『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—

霞花怜

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第四章 幽世の試練

85.幸せピロートーク

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 紅優に全身を愛撫されて体を繋げて気持ち良くされて、蒼愛はぐったりと布団に横たわっていた。
 昂っていた気持ちも体も、紅優が全部吸い上げて喰らってくれたようだった。
 頭がぼんやりしたまま夢中で縋り付いていたから、何が起こったのかわからない内に終わってしまっていた。

(エッチなんて、初めての筈なのに、違うんだ。やっぱり僕は、紅優と何度も体を重ねていて。番って、こんな風に食事をするんだ)

 腹が鳴るほどの空腹は、紅優の神力で満たされた。
 自分も紅優の神力を喰ったのだとわかった。

(僕自身も、人でないモノになっているんだ。妖怪の国で生きる、そういう生き物に、なったんだ)

 不思議と怖さは感じなかった。
 元々が人間として扱われてこなかった命だ。今更、何者になろうと、気にならない。

(前にも同じように考えた気がする。人だろうと、妖怪だろうと、神様だって、この国で生きられるなら、紅優と生きられるなら、それでいいって、思ったんだ)

 蒼愛に腕枕をして眠っている紅優を振り返る。

(優しい微笑、優しい手つき、優しい声。僕に、こんなに綺麗な名前をくれた、優しい神様)

 生きる場所と理由をくれた美しい神様を、もっと知りたいと思った。
 同時に、どうして紅優が自分なんかをこんなに愛してくれるのかが、不思議で堪らない。

(志那津様も、きっと神様だ。神様が僕を好きだって、友達だって言ってくれた。僕には、そんな価値ないのに)

 理研では誰とも話すらしなかった。
 誰の名前も覚えないようにして、話もしないで、ひたすら本を読んでいた。
 だから、他人との接し方すら、よく知らない。

『お前がお前だから、可愛いんだ』

 志那津の言葉を思い出す。

(あんな風に言われたの、初めてだ。僕自身を見て好きだって言ってくれた。僕は志那津様と、どんな話をしていたんだろう)

 思い出せない記憶の中の自分は、志那津や紅優とどんな関わり方をしてきたのだろう。
 こんな風に愛してもらえる関わり方を、蒼愛は知らない。想像もつかない。
 まるで別の誰かが自分に成りすまして信頼を得てくれたような気さえする。

(誰かを好きになるって、どんな気持ちだろう。好きって、どんなだろう)

 紅優を見詰める。
 薄く開いた唇に、そっと自分の唇を重ねた。
 嬉しくて、ソワソワして、胸が甘く締まって、ちょっと切ない。

(こういう、気持ち? 紅優に触れたり、キスすると、感じる気持ち、かな?)

 見詰めていた紅優の目が薄く開いた。
 腕枕してくれていた手が、蒼愛を抱きしめる。

「キスで起こしてくれたの? 嬉しいな」

 紅優が嬉しそうにしながら、蒼愛の髪に口付ける。

「あ! お、起こして、ごめんなさい。今のは、その、深い意味はなくて」
「深い意味が、あってもなくても、嬉しいよ」

 慌てふためく蒼愛の唇を、紅優が塞いだ。

「ぁ……ん、ふぁ……」

 舌が絡まるたび、唾液が混ざるたび、気持ちが良くて、もっと欲しくなる。
 離れた唇から唾液が糸になって落ちた。

「忘れちゃってても、キスするときの仕草や声は変わらないね。繋がった時の感じ方も声も顔も、全部、俺が知ってる蒼愛だ」

 妖しくて艶っぽい、悪戯な笑みが蒼愛を見下ろす。
 また、胸が甘く締まった。

「僕は、紅優が好き……、なんですね。好きが何か、知らないのに、紅優に触れると、好きって言いたくなります」

 記憶がなくても、体が覚えている。
 蒼愛の体が、紅優を求めている。
 そんな自分に戸惑うのに、安心もしている。

 紅優が蒼愛を抱き寄せた。

「少しずつ、取り戻せばいい。もし、記憶が戻らなくても、また一緒に作って行こう。俺が何度でも、本当の蒼愛を引き出してあげるから」
「本当の、僕?」

 紅優が笑んで、蒼愛の頬を撫でた。

「蒼愛は素直で可愛い子だよ。相手の気持ちに敏感で、思いやる心があって、友達を大事に出来る。人のために怒れる優しさを持っていて、自分が傷付いても相手を守ろうとするから、俺はちょっと……、かなり心配で。誰にでも好かれちゃうから、とっても心配で、でもそんな蒼愛が大好きだよ」

