香りの鳥籠 Ωの香水

天埜鳩愛

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ぼく病気になっちゃった3

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 というわけで体調を崩したかもしれぬランを心配になり、メテオは寝室まで起こしに来た。扉を開けるとすぐに目に飛び込む二人で眠る大きな寝台。
朝、メテオが寝台を後にした時と同様にすやすや愛らしく眠る姿を想像していたのに顔が見えない。
 代わりに寝台の真ん中にまるで亀の甲羅のようにこんもりとしたでっぱりがあって、当然布団をかぶったランがその中にいるとは決まり切っている。

 なんだか慌てて布団を引き被ったようで、もぞもぞしているから起きてはいるのだと思うのだが、しかしいつもの澄んだ声の返事が聞こえてこない。これは由々しき事態だ。

「ラン? どうしたのか? 体調が悪いのか」
「わるくない」
「じゃあ、そろそろ起きておいで。俺と一緒に朝食をとろう。トマトとチーズのサラダもあるぞ」

 ランの好物を出して気を引こうとするが、何故だかもぞもぞと布団が動くばかりで出てこない。

 ランに対して気の長いメテオもなにか普段と違う異変を感じて、強硬手段に出ることにした。
 ぐいっと母のお手製カバー付きのふわふわした上掛けをはぎ取ろうとすると、中でそれに気が付いたランが懸命に抵抗してきた。

「お兄ちゃん! だ、ダメなの! ちゃんと起きるから、待ってて」
「ダメじゃない。なにかあったのか? ラン少しおかしいぞ」
「だーめー!」

 喚く声が泣き声に近くてメテオは布団ごとランを抱え上げて自分が寝台にどかっと座った。11歳で細身のランと、19歳でもはや長身の父親より背が高くなったメテオとでは大人と子供ほどの体格差がある。羽のように軽いランの抵抗なんて無きに等しい。

 布団から出てきた顔は目元がうっすら赤くなって、頬には涙が垂れたあとがあった。細い眉を下げて情けない顔をしたランは顔を伏せると兄の胸にぐりぐりと頭を押し当ててきた。

「ラン、泣いていたのか? どうした。どこか痛いのか?」
「い、痛くないけど。僕……、しちゃったの……」
「なにを?」
「……」

 言いたがらず、メテオの胸に縋って顔と小さな掌を押し当てて抱き着いてきた。本当にかわいい。

 しかしまさかな、と思いながらそっとランのパジャマのズボンに手を這わそうとすると、いつもご機嫌なランが大慌てして棒のように細い脚をばたばたさせて暴れ始めたのでいよいよ心配になる。

「ラン、俺をみて。大丈夫だから話してごらん」

 下腹部に伸ばしかけた手を離し、メテオは布団の中から軽々とランだけを畑から野菜を引き抜く思い切りよく引っ張り出す。「きゃあ」と甲高い愛らしい声を上げたランを寝具とメテオの膝とが入り混じったようなふわふわしたところに着地させる。
 今朝は初めて見る、ランのきらきらとしたオレンジ色の瞳。大きな涙がみるみる浮かんで膜を張ると、綺麗な雫がぽたりぽたりと頬を伝って落ちていった。
 こんな貌すら、本当に可愛らしくて、身内の欲目なのかもしれないが、胸がきゅんとするのが止まらない。
 ランは兄の腕に抱かれたまま、桃色の花に似た小さな唇をわななかせて兄を上目遣いに見上げて本当にすまなそうに呟いた。

「お、おねしょしちゃったの…… 足と股のとこ、べたべたしてて。洗おうと思ったんだけど、恥ずかしくて下に降りられなくて」

 ランがおねしょ?! と声を上げかけたが、そんなことをしようものならランが傷つきそうでメテオはぐっとこらえた。自分の記憶でランがおねしょやお漏らしをした記憶はごくごく赤ちゃんの時以来ない。

「そんなこと気にしなくていいのに」

 優しく声をかけて背中をなだめる様に優しくさするが妙だ。
 いま明らかにランが寝ていた当たりのぬくもりの残った寝台に座っているがどこも濡れていない。

「それに…… その…… なんか変なの。僕、病気になっちゃったかもしれない。お兄ちゃん、どうしようっ?」

 そう言いながらランの柔らかな小さな掌が、メテオの股間のあたりをすりっと摺り上げ、急なことにメテオは驚いて腰を引きかけた。

「僕のここ、腫れちゃってていたいの」

 見れば確かに、ランのほっそりした足の間に僅かにふくらみが見られた。耳やほっそりした鶴首までも赤くして、ランは恥ずかしげに身震いしながらもぞもぞとそれを布団で隠そうとする。

 その時メテオはものすごく沢山のことが一気に頭に浮かんできたが、あまりに処理しきれぬほどの情報量で、まずは興奮を抑えようと口元に手をやってこらえた。

(ついに、ランも…… せ、精通か?)

 この時を待っていたと言ったら非常に変態臭く聞こえるだろうが、正直待っていた部分も大いにあるし、内心喜びを隠せない。

 赤子の頃から見守ってきたランがまた少し大人に近づいてきたのだ、嬉しいに決まっている。

 もちろんそれを顔には出さない。あくまでクールでかっこいい、憧れのお兄ちゃんがあくまでランの体調を心配しているように見せかけている。

 大陸一の色男として鳴らしてきた、父の顔を見て瓜二つの自分の顔の使いどころは心得ているし、すましてさえいればなにか思案深げと思ってもらえる。得な面差しなのだ。

 成人は越した兄が幼い弟の精通を喜ぶなんて、それこそ傍から見たら行き過ぎだろう。自分でもこの感情が周りから見て少し逸脱していると自覚している部分もある。
 つい先日、幼馴染のパン屋の娘に幼いランにばかり構うと、きつく言われたばかりだ。

『メテオ、おかしいよ。 私なら女だし、オメガだし、年も近いのにどうしてランばっかり大事なの? 小さな男の子だよ? 変でしょ? 変! それにランがオメガじゃなかったら、メテオどうするの? それでもランがいいの?!』
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