『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—

霞花怜

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第四章 幽世の試練

97.ただいま

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 時の回廊を出ると、門の前で待っていたのは志那津と霧疾だった。
 蒼愛と紅優の姿を見付けて、顔色を変えた二人が駆け寄った。

「蒼愛! 記憶は戻っているのか? 怪我なんかしてないだろうな。他に変わったところは……」

 蒼愛に腕を伸ばした志那津を突き飛ばして、霧疾が蒼愛に抱き付いた。

「蒼愛ぁ、良く戻ってきたなぁ」

 蒼愛の小さな体を抱きしめて肩に顔を埋める霧疾が、心底安堵した声を出した。

「え? 霧疾さん? 志那津は大丈夫?」

 突き飛ばされた志那津が転がっている。
 紅優と真が起き上がらせてあげていた。

「記憶戻らなかったら、どうしようかと思った。いなくなったって聞いて泣きそうになった。ちゃんと戻ってきて、偉い。偉いぞ、蒼愛ぁ」

 抱いたまま、体をぶんぶん揺すられる。
 蒼愛の体を霧疾からやんわり離しながら、紅優が呆れた声を出した。

「安心してくれるのは嬉しいですけど、主を突き飛ばしてまで抱き付きます? ちょっとキャラブレしてません?」

 離された霧疾を志那津がじっとり眺めている。

「コイツは昔からこういう奴だ。無礼は承知の上だが、抱き付くほど蒼愛が好きだったのか?」

 完全に怒りモードの志那津に霧疾が苦笑した。

「だってさ、一緒に時空の穴に入ったり、記憶失くしたり、そうかと思ったらいなくなっちゃうし。蒼愛に関しては、現世から帰ってきた途端に事件続きなのよ、俺。感情移入しちゃうよねぇ」

 苦笑しながら霧疾が蒼愛の頭を撫でた。

「記憶がなくなったのは霧疾さんのせいじゃないです。幽世が紅優に意地悪するのに、僕の記憶に蓋をしただけなんです。もうしないでねってお願いしたから、大丈夫です」

 きょとんとしていた霧疾が紅優を見上げた。

「国に意地悪されちゃうの? 蒼愛を守るって国を守るより大変だね」

 悪戯な笑みを向けられて、紅優が息を吐いた。

「本当ですよ。蒼愛は誰にでも好かれてしまうので、大変です」

 紅優が険しい顔をしている。
 否定しないんだなと思った。

「もう大丈夫なんだな? 俺のこともちゃんと覚えてるか?」

 志那津に肩を掴まれて、蒼愛は頷いた。

「大丈夫だよ。志那津と風の訓練したのも、友達なのも、ちゃんと覚えてる。パズルだって……」

 思い出して、蒼愛は愕然とした。

「パズル、まだ途中なのに放り出して、ごめん。僕から誘ったのに」

 志那津が、今度こそ蒼愛に抱き付いた。

「そのままで残してある。蒼愛が落ち着いたら続きをしよう。思い出して良かった。本当に良かった。あのままの蒼愛だったら俺は、耐えられない」

 志那津は記憶がない状態の蒼愛とも接している。
 きっとあの時の状態を言っているのだろう。

「どんな風に甘やかせば俺の知っている蒼愛に育つのか、ずっと考えてた」

 霧疾と紅優が同じような顔で飽きれている。
 真がわからない顔で首を傾げていた。

「キャラブレは志那津様ですね。どんどんブレて最早別神になってる」
「いいや、志那津様も元からこんなんよ? ツンデレのデレが強めに出てるだけだから」

 難しい顔で額を抑える紅優に霧疾が笑いながら答えている。
 指さして笑う霧疾を志那津が睨んだ。

「いっぱい考えてくれたんだね。心配かけて、ごめんね。ありがとう、志那津」

 抱きしめてくれる体を強く抱き返す。
 志那津の頬に、ちゅっと口付けた。
 耳が真っ赤に染まっていく。

「いけません、蒼愛。お友達はキスとかしないでしょ」

 慌てた紅優が蒼愛を志那津から引き剥がした。

「でも、霧疾さんはスキンシップだって」

 紅優にキスしていた霧疾は蒼愛にもキスしていた。
 最初に紅優にされた時は嫌だったが、そういう触れ合いもあるのだと思った。
 紅優が鋭い目を霧疾に向ける。
 霧疾が気まずそうに笑んだ。

「スキンシップ、そうか、そうだな。頬にキス程度ならスキンシップだから、アリだな」

 志那津が真っ赤な顔でフラフラしながらブツブツ呟いている。
 その肩を霧疾が支えた。

「志那津様、どんだけ蒼愛が好きなの? この程度で真っ赤になっちゃって、流石にらしくないんじゃないの?」

 霧疾が呆れというより心配している。

「全然、正気だ、問題ない。それより、紅優と蒼愛が戻ったタイミングで寄合をする予定になっている。体調に問題がなければ始めるが、いいか?」

 突然、本題を振られて、蒼愛と紅優は顔を見合わせた。

「時の回廊が突然、動き出して、神々が風ノ宮に集まっただろ? 紅優が待ってろって言ったから、神様皆、待ってんのよ。んで、ちょうど寄合の時期だから、風ノ宮でやっちまおうって話でさ」

 霧疾の説明に、紅優の顔色が青くなった。

「そういえば、言いましたね。なんて大それた発言をしてしまったんだ……」
「ちなみに、紅優が時の回廊に入ってから二日経ってるからね。二日間、神々は風ノ宮に缶詰だからね」

