の男は扇子を手前に置き、丁寧に礼をすると立ち上がり、小さな歩幅で高座を後にした。
〇●〇●〇
楽屋に戻ると、付き人の若手が目をキラキラさせて待っていた。
「お疲れ様です。死難さん」
ぺこりと礼をする姿に、くすりと笑う。
若手の青年は不思議そうに小首を傾げた。
「いいや、ちぃと古い知り合いを思い出してね。君は彼に少し似ているから」
その彼と知り合った時の噺を今日したんだよ、とは言えず、志念はそそくさと着替え始める。
青年は、さっと帯から着物を受け取り、着替えの手伝いをする。
「死難さんの噺はいつも面白いですね。まるで見てきたみたいです。いっそ小説とかにしてみたらどうでしょう? 面白いと思いませんか?」
志念は着替えながら、小さく笑った。
「そうやねぇ、見ていたからね」
「え?」
聞き取れなかったのか耳を寄せる青年に、志念は笑いかけた。
「書き物は向かんから、やっぱり寄席で落語を打つ方が楽しいねぇ」
すっかり着替え終えた志念に、青年はにっこりと笑った。
「死難さんは本当に落語が大好きなんですね。私も噺家・痾揶尸亭死難を見習って、しっかり勉強させていただきます」
お疲れ様でした、と頭を下げる青年に手を振って、志念は演芸場を後にした。
〇●〇●〇
両側に街路樹が植えられ綺麗に整備された広い道。
沿うように流れる細い小川を横目で眺めて、志念は眉を下げて笑った。
「よく残ったもんやねぇ、本当に」
川面で何かが、ちかっと光った気がして歩を止めた。
目を凝らしてみると、小さな白い灯がゆらゆらと歪に揺れている。
正体を追う瞳が見上げた夜空には、綺麗な白い月が、ぽっかりと暗闇に穴を開けていた。
「こりゃまた、綺麗なお月さんやぁ」
あやし亭の噺をした後は、どうにも皆の顔が浮かんで頭から離れない。
志念は狐目をきゅっと細めて、語り掛けるように呟いた。
「江戸も令和も、月は変わらずに綺麗じゃよ、皆」
色なき風に浚われて蒼闇の夜に吸い込まれていった声は、大事な友に届くだろうか。
冴え冴えとした空はすっかり秋めいているのに、朔風はすぐそこに冬が迫っていることを容赦なく伝えてくる。
こんな季節の移ろいを、もう何度感じているだろうか。
(そういえば今日の噺も、こんな季節の出来事じゃったなぁ)
街路樹の葉を舞い上がらせる木枯しを感じとるように口元まで隠していたマフラーを下げると、冷たい空気を吸いこんだ。
「さぁて次は、誰の噺をしようかのぅ」
楽しそうに呟いた筈の声はどこか切なく響いて、白い息と共に宵闇に溶けてしまった。
仕方なく微笑むと、またマフラーを口元まで持ち上げる。
月明かりを吸いこむ小川の流れを懐かしく眺めながら、街灯に照らされた明るい石畳の道を一人、志念はいつものように歩いていった。
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