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《17》まごころ最中
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牟礼さんに指定された和菓子屋に寄ってから、第35営業局第3営業部に出社すると、牟礼さんは、出先表を見上げていた。「牟礼部長」のプレートを見てるんだろうか。まさか、部長降格。それはないよな、いきなり。俺は……、俺は直ぐには、クビにはならないだろうけど。月末に名古屋、その翌週は宮崎に出張しなきゃなんないし、百貨店の「よい子のおまつり・日本玩具フェア」のポスターに、金髪でほっぺが真っ赤な「アンキーも来るよ」って写真付きで告知しちゃってるからさ。でもな、もう信頼の欠片も残ってないだろうな。イベントの専門家として契約したベテランの39歳のオッサンが、難易度最低ランクのイベントで、大失態をやらかしちまったんだから。フウー。
横浜まで行くのに、牟礼さんは、会社の前でタクシーを拾った。昨日の昼、COM横浜店の裏のそば屋では、「経費使うな、足使え。売上減らすな、体重減らせって、関西支社で叩き込まれた」って語ってたんだけど。俺が助手席に乗って、牟礼さんと新川さんが後ろに乗った。自然にそういう席順になった。
牟礼部長が、俺とじゃなくて、今年の新入社員の新川さんと、深刻な話をしてる。日本玩具ホールディングスなら、年に何度も大きなコンペがあって、それに勝つか負けるかで売上が左右されるわけだけど、それでも、ある程度の数字(勝率と売上)は見込める。でも、外資のクライアントは、1社の広告代理店と複数年の独占契約を結ぶってことをするらしい。で、コム・ジャパンとスーパーエージェンシーの3年契約が、来月、12月末日で切れる。山田マネージャーに預けてる新しい契約書に、プチファッションショーには現れなかったCEOのサインももらって、来年1月1日から3年間の契約更新を確定してもらう段取りだったようだ。CEOは、コム・ジャパンが神戸から引越して来た(東京都渋谷区)千駄ヶ谷の新しいオフィスを非常に気に入ってるらしい。スーパーエージェンシーが紹介した物件なんだって。不動産屋みたいなことまでやるんだ、大手広告代理店て。フウー。山田マネージャーの「出入禁止!」の怒りが収まっても、CEOが、TVのニュースにもなったCOM横浜店の火事騒ぎを知って、「広告代理店を替えろ」ってドイツ語で言い残してドイツに帰っちまえば、来年以降大幅増が見込めてた3年分の売上を、スーパーエージェンシーは喪失してしまう。これは、東証1部上場の大手広告代理店としても大きな失態で、最初に広告の業界紙に「COMジャパン、代理店をSA(スーパーエージェンシー)から○○広告社に変更」って見出しの記事が載って、インターネットの掲示板に、「ファッションショーの大火災が原因らしいよ」、「死者何名?」、「SAサイテー、御愁傷SAま」なんて書き込まれたりしちゃうのかな。
バックミラーに、牟礼部長の顔が映ってる。険しいというより、覚悟してる顔だ。
「コムの代わりに近所のお店に配るんだったら、洋風のお菓子にした方が良くなかったですか。ドイツのブランドなんだから、バウムクーヘンとか」
COM横浜店に向かう黄色いイチョウ並木の歩道で、歩きながら新川さんが言った。俺が牟礼部長の指定で今朝買ってきた、「まごころ最中」の紙袋を両手に持ってくれてる。
「昔から、お詫びのお菓子は最中に決まってんの。もう、なかったことにして下さいって……」牟礼部長の足が止まった。
反対側の歩道、COM横浜店が、混雑、大々混雑してるじゃないか!
「コムが、混む」
「新川君、仕様もないこと言うてんと。さっきあった電器屋さんで、」と言い掛けた牟礼部長のケータイが、メールを受信した。
「忙しいので、DVDと翻訳文と広告費換算(広告費損失かしら?)は、宅配便かバイク便で送っといて下さい COM山田」とのことだった。DVDに『セレブモーニング』と火災現場を報じる昨夜のニュース番組を録画して、COMが露出してる部分の出演者のコメント等をドイツ語に翻訳して、その秒数(露出時間)でCMを放送したら広告費が何十万、何百万ユーロ掛かるか計算して提出しないといけないんだって。たまにニュースにもなる、「○○億円の広告宣伝効果がありました」ってことを立証する為の資料になるらしい。それらを使って、山田マネージャーが、CEOに直接報告して、ヘッドオフィス(ドイツ本部)の広報宣伝担当の役員にも報告書を送るんだって。本来は、広報宣伝担当マネージャーが、自分の実績をヘッドオフィスにアピールする為の手続きなんだけど、CEOと担当役員の評価が低ければ、あるいはマイナス評価となれば、あるいは報告を怠れば(店舗火災騒動のニュースを隠蔽して、発覚すれば)、ドイツから新任の広報宣伝担当managerが来てしまう(山田摩耶女史はクビになる)。だから、山田managerは、「無能な広告代理店を有能な広告代理店にchangeしなければなりません!」とかいう報告書を作成して、managerの地位を死守するしか、選択肢がないらしい。
