『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—

霞花怜

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第四章 幽世の試練

90.蒼愛の答え

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 真っ暗な場所に一人で立っている。
 ここがどこだか、わからない。
 目の前に、紅い筒があった。
 手に取って、中を覗き込む。赤い宝石が美しく並んでいる。
 くるくる回すと、宝石の並びが変わって、色んな模様になった。

「綺麗だなぁ。紅優の目みたいに真っ赤な宝石がいっぱいだ」

 この幽世に来て初めてもらった、自分だけのモノ。
 紅優がくれた万華鏡は蒼愛の一番の宝物だ。

『この国が、好き?』

 誰かの声がした。
 振り返るが、誰もいない。
 辺りを見回しても、暗い闇が広がるばかりだ。

「好きだよ。この国には紅優がいるから。僕に生きていいって言ってくれた。生きる場所と理由をくれた。紅優がいるこの国が好きだよ」

 ぴちょん、と水が跳ねる音がした。

『この国を、守りたい?』

 また、声がした。
 前にも聞いたことがある声だ。

「守るよ。この国がなくなったら、紅優と二人で生きられる場所がなくなっちゃう。それは困るから」

 蒼愛は万華鏡を持って歩き出した。

『紅優がいなくなったら、どうする?』

 蒼愛は立ち止まった。
 手にした万華鏡を見詰める。

「悲しくて、どうしたらいいか、わからない。僕が生きる理由が、なくなっちゃう」

 万華鏡を握り締める。
 紅優がいなくなるなんて、考えもしなかった。

『紅優がいなくても、この国を守る?』

 蒼愛は答えに戸惑った。

「守らないかも、しれない。守りたくても、そういう気持ちが、力が、出ないかもしれない。紅優がいないなんて、考えられない」

 聞こえないのに誰かが笑った気がした。

『人も妖怪も神でさえ、理由がなければ、何もできない。無条件に守るのが、神だろうに』

 蒼愛は首を傾げた。

「なら、そういう存在を作れば良かったんじゃない? きっと心がある生き物は皆、理由がなければ命を削って誰かを守ったり、できないよ」

 蒼愛が知っている妖怪も神様も、心がある。
 人と同じように自我がある。

『その通りだね。けど不思議なもので、心がない生物はすぐに壊れるんだ。長持ちしない。大きな力も出せない』

 その言葉には、ちょっと納得できた。

「わかる気がするかも。何も感じないって、死んでいるのと変わらないから」

 理研にいた頃の自分を思い出す。
 何も感じないように、心が動かないように。
 自我なんて、あるだけ無駄だと思って生きていた。
 あの頃の自分に意欲などなかった。

「心があるから、心が動くから、強くなれるし大きな力も湧いてくるんだって、僕はこの国に来て知ったんだ。全部、紅優が教えてくれた」

 見えない声が息を吐いた気がした。

『蒼愛は紅優がいれば、頑張れるの?』

 満面の笑みで頷いた。

「頑張れるよ。紅優がいてくれたら何だってできる。紅優が笑ってくれると僕も嬉しい。紅優が悲しいと僕も悲しい。だから、隣で手を繋いでいるって約束したんだ」

 紅優が悲しくないように手を繋いでいる。
 そのために番になりたい。
 あの時の願いは、自分のためでもあった。
 
『蒼愛は紅優がいないと生きられないんだね。紅優も蒼愛がいないと生きられない。これじゃ、蒼愛を国に溶かす訳にはいかないね』

 さらっと怖いことを言われて、ドキリとした。

「僕、溶けちゃうの?」

 雫が落ちて、足下に水の輪ができた。

『色彩の宝石は神に愛され国に喰われる。しかし瑞穂ノ神は宝石が消えたら国を壊すという。何とも身勝手な話だね』

 何となく、誰が話しているのか、わかってきた。
 これは幽世の声だ。

「だって紅優には心があるもん。でも国を壊すのはダメだよね。一緒に生きる国がなくなっちゃう。あ、でも、僕は喰われちゃったら消えちゃうのか。悲しいな」

 蒼愛は目を伏した。

『消えたくない?』

 蒼愛は首を振った。

「僕が消えたら、紅優はきっと悲しむ。紅優が悲しんでいるのに、手を握ってあげられない。それが、悲しいよ」

『自分が消えるのは、怖くないの?』

 蒼愛は首を捻った。

「ちょっと怖い。けど、幽世に来たばかりの頃とは、違うかも。大気津様みたいに、大地に溶けるなら、それもいいかもしれないって思うよ。でも、あと千年くらい後が良いな」

 蒼愛は眉を下げて笑った。

『どうして千年後なら、いいの?』

「それくらいしたら、二人の寿命が終わるかもしれない。紅優と一緒に命が終わるなら、それでいい。二人で一緒に溶けるなら、怖くない」

 紅優と一緒なら、何があっても怖くない。

『そうか。蒼愛の気持ちは、よくわかったよ』

 暗かった周囲が突然に明るくなった。
 視界が開けて、明るい光が天上から射した。

『心がある生き物は、強い。心がある色彩の宝石は、心がある瑞穂ノ神を守り、支えなさい。この幽世が壊れないように、瑞穂国がより良い国となるように、神々が治められるように。蒼愛は国に溶けては、ダメだよ』

「食べるって言ったの、幽世なのに。僕を食べなくても、大丈夫なの?」

 幽世が笑った気がした。

『食べるより、紅優の隣に置いておいた方がこの国は安泰だ。幽世は生きることを望んでいる。より良い国になることを望んでいる。だから、蒼愛。紅優と共に、この国の問題を解決して。二人は沢山の問題を解決してくれた。大きな問題が、残っている』

