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第一章 ガラクタの命

2.心を殺したい少年

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 国立理化学研究所。
 日本でも最先端の科学実験が行われている、世界にも通用する研究機関だ。
 だが、その一部では秘密裏に、非合法な実験が行われている。

 少子化対策室と銘打った研究室では、非合法に体をいじられた被験体が日々、産まれている。
 生殖能に特化した人間を生み出す傍らで行われているのは、霊元移植や霊能開発だ。
 つまりはオカルトな能力を持った人間を作り出そうとしている訳だ。

 なんとも馬鹿らしい話だと思うが、実際に霊能を持った人間は生まれている。
 その子供たちはmasterpiece最高傑作と呼ばれて特別扱いされている。
 それ以外の子供はblunder失敗作bugガラクタと分類される。
 
 №28は最初、bugだった。

 生殖能と共に霊能開発を進めているせいなのか、子供たちの霊能は性徴とともに変化する。第一次性徴で霊元が現れない子供は、ほとんどがblunderかbugだ。

 霊元とは、霊力を生み出す人間の第二の魂のようなものらしい。
 それがない時点で、理研にとってその子供はガラクタでしかない。

 bugに分類された子供たちの末路は悲惨だ。
 呪術の実験体、呪具の材料、幽世かくりよへの売買。
 名前どころか戸籍すらもらえない子供の命など、その辺の埃より軽いんだろう。

 第二次性徴に合わせて、№28には再び実験が施された。
 人工的に霊元を移植する実験だ。
 一応、成功したらしい。だが、理研が期待したような成果ではなかったようだ。

 霊元は根付いたが、霊力が多いだけで、使いこなせない。
 何の術も使えない№28はblunderに分類された。

 blunderなら名前と戸籍を貰えて、一般社会に出られる可能性がある。
 少しは期待した。

 だが、結局は幽世に売られた。

『ウチの昔からの御得意様が、霊力の多い人間が欲しいらしい。お前は霊力が多いだけで何もできないんだから、お誂え向きだ。幽世で幸せにでもなるといい』

 霊能開発室を奨めている所長の安倍千晴は、幽世との売買の中心人物でもある。
 幽世に売られる人間は食料にされる。
 そんなのは、理研の子供らにとって共通認識だった。

(結局、喰われるのか)

 しかし、それでもいい気がした。
 このまま理研にいても、殺される未来しかない。
 足抜けを計った仲間は、ことごとく掴まってどこかに売られている。

(だったら、さっさと、このくだらない人生を終わらせてしまおう)

 生きていても良いことなんかないなら、死んだって同じだ。
 むしろ、辛い思いも痛い思いもしないで済むのなら、その方がいい。

(理研に残ったって、千晴のストレス発散のサンドバックだ)

 ヒステリックな性格の女所長は、気に入らないことがあればbugの子供らを殴る。逆らう者を許さない。
 死のうが壊れようが、どうでもいいんだろう。

(そういうのから、守ってくれてたヤツが、いたっけ。何て名前、だったっけ)

 確か、masterpiece候補生で、特別待遇だった男だ。
 自分たちとは違う、優秀な個体。

(bugなんて放っておけばいいのに。一緒になって殴られて痛い思いして、何が楽しいんだろう)

 どうせ自己満足なんだろうと思っていた。
 彼の口癖は「諦めんな」だった。

『俺が必ず理研、ぶっ壊したる。みんな救い上げたる。だから、生きるの諦めたら、あかん』

 何とも前向きで正義感の籠った台詞だ。
 あまりに大層な目標すぎて、自分には現実味がなかった。

(名前や戸籍がもらえて、大事に扱ってもらえる奴は、考えのスケールから違うんだな)

 毎日、誰にも殴られず、痛い思いをせず、寒さに凍えずに眠れて、腹いっぱい飯が食えたら、最高の一日だ。
 そんなのはきっと、彼にとっては普通で、考えもしないんだろう。

(悪い奴ではなかったけど。今は、どうしてんのかな。きっと僕と違って、幸せに生きてるんだろうな)

 名前なんか、聞く気にも覚える気にもならなかった。
 自分には無縁の人間だと思っていたから。
 何故今になって、彼を思い出したのか、そっちの方が不思議だ。

(僕は、もう生きなくていい。楽に死ねるなら、それが良い)

 諦めるとか諦めないとか、そういう話ですらない。
 楽になりたい、それだけだ。

 微睡が自分の立場を再確認させているようだった。
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