香りの鳥籠 Ωの香水

天埜鳩愛

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番外編 ヒート休暇のお店番 10

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「おい、メテオ。顔に今すぐランのところに行きたいとでているぞ」

「ラグこそ警邏隊けいらたいに加わりたいって身体が疼いてるんだろ?」

 親子のように気やすい二人はそういって笑いあった。
 二人してはあまり着慣れぬ中央風のスーツのズボンにバルクが送ってよこす同じく流行りの形のシャツ姿。ジャケットは暑すぎてこっそり脱いで手すりにかける。

 ラグにして見ると父親のメルト、そして息子のメテオそれぞれに対して思い入れがある。親子2代と親しくできるのは根無し草のようにこの街にやってきたラグにとって大きな喜びだ。

 ソフィアリの前の代の領主、リリオンの館は現在旧領主の館と呼ばれてこうした夜会などで使われている。
 ソフィアリがこの地に来て数年後に領主とその恋人であった家令二人を相次いでなくし、この館は先代からの使用人が管理して守ってくれている。ラグにとっては番になりたての頃、まだあどけなかったソフィアリと甘い一時を過ごした思い出の場所でもある。

 二人は飲み物を持ち、海を見渡せるバルコニーに立っていた。

 夜風が街の喧騒を運んでくる。15年前までこの南の田舎町がこれほどの活気を持つことになるとは、誰も予想していなかっただろう。

 明るい室内のひときわ目立つところで、麗しい領主は大勢の人の輪の中心に立っている。
 メテオの連れてきた客たちも今はメルトとソフィアリに夢中な様子だ。

 艷やかな黒髪は複雑に編み込まれ青い髪飾りをつけ、白いゆったりとした裾のドレスにも見える上衣を身に着けていた。まさにこの場を制す、女神の如き風格である。

 しかし時折バルコニーに立つ番に目配せをして恥ずかしげに微笑みをおくってくるのだ。

「ラグ。ランがベータかアルファだったら、テグニ国で外交官をしている伯父さん夫婦のところに送り込んで、養子にして教育をするって話があったんだろ?」

「知ってたのか?」

「昔、バルクさんから直接、こういう計画も考えているってきいたんだ。俺、子どもの頃からバルクさんに会うたびにしつこくランを俺の番にしたいって言ってきたから。何年か前、じゃああの子がオメガじゃなかったらどうするのか?っていわれて」
 
 ランの実の父バルクは親子とは名乗っていないものの、農園を援助する中央の議員として度々農園を訪れていた。

「どう応えたんだ?」

「ランは絶対に俺のオメガだからそんな話はナンセンスだって答えた」

 ラグはメテオらしいなあと思い、息子のような青年の肩を愛情を持って拳で小突く。

「バルクはそれで納得したのか?」

 ハーブの入った酒を煽り、メテオは再び暗い海の方へ向き直った。右を見ると眼下に、花火会場も見下ろせる。

「そうだなって。俺も番にそんな気持ちを抱いていたって。直感的にこの人しかいないって思ったんだってさ。だから納得したかはわからないけど、理解はしてくれた」

 ラグはやや思案し、低く穏やかな声で語り始めた。

「アルファにとって、番にしたいと心から思える瞬間は実は一つではないかもしれない。アルファは基本的に何人もの番を作ること容易いからだ。だからこうとも言える。本当にこの人しか番にしたくないとまで思うのならば、きっとそれは本能も心も直感すら伴った真実の衝動だろう」

 深い緑のラグの目はメテオの気持ちを肯定して微笑んでいた。

「そっか。そうだよな。俺にはランだけだ。ほかは誰も欲しくない。ランだけが俺の番だ」

 その気持ちを疑ったとこはない。しかしむしろ疑わしいのは自分の才能だけだ。
 父に2年で全てを継ぐことを宣言したが不安がないわけではない。むしろ不安でしかない。それほど父が長い時間をかけて成し遂げてきたものの重圧はすごい。
 それを全て我がものとして昇華させなければランを番にすることはできない。

