13 / 34
番外編 ヒート休暇のお店番 6
しおりを挟む
一週間に渡った祭り期間の最終日、実際の祭礼日もメテオは朝からキドゥにいた。
かれこれ2日もまともにランに会えていない。 忙しいだけで全く癒やしがない。早くもラン不足で死にそうだ……
昨日の朝に二人の寝台に温みを感じながら微睡むランに添い寝し、やわらかな口元に口付けを落としてから、名残惜しく家を出てきた。それ以来会えていない。
結局客人はこちらに来ることが遅れ、昨晩夜になって宿につき、メテオも翌朝からのスケジュールを考えて、キドゥに留まらざるを得なくなったのだ。
現在中央で百貨店を経営している商家の方々が保養と新作香水の進捗やその他祭りの市に出ているハレへキドゥの人気店の主力品を見に訪れたらしい。
一人はメルトの古い友人で、今回は家族も連れてやってきていた。
婦人も娘も中央の人間らしくこちらから見ると堅苦しく見えるほどの厚手のドレスを纏って田舎にしてはマシな宿のラウンジね、という視線を周囲に送りながらパタパタと扇子をはたいている。
二人からうっすら香る香水はソフィアリの紫の小瓶だ。
「私も娘もメルトさんの香水の熱心なファンですのよ。特に紫の小瓶は限定品まですべて持っていますの。いつかモデルとなったご本人にお会いしたいと思っておりましたから、嬉しいわ」
この一家をソフィアリが夜に開く会食会に連れて行くこともメテオの大きな仕事の一つだ。
ソフィアリはこの街の顔として中央でも人気が高い。
軍にも顔の効く貴族院議員の名家出身で、中央の名門校では学年の首席をとっていた天才児の片割れ。その頃からの信奉者たちが今では中央の経済を回しているらしく、この街は彼らにとっても宝物のように大切に扱われているらしい。年に一度この場所にソフィアリに会いに集ってくる。
「本当はハレへの白亜館を取りたかったが予約が殺到していてねえ。去年から中央で人気の花火職人が海で打ち上げ花火をしているから人気に拍車がかかったのかもねえ」
残念げに呟く品の良い老紳士にメテオも丁寧に応える。
「海の女神の恋人は天の火の神といわれています。海と天の火。互いに惹かれ合うがずっと交わることができぬ二柱が、花火を海で上げることによって海の中で交わり、さらなる繁栄を見るものにもたらせてくれるともっぱらの噂です。国内の神秘を好む人からもこの祭りに興味が集まったらしいです。まあそのためなのか…… 今年はハレへは結婚ラッシュでしたよ」
昔は漁火を焚いて花を燃やして海に奉納し、海の女神と火の神の踊りを奉納するだけの祭りだったのをソフィアリがみなと知恵を出し合い磨き上げながら、一大エンターテイメントに仕立て上げたわけだ。戦後浪漫に餓えていた人々の心に刺さったのかもしれない。
今や国の中では戦後の経済復興の忙しさから心の拠り所を探す人々に端を発し、神秘的な場所を旅することがブームの一つになっているらしい。宝玉よりも美しい青い海と香る花畑の大地を持つこの街もその候補に上がっているのだそうだ。
「メテオさん、見れば見るとほどメルトおじ様にそっくりで……」
母親そっくりの肉感的な唇を持つブルネットの娘が頬を紅潮させ目を輝かせてメルトに向かい微笑みを浮かべる。
「いやあ、娘は小さな頃メルトにであってから理想の男性だと公言してはばからんでねえ。
息子さんがメルトの若い頃に瓜二つと聞いてからは君に会うことを楽しみにしていたのだよ」
何故か娘からやたら秋波というよりむしろ興味津々に見つめられてくるとは思っていたがそういうわけか。
未だにこんな若い娘からも慕われているとは。流石大陸一の色事師という伝説の異名は馬鹿にできない。
やれ小国の姫を袖にして命を狙われただの、やれオメガの香水のモデルは皆愛人だっただの……
父にまつわる噂や伝説は一緒に商談についていくようになってやたらと聞かされ、お前はメルトの息子にしては面白みにかけるなあと父の各地に散らばる悪友たちにはよく言われたものだ。
