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第一章 ガラクタの命

6.優しい温もり

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 数時間後、ニコが戻ってきた。
 入れ替わりに芯が呼ばれて、紅の部屋に入っていった。
 ニコが屋敷の案内をしてくれているうちに、夕餉の時間になった。

「わぁ! お肉だぁ!」

 昼餉と同じ部屋に通されると、既に支度が整っていた。
 かなりぶ厚くて大きなステーキが皿に載っている。
 あまりの光景に偽物かと疑った。

「紅様、俺、肉よりもっと、紅様のを飲みたい……」

 蕩けた顔をさせた芯が紅に抱き付いている。
 顔を摺り寄せ口付けを迫るその顔は、昼間に逃げる算段をしていた芯と同じ人間とは思えなかった。

(紅様の妖術が効いてるんだ。あんなに変わるんだな)

 蒼が昨日、キスされて精液を飲んだ直後も、紅への強い恋慕があった。
 寝て起きたら、昨日ほど強い気持ちではなくなっていた。
 強くなったり弱くなったりの波を繰り返しながら、安定していくんだろう。
 ニコは既に安定して紅を好いている様子だ。

「ダメだよ、芯。ご飯はちゃんと食べないとね。俺とはまた明日、遊ぼう」

 紅が芯に口付ける。
 何かを流し込んでいるように見えた。
 芯が紅から、すっと離れて席に着いた。

「いただきま~す」

 ニコが嬉しそうに肉を頬張っている。

「うわぁ、うめぇ……」

 我に返った様子の芯が感動して肉にがっついていた。

「紅様は、食事はされないんですか?」

 何気なく問うと、紅が頷いた。

「人と同じ食事は、俺には必要ないからね。俺は君たちが食べてる姿を見ているのが好きなんだ」

 それはそうだなと思った。
 紅にとって、食事は蒼たちだ。
 ニコと芯を続けて喰って、きっと腹は満たされているんだろう。

(そっか、紅様にとって、僕達って、この肉と同じなんだ)

 人間が当然のように牛や豚を食うように、妖怪は人を喰う。
 そう考えたら、あんなに食べてみたかった牛肉の味が、よくわからなかった。

 食事を終えると、紅に部屋に来るように声をかけられた。
 今日は芯たちと同じ部屋ではなく、紅の部屋で寝るらしい。

(二人も喰ったのに、まだ食い足りないのかな。生気だけじゃ、あんまりお腹いっぱいにならないのかな)

 不安に思いながら、紅の部屋の前で声をかける。

「紅様、蒼です。参りました」
「中へ、どうぞ」

 声に従い、襖を開く。
 天蓋のような蚊帳の中に大きな布団が敷いてあった。

「蒼は、今宵は俺と寝ようね」

 どこか嬉しそうに笑んで、紅が手を伸ばす。

(え……。一晩中、喰われるの? 疲れたり辛かったり、しないといいな)

 不安に思いながら、紅の手を握る。
 強く引かれて、布団に引き摺り込まれた。
 倒れ込んだ蒼の体を、紅の広い胸が受け止めた。

「待ちきれなくて、強く手を引き過ぎた。ごめんね」

 蒼を胸に抱いて、紅の指が蒼の頬をなぞる。

(美味しいお肉、食べさせてもらったし。僕の望み、本当に叶えてくれたわけだから)

 わからないなりに、美味しいお肉だと思って食べた。
 昼に出したリクエストを夕飯で叶えてくれた。

 喰われる覚悟をして、蒼は目を閉じた。

「蒼。ねぇ、蒼。もう眠い?」

 紅の指が、誘うように頬を撫でる。

「いいえ、まだ全然、起きていられます」

 体に、どんどん力が入って硬くなる。

「もしかして、喰われる心の準備してる?」

 目をきつく瞑ったまま頷く。
 紅が笑みを零した。

「じゃぁ、ご期待に応えて、蒼を喰うね」

 ドキリ、として肩に力が入った。
 唇に柔らかくて温かいものが触れる。
 舌が入り込んできて、蒼の舌を絡めとった。

(ぁ……、きもちぃ……)