 あまりの話にすぐには返事ができなかった。

「……それは、僕ですか?」
「そうだよ、蒼愛の話だよ」

 間髪入れずに返事をされて、また言葉を失った。

「初めて会った時と比べると、蒼愛は少しずつ変わって成長してるんだよ。今はまだ、自分の話に聞こえないかもしれないけど、きっとわかる。だから、大丈夫」

 紅優が蒼愛の鼻の頭に口付けた。

「そのうちに、あんなこともあったねって笑い話に出来る。俺たちは、それくらい長い時間をこれから一緒に生きるんだ。ちょっと記憶が消えたくらい、なんてことないよ」

 紅優の言葉が、胸に沁み込んでいく。
 沁み込んだ思いが目から溢れて、流れた。

「僕は、もしかしたら、ずっと、紅優を思い出さないかもしれないのに、一緒にいてくれるんですか? 紅優の知ってる僕じゃないのに、一緒にいてくれるんですか?」

 紅優が話した蒼愛は、まるで別人だ。自分とは思えない。
 今の自分はきっと、紅優が望む蒼愛ではない。

「蒼愛は? 俺と一緒に居たくない? 本当の気持ちを聞かせて?」

 本当の気持ち、と言われて、頭の中に何かが過った。

(紅優の望む答えじゃなくて、僕の気持ち。顔色を窺って答えを探すんじゃなくて、自分の中に在る気持ちを、伝える。紅優は、そういう僕を、望んでる)

 前にも同じ話をされたのだと思う。
 他人の顔色を見て、言葉の端々を捉えて、望む返事を探して答える。そこに自分の思いや感情は必要ない。そういう関わりしかしてこなかった蒼愛には、ハードルが高い。

「……貴方の側に、いてみたい。紅優と、生きてみたい。一緒にいたら、失くした大切な何かを、見付けられる気が、します」

 自分の気持ちを言葉にするのは、とても難しい。
 難しいはずなのに、ちゃんと話せた。

(僕はいつから、こんなに自分の思いを言葉にできるようになったんだろう。誰かと話をするのすら、億劫で怖くて、できなかったのに)

 こんなに我儘を言葉にしたら、いつもなら心臓が爆発するくらいに鳴って、飛び出しそうなほど緊張するのに。
 ちらりと、紅優を見上げる。
 優しい瞳が、見詰めていた。

「本音を言う時の蒼愛は顔を隠すように俯くんだよ。だけど最近は、視線だけは俺に向けられるようになった。顔も耳も真っ赤なのは、変わらないけど」

 紅優が蒼愛の耳を、するりと撫でる。
 そんな癖が自分にあったなんて、初めて知った。

「紅優は、僕より僕を知ってくれてるんですね」

 自分の言葉に、自分で驚いた。

(前からずっと、そんな風に思ってる。紅優は、僕をよく見て、知ってくれてるって。それが、嬉しいって思っていたんだ)

 止まった涙が、また溢れ出した。
 色んな感情が同時に沸き上がって、涙と一緒に溢れ出す。
 自分のこの気持ちが何なのか、自分でもわからないのに、言葉にせずにはいられなかった。

「僕は、貴方と生きたい。紅優の側にいたい。記憶が戻らなくても、これから先を紅優と生きたいです」

 腕を伸ばして、紅優にしがみ付く。
 こんな我儘、生まれて初めて言った。
 紅優は蒼愛を受け止めてくれた。

「一緒に生きよう。記憶がなくても俺を選んでくれて嬉しいよ。記憶が戻っても戻らなくても、永遠に愛してる。俺の、俺だけの蒼愛だよ」

 紅優がどうしてこんなに愛してくれるのか、今はわからない。
 けれど、愛してくれる紅優の気持ちと同じくらいの想いを返せるようになりたいと、自然と思えた。
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