 霧疾の追い打ちに、紅優の顔色がどんどん悪くなる。

「その辺りは私が、縷々を始めとした側仕と共にしっかりおもてなししておりますので、ご安心ください」

 風ノ宮の本殿から井光が歩いてきた。

「霧疾、私の主を無駄に虐めないようお願いしますよ。我が主は感じやすく傷つきやすい繊細な神ですので」

 井光に笑顔で叱られて、霧疾が小さくなっている。

「いやいや、ただの事実ですって。俺だって井光さんの指示でちゃんと働いたじゃないすか。あーっと、紅優、蒼愛、俺は時の回廊のメンテ&確認がありますので、これで失礼しまっす。じゃぁな、真、またな」

 霧疾が志那津の腕を引き、時の回廊の中に逃げるように飛び込んでいった。

「おかえりなさいませ、紅優様、蒼愛様。無事の帰還に安堵いたしました。お勤め、ご苦労でしたね、真」

 片膝を付き傅いて、井光が頭を下げる。

「帰りました、井光さん。留守中の仕切り、助かりました。ありがとうございます」
「これも側仕の役目、お気になさいませぬように」

 何となく、紅優と井光が仲良くなっている。
 というか、主従っぽくなっているなと思った。

「佐久夜とちゃんと話ができました。もう一度、あの庵に花畑を観に行こうと思います。蒼愛と一緒に」

 紅優に肩を抱かれて、蒼愛は頷いた。

「僕も佐久夜様がどんな神様だったのか知りたいです。だからお花畑、楽しみにしています」

 笑いかけると、井光が意外そうな表情をした。

「なるほど、蒼愛様の記憶もしっかり戻られたのですね。本来の蒼愛様と過ごせる日々が楽しみです。お二人で尋ねれば、佐久夜様もお喜びになりましょう」

 井光が優しく微笑んでくれた。

(あ、優しい虎さんの笑顔だ。やっぱり井光さんは、紅優の味方なんだ)

 佐久夜の側仕から番だった頃の紅蓮を知っている井光が、紅優の側仕になってくれた意味が分かった気がした。 

「落ち着いたら、側仕の名前の儀も行う必要があります。まだまだ忙しいですよ」

 井光がゆっくり立ち上がる。
 動作から姿勢まで美しいなと思った。

「名前の儀、ですか?」

 首を傾げる蒼愛に井光が頷いた。

「真も私も、御二人から名前を頂き、二文字の名前にならねばなりません。名前に神力を籠めて流してもらわねば、正式な側仕にはなれないのですよ」

 そういえば前に利荔が、側仕は番がなくても主から漢字を貰って名前が二文字だと話していた。

「真は必要だけど、井光さんもですか? 井光さんは番もいるし、もう名前が二文字ですよね?」
「同じ名前を神力と共に吹き込んでいただきます。名前を変える場合もありますが、御意向はお二人に委ねますよ」

 蒼愛は紅優を見上げた。

「俺としては、井光さんには井光さんのままでいてほしいです」
「紅優がそう思うのなら、僕もそれが良い。井光さんて名前、僕も好きだよ」

 紅優と微笑み合う。
 井光が嬉しそうに蒼愛を見詰めた。

「蒼愛様に好きと言っていただけるのは、嬉しいですね。今の蒼愛様は素直にお気持ちを表現できる、裏表のない方です」

 記憶がない時、井光は同じような言葉で、「気持ちを言葉にするのが苦手」と蒼愛の性格を見抜いた。

「僕がこんな風に気持ちを言えるようになったのは、紅優のお陰なんです。僕が話しやすいような状況を作ってくれたり、言葉を待ってくれたり。今の僕を作ってくれたのは、紅優なんです」

 井光が蒼愛の手を取り包んだ。

「今の蒼愛様を導いたのは、紅優様なのでしょう。しかし、蒼愛様を育てたのは蒼愛様自身でもあります。ご自身の内なる力を御見落としになりませんように」
「はい……」

 優しく微笑まれて、照れてしまった。
 嬉しさがじんわりと胸の内に広がる。

「しかしながら、紅優様の力も大きいのは事実なのでしょう。蒼愛様を素敵な青年に磨き上げましたね、紅優様。初見とは、かなり印象が変わりました」

 井光に褒められて、紅優が照れている。
 ちょっと可愛いと思った。

「井光さんの言う通り、蒼愛は元々、魂の綺麗な子ですから。蒼愛自身が元々素直な子だったんです」
「では、次は私の番ですね。真を一人前の側仕に育て上げましょう。その為にも、御二人には名前をよくよく考えておいてもらわねばなりません」

 紅優が蒼い顔で真を振り返った。
 真がよくわからない感じで首を傾げている。

「一緒に名前、考えようね、真。井光さんのしごきに耐えられる名前を考えるから」
「名前としごきは関係ないんじゃないかな」

 思わず呟いてしまった。
 紅優が必死に弁明しながら真に縋り付いている。

「よくわかんねぇんだが、側仕になるには名前を漢字二文字にするのか? その漢字を、紅優様と蒼愛様がくれるんだろ。俺は二人がくれる漢字なら何でもいいぜ」
「真……、真は良い子だね」

 紅優が真を撫でている。
 
「真の名前ね、僕は思い付いたよ。あとでゆっくり相談しよう」
「うん、そうだね」

 紅優が蒼愛に向かい、笑む。
 いつもの紅優の笑顔に、とても安心した。

「それではお二人とも、元気な姿を神々に見せて差し上げてください」

 井光に促されて、蒼愛と紅優は風ノ宮の本殿に向かった。
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