「店を継いで新しい事業を軌道に乗せるまでは、オメガの香水を作り続けるためにランを番にすることはできないと。メルトとソフィアリがそう話していたな。ソフィアリはオメガだから、発情期の苦しみも知っている。知っているからランには苦労をさせたくないだろう」

 それにランにも選ぶ権利があるだろ?とかソフィアリは番に嘯く。
 ランがずっとメテオを慕っているのも知っているが、それは兄弟への思慕と今は見分けつかないでしょう? などと。

 番として見守ってきたラグには、ソフィアリの本心も分かるのだ。可愛い甥っ子に実の叔父と名乗ることができず、領主として常に一線を引かれている。
 本当は一番に可愛がってあげたかったのに要はメテオにランを盗られたようで、ソフィアリはずっと長いことヤキモチを焼いているのだ。

「俺はランもお前も大切に思っている。だから二人が一番納得する形で幸せになってほしい。
 ソフィアリやメルトは、バルクからランを預かった責任がある。だからどうしてもランを優先にするだろう。お前にできることは一刻も早くあそこにいる連中に新たな調香師としての存在感を示すことだ」

 こんなところで自分相手に油を売るなと案に揶揄され、メテオは真剣な顔つきにもどるとジャケットを羽織り直しバルコニーに背を向けた。

「メテオ! あと半刻で花火が上がる。もう時期、皆桟敷席に移る。花火が終わる一刻後にここに客が戻るから、その前にランのところに顔を見にいって、急いですぐここまで戻ってこい」

 思いがけぬラグの応援にメテオは振り向きざま素直にニカっと格好悪く笑った。本当は表情に乏しい、この器用で不器用な青年が子どもの頃からラグには素直に甘えてくることを、意外と悪く思っていないのだ。



 その頃リアムのもとを飛び出したランは、旧領主の館の近くまで歩いてきていた。
 父と兄が出席する夜会も、花火のあとは一刻もすればお開きになる。
 キドゥの宿が宿泊客を迎えに出している馬車や、中央の客はまだこのあたりでは見慣れぬ運転手付きの車で帰っていくものもいるようだ。

 夜会終わりの父たちを門の近くでじっと待っていようと思った。
 母の待つ農園まで勝手に帰れば良いものだが、一人歩きすることはオメガの判定を受けてから心配性な母に禁じられている。
 無駄な心配をかけたくなかった。

 今日は色々あってなんだかクタクタになった。
 領主の館へ向かう坂はキドゥに向かう道との分岐点にある。
 ガヤガヤとした声がしてきて、キドゥから今頃花火を見にやってきた数人の若者のグルーブと行きあたった。

「なあ? 君一人なの? 」

 リアムや兄ほどではないが上背のある若者たちで年の頃は成人したてか、そこらであろうか。
 ランは少し怯えて立ち止まる。
 街灯がまばらなこのあたりだが、分岐点のここには大きな明かりがついている。
 それが良くない方に働いて、青年たちからランの愛らしい容姿がよく見えて興味を持たれてしまっていた。

「俺たちこれから花火見に行くんだけど? よく見えるとこ案内してくれないかな?」

 そういって一番前にいた少年が徐ろにランの手を掴みあげようとする。

 ランは小うさぎのように身軽に後ろに飛のいて躱すが、後ろからさらに他の少年たちが迫ってくる。

「可愛いね、君。ハレへはオメガの美人が多いって言うから君もそうなのかな? 友達になりたいな。おい、俺たちと花火いこうよ」

 ニヤニヤとした少年たちにもう一度間合いを詰められ、ランは怖くなって後退る。

「あの…… 困ります……」

 先程リアムに抱えられたとき、ランはろくな抵抗もできなかった。今までそんな乱暴を受けたことはなかったので知らなかったが、自分はきっと力では叶わぬ無力な存在だ。しかも相手は4人。腕を取られたら逃げ出せなくなる。
 本当は領主の館の坂を上がりたかったけど、門の中に入ることができなければ袋小路になってしまう。

 ランは兄のところに行くことを諦めて、元来た道を駆け下りていった。






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