CEOは、明後日ドイツに帰国してしまう。それまでに、何がなんでも、新しい契約書にCEOのサインをもらって、契約を更新してもらわないと、アカン。第35営業局第3営業部の部長は諦めていない。だがしかし、スーパーエージェンシー株式会社代表取締役社長ごときがアポを取ったところで、直ぐに会ってもらえる人物ではないらしい。世界企業のオーナーだからね。なら、東証1部上場の大手広告代理店のスーパーエージェンシーだったら、いるんじゃねえの、経済産業大臣か外務大臣の息子か娘か孫か、それに近い正社員が。そうそう、ドイツ大使の息子とか娘とか孫とか。こういうのを、「政治力で解決する」って言うんだよね。出来得ることは、何だってやらなきゃ。
横浜まで行くのに、牟礼さんは、会社の前でタクシーを拾った。昨日の昼、COM横浜店の裏のそば屋では、「経費使うな、足使え。売上減らすな、体重減らせって、関西支社で叩き込まれた」って語ってたんだけど。俺が助手席に乗って、牟礼さんと新川さんが後ろに乗った。自然にそういう席順になった。
牟礼部長が、俺とじゃなくて、今年の新入社員の新川さんと、深刻な話をしてる。日本玩具ホールディングスなら、年に何度も大きなコンペがあって、それに勝つか負けるかで売上が左右されるわけだけど、それでも、ある程度の数字(勝率と売上)は見込める。でも、外資のクライアントは、1社の広告代理店と複数年の独占契約を結ぶってことをするらしい。で、コム・ジャパンとスーパーエージェンシーの3年契約が、来月、12月末日で切れる。山田マネージャーに預けてる新しい契約書に、プチファッションショーには現れなかったCEOのサインももらって、来年1月1日から3年間の契約更新を確定してもらう段取りだったようだ。CEOは、コム・ジャパンが神戸から引越して来た(東京都渋谷区)千駄ヶ谷の新しいオフィスを非常に気に入ってるらしい。スーパーエージェンシーが紹介した物件なんだって。不動産屋みたいなことまでやるんだ、大手広告代理店て。フウー。山田マネージャーの「出入禁止!」の怒りが収まっても、CEOが、TVのニュースにもなったCOM横浜店の火事騒ぎを知って、「広告代理店を替えろ」ってドイツ語で言い残してドイツに帰っちまえば、来年以降大幅増が見込めてた3年分の売上を、スーパーエージェンシーは喪失してしまう。これは、東証1部上場の大手広告代理店としても大きな失態で、最初に広告の業界紙に「COMジャパン、代理店をSA(スーパーエージェンシー)から○○広告社に変更」って見出しの記事が載って、インターネットの掲示板に、「ファッションショーの大火災が原因らしいよ」、「死者何名?」、「SAサイテー、御愁傷SAま」なんて書き込まれたりしちゃうのかな。
バックミラーに、牟礼部長の顔が映ってる。険しいというより、覚悟してる顔だ。
「コムの代わりに近所のお店に配るんだったら、洋風のお菓子にした方が良くなかったですか。ドイツのブランドなんだから、バウムクーヘンとか」
COM横浜店に向かう黄色いイチョウ並木の歩道で、歩きながら新川さんが言った。俺が牟礼部長の指定で今朝買ってきた、「まごころ最中」の紙袋を両手に持ってくれてる。
「昔から、お詫びのお菓子は最中に決まってんの。もう、なかったことにして下さいって……」牟礼部長の足が止まった。
反対側の歩道、COM横浜店が、混雑、大々混雑してるじゃないか!
「コムが、混む」
「新川君、仕様もないこと言うてんと。さっきあった電器屋さんで、」と言い掛けた牟礼部長のケータイが、メールを受信した。
「忙しいので、DVDと翻訳文と広告費換算(広告費損失かしら?)は、宅配便かバイク便で送っといて下さい COM山田」とのことだった。DVDに『セレブモーニング』と火災現場を報じる昨夜のニュース番組を録画して、COMが露出してる部分の出演者のコメント等をドイツ語に翻訳して、その秒数(露出時間)でCMを放送したら広告費が何十万、何百万ユーロ掛かるか計算して提出しないといけないんだって。たまにニュースにもなる、「○○億円の広告宣伝効果がありました」ってことを立証する為の資料になるらしい。それらを使って、山田マネージャーが、CEOに直接報告して、ヘッドオフィス(ドイツ本部)の広報宣伝担当の役員にも報告書を送るんだって。本来は、広報宣伝担当マネージャーが、自分の実績をヘッドオフィスにアピールする為の手続きなんだけど、CEOと担当役員の評価が低ければ、あるいはマイナス評価となれば、あるいは報告を怠れば(店舗火災騒動のニュースを隠蔽して、発覚すれば)、ドイツから新任の広報宣伝担当managerが来てしまう(山田摩耶女史はクビになる)。だから、山田managerは、「無能な広告代理店を有能な広告代理店にchangeしなければなりません!」とかいう報告書を作成して、managerの地位を死守するしか、選択肢がないらしい。
CEOは、明後日ドイツに帰国してしまう。それまでに、何がなんでも、新しい契約書にCEOのサインをもらって、契約を更新してもらわないと、アカン。第35営業局第3営業部の部長は諦めていない。だがしかし、スーパーエージェンシー株式会社代表取締役社長ごときがアポを取ったところで、直ぐに会ってもらえる人物ではないらしい。世界企業のオーナーだからね。なら、東証1部上場の大手広告代理店のスーパーエージェンシーだったら、いるんじゃねえの、経済産業大臣か外務大臣の息子か娘か孫か、それに近い正社員が。そうそう、ドイツ大使の息子とか娘とか孫とか。こういうのを、「政治力で解決する」って言うんだよね。出来得ることは、何だってやらなきゃ。
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