『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—

霞花怜

文字の大きさ
上 下
81 / 136
第四章 幽世の試練

79.神に連なる血筋

しおりを挟む
 蒼愛を洞の中に押し込めて、紅優と霧疾はその前を守るように陣どった。
 大量の蛇がいるものの、本体は恐らく一体だ。

「紅優、念のため変化の術で別者になっといてくれる?」

 霧疾が小声で紅優を諭した。
 時間軸が過去でも未来でも、この場に紅優がいる、それ自体がマズいと霧疾は踏んだのだろう。
 時の回廊の管理者である霧疾の意見だ。従って間違いはない。
 紅優は黒い妖狐の獣人に変化した。

「じゃ、本体を誘き出すぜ」

 霧疾が両刃の刀を回して起こした旋風を走らせた。
 鋭い刃が見える範囲にいた蛇を残らず切り刻んだ。

「あーぁ、仲間をこうも殺されると困るねぇ。酷いなぁ」

 特に感慨もなく言いながら出てきたのは、蛇々だ。

「霧疾さん、過去で確定です。蛇々は色彩の宝石の祭祀の直後に、蒼愛の裁きの炎に焼かれて死んでいます」

 紅優の説明に霧疾が小さく鼻を鳴らした。

「過去か……。祭祀より前ってことね。紅優が瑞穂ノ神って知れるより前って考えていいのかい?」
「恐らくですが。俺が瑞穂ノ神だと蒼愛が幽世の声を聴いたのは、祭祀の直前ですから」

 霧疾が懐中時計を見ながら、小さく息を吐いた。

「つまり、この場で蛇々を殺すのは無しって話だなぁ」

 懐中時計をしまうと、霧疾が蛇々に向き合った。

「あのさぁ、ウチの御主人様の領内で変な殺しとかされると困るんだけどぉ。もうちょっと考えてくれないかなぁ」

 前に出た霧疾を蛇々が凝視する。

「ああ、お前、風ノ神の所の側仕、鎌鼬か。変な殺しなんか、しちゃいないよ。俺たちだって自分の領地は守らないといけないからね。軽く自己主張しただけさ」

 ニタリと笑んだ蛇々が、細い舌をチラチラと伸ばす。

「領地って、どこと揉めてるわけ? 大蛇の一族は湖から森林に掛けて、かなり広い領土を持っているはずだけどねぇ」
「その湖さ。俺たちの領地から水を奪う泥棒狼がいてね。最近になって現世からこの森にやってきた白狼は、瑞穂国のルールを知らないらしい。是非とも教えてやってくれよ」
「白狼ね……」

 蛇々の返事に霧疾が面倒そうに呟いた。
 白狼はここ百年程で現世から幽世に移り住んできた、新しい種族だ。
 規律を重んじ、周囲との調和を持って馴染んで暮らしているイメージだった。

「白狼って言うかさぁ。湖に濃い瘴気を混ぜて独占してる悪い妖怪がいるらしいんだけど、心当たりないかね? 淤加美様がそろそろ本気で怒ろうかなって零してたんだけどさぁ」

 明らかに大蛇の一族の悪行を、霧疾が問い掛ける。

「さぁ? 常識のない一族もいたものだね。俺たちなら、ターゲットを絞るさ。敵を増やしたって面白くないだろ?」
「ふぅん。そんな風に調査報告、上げとくよ。ところでお前は、何の用なワケ?」