 紅の舌が蒼の舌を絡めとりながら、霊力を吸い上げているのがわかる。
 胸の奥の方から熱い何かが膨らんで、流れ出ていく。
 その感覚が、やけに気持ちがいい。
 頬が熱くなって、腹の奥が疼いてくる。

「くれない、さま……。からだ、あつい、きもちぃ……」

 自分から紅の唇に吸い付く。
 気が付いたら抱き付いていた。

「はぁ……、蒼、美味しい……。これ以上、食べたら、俺が狂いそう」

 名残惜しそうに唇を離した紅が、火照った顔で蒼を見下ろした。

「可愛いよ、蒼。少し霊力を吸い上げただけで、そんなに顔を蕩けさせて。それとも、俺の妖力にあてられた?」

 蒼の頭の後ろに手を回して、抱き締める。
 紅の熱を全身で感じて、余計に気持ちよくなる。

(あったかい。こんな温かさ、知らない。安心して、眠くなる)

 顔を上げて、紅の首筋に口付けた。

「好き、です。これも、紅様の妖術、ですか?」

 抱き締めてくれる腕も、髪を好いてくれる指も総てが気持ち良くて愛おしい。
 もっと紅を愛したくなる。

「そうだよ。今はまだ、俺の妖力にあてられてるだけ。それは蒼の本当の気持ちじゃないよ」

 本当の気持ちじゃない、と言われて、悲しい気持ちになった。

「僕は、紅様をもっと、好きになりたい、のに……」

 紅の胸に顔を埋める。
 抱き締めてくれる腕が嬉しい。

「蒼の本当の気持ちで、その言葉を言ってくれたら、俺も嬉しいよ」

 唇を塞がれて、言葉が発せない。

(紅様は、どうしてそんなに、僕に愛してほしいんだろう。そういえば、聞いてないや)

 昼餉の時は、何となく誤魔化されてしまったような気がする。
 深く重なった唇が解けて、ようやく息ができた。

「紅様は、僕が好き、ですか?」

 頭がくらくらして、質問を間違えた。
「どうして好きになってほしいのか」と問いたかったのに。
 紅が、蒼の顔を指で撫でながら、笑んだ。

「好きだよ。綺麗な髪も、透き通った瞳も、濃密な霊力も、大好きだ。性格も、今はまだ多分だけど、すごく好き。だからもっと、蒼を知りたい。蒼に触れたよ」

 理研生まれの被験体は生殖活動を円滑にするため、美形で生まれる。
 美形というよりは好かれやすい容姿に生まれてくるのだ。
 しかしそれは、人間を相手に想定されたプログラムだ。

(少子化対策の被験体って、妖怪にも効果あるのかな。フェロモンも多少は出てると思うけど)

 少子化対策の被験体は、ほとんどの個体がフェロモンを発して生殖対象を誘う。
 男なら精子をいじられている場合が多い。
 蒼の精子も、性交した相手が蒼に好意を持つように細工されている。

(僕はbugだから、優秀な生殖能なんかないのに)

 紅が好きだと言ってくれる理由が、いまいちよくわからない。

(美味しそうだから好き、とか、そういうことかな)

 蒼は紅に向かって腕を伸ばした。

「僕はきっと、紅様を好きになると思います。妖力や妖術じゃなくても、僕は貴方に、ぎゅってしてもらえるのが、とても嬉しいから」

 誰かに抱いてもらって、肌の温もりを感じるのが、こんなに気持ちが良くて安心するなんて、知らなかった。
 紅の腕の中で、ずっと抱き締められていたい。
 大きな背中に腕を伸ばして、紅に抱き付いた。
 温かさが胸にまで沁みて、ウトウトと眠くなる。

 紅の指が蒼の目尻をなぞった。

「それなら、ぎゅっとしたまま、眠ろうか。おやすみ、蒼」

 大きくて優しい温もりに包まれて、蒼は初めて安心して眠りについた。
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