 蒼愛は表情を引き締めた。

「大蛇の一族だね。このままにしたら、幽世は壊れちゃうんだね」
 
 蒼愛はじっと考えた。

「でも、全滅させるのが、殺すのが、正しいやり方なのかな。大蛇は本当に、この幽世に要らない存在なのかな」

 また水音がして、蒼愛は顔を上げた。

『それを判断して、解決するのが、色彩の宝石と瑞穂ノ神の務めだよ』

 蒼愛は眉を下げて笑った。

「丸投げなの? でも、幽世ではどうにもできないもんね。仕方ないのか」

 手も足もない、ただの世界なのだから、どうしようもない。

「頑張ってみるね。迷ったら、話を聞いてね。あ、でも……」

 蒼愛はぐるりと辺りを見回した。

「また紅優を虐めたら、僕は幽世を嫌いになっちゃうよ。もうしないでね」

 何となく、苦笑したのが分かった。

『わかったよ。色彩の宝石は瑞穂国の要。幽世は色彩の宝石を愛している。可愛い蒼愛の願いなら、約束しよう』

 蒼愛は何度も深く頷いた。

「紅優から僕を奪わないで。僕から紅優を奪わないで。約束してくれたら、僕は紅優と一緒にこの国を守るよ。命が続く限り、ずっと」

 蒼愛は上から差し込む光に向かって手を伸ばした。

『蒼愛の答えは、聞いた。次は紅優の答えを待つよ』

 蒼愛は顎に指をあててかんがえた。

「幽世が紅優をいじめなかったら、もっと素直な紅優の答えが聞けたと思うけど」

 雫が滴り落ちて、足元にいくつもの円が浮かんで消えた。

『素直な答えではダメだよ。紅優は神を望まない。だが、瑞穂ノ神でなければ色彩の宝石の番にはなれない。蒼愛と同じ覚悟が今の紅優にはない』

 皺がよる眉間をグリグリ押しながら考えた。

「僕だって、宝石じゃなくていいって、普通に幸せになりたいって、思うよ。同じじゃないの?」

 むしろ自分の方が覚悟なんかないと思う。
 神様でも宝石でもなく、ただの紅優と蒼愛で普通に幸せになりたい。

『表在的で一時の感情なら、好きなように思えばいいよ。蒼愛には色彩の宝石として紅優を支える覚悟がある。紅優には瑞穂ノ神として生きる覚悟がない。それが問題なんだ』

 いまいちよくわからなくて、考えを巡らす。
 蒼愛と紅優の覚悟に大きな違いはないように思う。

「僕も紅優も、隣にいてくれたらいいって思ってるのは同じだと思うけど」
『違うよ』

 鈴がなるように水が流れた。
 水琴の涼しい音色が静かに流れる。

『蒼愛は一緒に生きたい。紅優は失いたくない、もう二度と』
「あ、それって……」

 幽世が何を言いたいのか、わかった。

『守る自信がない。力はあるのに、心が負ける。神の力は奪った力だと思っている。だから神である自分を受け入れられない。紅優の心はまだ脆い』

 その言葉には納得出来なかった。

「心は強かったり脆かったりするものじゃないのかな。紅優は弱くないよ」

 弱いだけの心の持ち主が長年、子供達を慈しんで御魂を送れるものだろうか。
 とはいえ、佐久夜をいまだに引き摺っている紅優の心も知っている。

「佐久夜様を忘れないといけないの?」
『……違うよ』

 声が沈んで聞こえた気がした。

『納得して前を向かないといけない。じゃないと、蒼愛を真っ直ぐ見られない。蒼愛は佐久夜じゃない。ちゃんと気が付かないといけない』