 蛇々の目が、紅優に向いた。
 ドキリとしたが、その目が洞に向いた。

「……特に用はないよ。領内周辺を荒らす輩を狩っていただけさ」
「俺は森林内の調査だから、攻撃される覚え、ないんですけどぉ」

 霧疾が大袈裟に言い放つ。
 蛇々がじっと見詰めた。

「白狼の素行の悪さに手を焼いている。淤加美様と志那津様に報告しておいてくれよ」

 蛇々が紅優たちに背を向けた。

「須勢理様に頼めばぁ? 蛇々は須勢理様の一ノ側仕でしょー」

 霧疾の発言に、蛇々が一瞬、眉間に皺を寄せた。

「何もできない神様は、いないのと同じさ。宛にはできないよ」

 そう言い捨てて、蛇々が去っていった。

「白狼かぁ。水の取り合いってことは、ちょっと前だねぇ。俺が現世に出張に行く直前くらいかな」

 霧疾が考えながら呟いた。

「白狼は確か、現世でも神格化された狼でしょ? 人と共存して生きていたけど、住める山も共に生きる人もなくなって、この幽世に移り住んできたんですよね」

 神代の頃から現代に至るまで、狼は人と共に生き、山に生きた。
 それがニホンオオカミであり、白狼だ。
 人々は狼を大神おおかみと称し『大口おおぐちの真神まがみ』として崇めた。今でも現世の一部地域では信仰が残っている。
 それくらい、現世でも人に近い神であり獣だ。

「あれ? もしかして紅優は知らないの? 幽世に移り住んだ白狼は、大蛇の嫌がらせと襲撃を受けて絶滅しちゃったんだよ。神に連なる血筋を殺されて、根絶やしになってんの。割と最近の話よ」

 紅優は絶句した。
 そんな話は聞いたことがなかった。

「知りませんでした……。最近て、一体、いつくらいですか?」
「いつだろ。三か月くらい前かねぇ」
「本当に最近ですね」

 三か月と言えば、紅優がまだ紅だった頃、蒼を買う少し前だ。

「大蛇の動向には以前から神々も敏感だったからねぇ。白狼に関しては、どっちが悪いのかもよくわかってなくて責めきれなかったんだよ。ま、大蛇のいつものやり口だけどさ、気に入らねぇったらねぇよねぇ」

 霧疾の話を聞いて、ふと思い出した。
 寄合に行った時に、神々がその話をしていた。
 白狼は気の毒だった、などと話していた気がする。

(あの時は、屋敷の悪い妖気ばかりが気になって、話なんてろくに聞いていなかった)

 ちょうど蛇々が屋敷を襲って芯が大怪我を負った、あの日の寄合だ。
 あの時には既に、白狼は大蛇に絶滅させられていたのだろう。

「紅優、霧疾さん……」

 洞の中から蒼愛の声がした。

「強い瘴気が消えたから、もう出ても大丈夫ですか?」

 紅優は洞の入り口に駆け寄った。

「もう大丈夫だよ、蒼愛。怪我をした妖怪は無事?」
「うん、生きてるよ。ただ、体が大きくて、僕だけじゃ運び出せそうにないから、手伝ってほしくて」
「わかった、俺が行くよ」

 洞の入り口は霧疾が見張りをすることにして、紅優が中に入った。
 奥に小さな狐火が灯っている。
 小さな蒼愛が大きな白い耳の獣人を抱きかかえていた。

「まだ治りきっていないから、体をくっ付けて神力を送ってるんだ。濃くて強い瘴気が体の中に入っちゃったみたい。それを全部浄化しないと」

 恐らくは、先ほど霧疾が話していた瘴気の混ざった水のせいだろう。

「あのね、紅優……、僕ね」

 蒼愛が言いずらそうに、もじもじしている。

「治療するのに、神力を直に送りたくて、その、口移しで流し込んじゃったんだ」

 小さな声で呟いて、蒼愛が顔を上げた。

「ごめん! 紅優が嫌な想いするってわかってるのに。でも、この人……妖怪を助けたくて、それしか方法が思い浮かばなくて、だから、その、ごめんなさい」

 見上げる蒼愛の瞳が涙で潤んでいる。
 紅優は蒼愛の頭を撫でて、唇を重ねた。

「治療のためにした行為を怒ったりしないよ。だから、蒼愛も俺を許してね」

 紅優は男の体を持ち上げた。
 唇を重ねて、強い神力を流し込む。
 体の中の瘴気が見る間に浄化された。
 
「蒼愛は、助けてって声を聴いて、助けなきゃって、思ったんだよね?」
「え? うん……。放っておきたくないって思った。それに、見捨てちゃダメだって思ったよ」

 色彩の宝石が、声を聴いて救済に向かった。
 それはすなわち、白狼の一族を絶やすなという幽世の意志だと思った。
 何より、目の前の男に触れて実感した。

(この男こそが、神に連なる血筋、大口真神の直系だ。彼を死なせていたら、白狼は滅んでいた)

