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第2章 遅れてきたルーキー

17 「異例」の連続

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「第三回選択希望選手。湘南。立花 楓。投手。22歳。太平洋大学」

 PCから再生された音声は、確かに自らの名前を告げていた。
 耳を疑いながら中継の映像に切り替える。

 間違いない。自分の名前だ。

 22歳の女子大生が指名されるというプロ野球界初の事態に、実況アナウンサーも動揺気味に報じる。

「ここで湘南ドルフィンズ、太平洋大の女子選手、立花楓を3位指名しました。女子大学生選手のドラフト指名は初、また3位指名も初です。」

 同時にスマートフォンが鳴り響く。
 楓はモニターに見とれてしまい、電話を取ることすら忘れていた。
 画面には、したり顔の奏子と、不敵に笑うホワイトラン監督。
 スマートフォンの呼び出し音をかき消すように、実況の音量が大きくなる。

「立花選手は……手元の資料によると登録は投手のようですね。帝都大学リーグ1部で投げる左投手。成績は、8試合を投げて3勝1敗。防御率は3.49。それ以外は……とくに目立つデータは出てきていないようですが……。」

 楓を指名したドルフィンズのテーブルの静けさを台風の目として、周囲に暴風雨が吹き荒れるような動揺が走っていた。おそらく、中心以外、日本中に動揺の嵐が吹き荒れていたことだろう。

 一瞬実況アナウンサーが沈黙したときに、楓は鳴り続けるスマートフォンに気づく。

「楓!楓!ドラフト!見てる?!」

 声の主はあかねだ。
 その後ろで、キャッチホン通知の音が延々と響く。
 のちにわかったことだが、このキャッチホンは大学、友人、チームメイト、親戚が同時に電話をかけていたことによるものだった。
 さすがマスコミ就職予定者のあかねによる電話の素早さにより、彼らは全員同時に話し中の通知音を聞くことになった。さすがのフットワークだ。

「う、うん……見てた……」

「ドルフィンズ!3位指名!!おめでとう!!!」

 完全な生返事の楓に、アナウンサー内定者とは思えないほど冷静さを失った大声のあかね。
 二人とも、今起こっていることが現実なのだと未だ信じられずにいた。

 あかねの声の背後で大声で「おめでとう」と叫ぶ野太い声が聞こえる。
 実は、今日は大学の野球部全員でドラフトの中継を見る予定があった。
 ドラフト候補生が複数いる太平洋大学では、マスコミ向けに記者会見の準備もしている。そのため、指名の瞬間の賑やかしとして野球部員に招集がかかっていた。
 しかし、楓は当日その場に行かなかった。

 吹っ切ったつもりでも、同期の部員たちが指名され、取材を受ける姿を目の当たりにする勇気はまだなかった。
 1人でしめやかに、自分の野球人生の卒業式を行うつもりだったのだ。

「ありがとう。」

 楓は、電話口のあかねに対して、消え入りそうなほど小さな声で、人生最大の喜びを伝えた。
 背後で聞こえるチームメイトたちの「おめでとう」の声に、罪悪感を感じながら。

 放心状態の楓に、あかねからいくつか指示と伝言が伝えられる。

1 2時間後に大学に来ること
2 マスコミのインタビューがあること
3 インタビューまでかかってくる電話にはなるべく出ないこと
4 野球部のチームメイトに改めて謝罪とお礼を伝えること

 楓の家から大学までは車で30分ほどの距離だ。念のため、1時間後に大学が手配したタクシーが迎えに来ることになっている。身だしなみを整える時間を含めても、まだ少し時間がある。

 高鳴る鼓動が収まらぬまま、しばらく楓は無心でモニターを見つめていた。

 私が、ドルフィンズの選手になる。
 女子高生でないと指名されないはずのドラフト会議で、指名された。
 一体なぜ?
 私が女子選手として入団したら、希さんは?
 私と同い年のはずなのに、希さんを解雇して私を入れるの?

 まったく状況が理解できぬまま、ただ惚けてしまう楓。
 楓に起きた人生の大きな転機とは対照的に、例年通りの寸分違わぬ時間進行でドラフト会議は進む。

 気がつけば、三巡目の指名は各球団終わり、四巡目の指名を東京タイタンズが始めようとしている。各球団、四巡目は将来有望な高校生や、突出した即戦力の特技を持つ社会人選手を指名していた。
 ドルフィンズの順番が巡って来ると、実況アナウンサーがプロ野球慣行を告げる。

「三巡目で女子選手を指名しましたので、ドルフィンズはこれで終了ですね。来シーズンに再起をかけるドルフィンズ、3人のみ指名というのは意外でした。このシーズンオフはFAと外国人選手の補強に重点を置くということでしょうか。」

「第四回選択希望選手。湘南。グスマン 真。投手。18歳。那覇水産高校。」

 楓が指名されたときに引けを取らないどよめきが会場を包む。

「これは驚きました……!三巡目で女子選手を指名したドルフィンズ、四巡目も高校生投手を指名します。」

 実況アナウンサーの上ずり気味の声色が、事態の異常さを体現していた。
 プロ野球において、女子選手はお飾りのはずだ。
 容姿に恵まれた、若い選手が指名され、メディアに露出しつつ消化試合やワンサイドゲームに出場する。
 そのマスコット的な役割の女子選手を指名することは、すでにいる女子選手の戦力外通告・世代交代と、その時点で球団の指名を終えることを意味するはずだった。

「3位の立花楓投手は……まるで普通の選手のように指名されました。」

 異常事態とはいえ、自分が異常な選手のように言われるのは心外である。
 しかし、プロのアナウンサーが言葉の選び方を間違えるほど、予想外の出来事なのだろう。楓自身も、“まるで普通の選手のように指名された”ということに驚いているのだ。

 楓をその驚きから我に帰らせたのは、再び鳴ったスマートフォンの着信音だった。

「楓、もうタクシー着く頃だよ。準備できてる?」

 さすがあかねである。これだけ濃い付き合いを4年もの間していると、動揺した時の楓がどんな状態なのか手に取るようにわかるらしい。

「どうせ惚けているんじゃないかと思って……」というあかねの声を「ごめん!すぐ準備する!」と遮って楓はバタバタと支度を始める。

 記者会見あるって言ってたな……。
 ということは、スーツの方がいいかな?こういう時ユニフォームだっけ?
 テレビとか映るのかな……普段しないけど、ちゃんとメイクした方がいいよね。
 これまでの女子選手、みんなすっごくかわいい子ばっかりだったし。
楓は普段ほとんどしないメイクを10分の突貫工事で済ませた後、家の前に止まっているタクシーに飛び乗った。
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