 その説明は理解できる気がした。

「佐久夜様のこと、ちゃんと出来たら紅優は瑞穂ノ神に相応しくなれるの?  覚悟、できるの?」
『それは、紅優次第』

 ちょっとモヤッとして蒼愛は顔を顰めた。

「僕も……、紅優に楽になって欲しいとは、思う」

 一緒に佐久夜を愛してあげようと伝えた時の紅優は嬉しそうだった。

「あの時、泣きそうな顔で笑ってた。紅優が辛い気持ちを隠してる時の顔だった」

 泣きそうな顔で笑う紅優を見ているのは辛い。
 本当は痛い心の奥を感じるから。

「もっとちゃんと解決しないといけないんだね。だから、時の回廊なんだね」

 時の回廊は、色んな時代の色んな人に会える。
 話が出来る。
 向き合わなければいけないんだと思った。

『それだけじゃないよ。蒼愛にも試練がある』

 思わず首を傾げた。

「僕も入るの? あ、そっか。時の回廊の中で紅優を待つんだもんね」

 会いたい人も会ってみたい人もいる。
 試練だったとしても、興味はある。

『蒼愛は、瑞穂ノ神に最も相応しい生き物は、本当は誰だと思う? 神になりたくない紅優に神を背負わせるのは、嫌じゃない?』
  
 問いかけられて、俯いた。

「紅優が本当に嫌なら、やめて良いと思う。けどきっと、そうじゃない。紅優は、この国を守りたいんだ。僕は、紅優のお手伝いがしたい。だから色彩の宝石になるんだよ」

 紅優が瑞穂ノ神でないなら、蒼愛が色彩の宝石である必要はない。
 二人で一緒に生きるために、大好きな瑞穂国を守る。
 紅優の想いを守るために、一緒に生きる。

『何度聞いてもどんな聞き方をしても、蒼愛は同じ答えだね。色彩の宝石は紅優を唯一無二と判じた。ならば、相応しい神になる覚悟をしないといけない。そのために大切な番を奪って覚悟を試した』

 蒼愛は空間をじっとりと見詰めた。

「だから僕の記憶を封じたり、閉じ込めたりしてるの? 意地悪だね」

 見えない声が笑った気配がした。

『もう二度と失いたくない紅優が、失わないためにする覚悟は、神になるためにも、蒼愛とこれからを生きるためにも必要だよ』

 蒼愛は頬を膨らませた。

「そんな風に言われたら、文句言えない。けど、やっぱり意地悪だ。僕も紅優の覚悟のお手伝いがしたいよ」
『蒼愛は蒼愛のままでいれば十分だよ』

 納得出来なくて、更に頬が膨らむ。

『蒼愛には、蒼愛のやるべき役目がある。蒼愛がお役目を頑張るのが、紅優のお手伝いになるよ。さぁ、時の回廊が開く頃合だ。先に入るのは、蒼愛だよ』

 目の前に大きくて重厚な門が現れた。
 真を救いに行った時に志那津が開けてくれた時の回廊の入口だ。

『試練は色彩の宝石と瑞穂ノ神それぞれにある。越えられなければ未来は無い。蒼愛にも紅優にも、瑞穂国にもね』

 声に促されて蒼愛は門の前に立った。
 沈黙して冷ややかだった時の回廊が、光を放って熱を増す。

「先に行って待っているから。必ず来てね、紅優」

 大好きな名前を呟いたら、勇気が湧いた。
 運命の試練の門を、蒼愛はくぐった。
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