 救うべくして救ったのだと、改めて感じた。
 何より、紅優自身が納得していた。

(彼は俺と蒼愛を守る者、側仕に迎えるべき者だ)

 日美子に話を振られた時は、側仕など必要ないと思っていた。
 蒼愛とこれまで通りの暮らしができればそれでいい。
 だがその考えは、この男に会って、がらりと変わった。

(蒼愛とこれまで通りの生活を送るために必要なんだ。誰でもいいわけじゃない。彼でないといけないんだな)

 何故、そう感じるのか、今はまだわからない。
 だが、それは紅優の意志であり、幽世の意志なのだと思った。

「彼を仲間の元に送り届けてあげようか。ついでに、ちょっと厄介な問題も解決しよう」

 蒼愛を振り返る。
 不思議そうにしていた顔が笑みを灯した。

「うん! 真を助けてあげられるなら、力になりたい」
「彼は、真ていう名前なの?」

 蒼愛が頷く。
 紅優の胸に、何かがすとんと落ちた。

(これも導き、なのかな。だから蒼愛は、嬉しそうだったのか)

 助けを求めた命を救えただけじゃない。
 救えなかった友人と同じ響きの名を持つ者を、今回は救えた。 
 それだけでも、蒼愛の救いになったに違いない。

 愛おしい番にもう一度口付けて、紅優は真を背負い洞を出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

恋わずらいの小児科医、ハレンチな駄犬に執着されています

相沢蒼依
BL
親友に実らない片想い中の俺の前に現れた年下の大学生――運命の人は誰なんだろうか。 アレルギー専門の小児科医院を経営している周防武。 秘かに想いを寄せる親友が、以前恋していた相手と再会する衝撃的な場面に立ち合い、心の傷をさらに深く負ったところに、「自分は重病人だ」と言い張る名前を名乗らないひとりの大学生と出逢い、ひょんなことから面倒を見ることになってしまった。 ☆以前執筆した作品を改題し、リメイクしております。

拾った駄犬が最高にスパダリ狼だった件

竜也りく
BL
旧題:拾った駄犬が最高にスパダリだった件 あまりにも心地いい春の日。 ちょっと足をのばして湖まで採取に出かけた薬師のラスクは、そこで深手を負った真っ黒ワンコを見つけてしまう。 治療しようと近づいたらめちゃくちゃ威嚇されたのに、ピンチの時にはしっかり助けてくれた真っ黒ワンコは、なぜか家までついてきて…。 受けの前ではついついワンコになってしまう狼獣人と、お人好しな薬師のお話です。 ★不定期:1000字程度の更新。 ★他サイトにも掲載しています。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生したら第13皇子⁈〜構ってくれなくて結構です!蚊帳の外にいさせて下さい!!〜

白黒ニャン子(旧:白黒ニャンコ)
BL
『君の死は手違いです』 光の後、体に走った衝撃。 次に目が覚めたら白い部屋。目の前には女の子とも男の子ともとれる子供が1人。 『この世界では生き返らせてあげられないから、別の世界で命をあげるけど、どうする?』 そんなの、そうしてもらうに決まってる! 無事に命を繋げたはいいけど、何かおかしくない? 周りに集まるの、みんな男なんですけど⁈ 頼むから寄らないで、ほっといて!! せっかく生き繋いだんだから、俺は地味に平和に暮らしたいだけなんです! 主人公は至って普通。容姿も普通(?)地位は一国の第13番目の皇子。平凡を愛する事なかれ主義。 主人公以外(女の子も!)みんな美形で美人。 誰も彼もが、普通(?)な皇子様をほっとかない!!? *性描写ありには☆マークつきます。 *複数有り。苦手な方はご注意を!

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

処理中です...