その父に瓜二つと言われるのはメテオとしては大変不本意なことなのだ。
メテオにしてみたら母を苦しめ続けた極悪人としての要素と、超えるに超えられない偉大な業界の巨人としての側面をもつ本当に複雑な思いをいだきやすい父親である。
「では後ほど父がおります店舗の方へご案内させていただきます。祭り期間の最終日だけ通常とは違う商品も扱っておりますのでご覧いただけるかと。父が海の女神をイメージして領主ソフィアリのフェロモン香水から派生させて作り上げました「青藍の小瓶」もお試しいただけます」
「ソフィアリ殿は私の母校である中央高等教育学校の元学生。才気を買われてこの地を大叔父上から引き継いでいで領主になられたという。あの魅惑の香水と海の女神の如き美貌は中央でも有名だな」
「はい。ソフィアリ様の青みがかった黒髪や海原の如き神秘的な青い瞳は、この街のものから見ると海の女神が人に化身しこの地に遣わされたのかと…… そう思うものもいたようですよ」
実際のソフィアリは女神というよりも非常に人間味あふれる精力的でかつ熱く、真面目な人物だ。
メテオとしてみると血縁者としてランと繋がる非常に厄介で厳しいランの実の叔父だ。
メテオは子供の頃からなにか好きなものを問われても答えることなく、すべてがそれなりに上手くこなせ、ゆえに自分を取り巻く全ては無味乾燥であった。
その人生に歓びと彩りを与えてくれた存在。
この世で唯一失いたくないものはランだ。だから叔父であるソフィアリや、ひいては中央にいる親族たちにランを奪われることがメテオの人生最大の恐れだった。
そのため今でもあの美しい顔を見ると悟られぬ様に注意深くしてはいるがある程度の緊張感を覚える相手なのだ。
逆にラグは大きな愛情を持って番を支え守り抜く誰よりもタフな男で、父よりも身近に感じるメテオの憧れだ。
そしてあの二人はある意味メテオが誰よりも認めてもらいたい者たちでもある。
二人のお眼鏡にすら叶わないようではとてもランを番にして、将来この地を盛り立てて行くものの一人には数えてもらえないだろう。
メテオはあえて若い頃の父のように余裕綽々とした雰囲気を醸した、新進の調香師にして実業家のような受け答えをして中央の人々を饗す。
ランのためならばいくらでもいいように好人物に擬態できる。
幼い日。日の光を凝縮させたように輝くランの瞳を覗き込んだその時から。
たったひとつの恋に他の全てを注ぎ込むことだけがメテオの生きる価値であり意味なのだから。
かれこれ2日もまともにランに会えていない。 忙しいだけで全く癒やしがない。早くもラン不足で死にそうだ……
昨日の朝に二人の寝台に温みを感じながら微睡むランに添い寝し、やわらかな口元に口付けを落としてから、名残惜しく家を出てきた。それ以来会えていない。
結局客人はこちらに来ることが遅れ、昨晩夜になって宿につき、メテオも翌朝からのスケジュールを考えて、キドゥに留まらざるを得なくなったのだ。
現在中央で百貨店を経営している商家の方々が保養と新作香水の進捗やその他祭りの市に出ているハレへキドゥの人気店の主力品を見に訪れたらしい。
一人はメルトの古い友人で、今回は家族も連れてやってきていた。
婦人も娘も中央の人間らしくこちらから見ると堅苦しく見えるほどの厚手のドレスを纏って田舎にしてはマシな宿のラウンジね、という視線を周囲に送りながらパタパタと扇子をはたいている。
二人からうっすら香る香水はソフィアリの紫の小瓶だ。
「私も娘もメルトさんの香水の熱心なファンですのよ。特に紫の小瓶は限定品まですべて持っていますの。いつかモデルとなったご本人にお会いしたいと思っておりましたから、嬉しいわ」
この一家をソフィアリが夜に開く会食会に連れて行くこともメテオの大きな仕事の一つだ。
ソフィアリはこの街の顔として中央でも人気が高い。
軍にも顔の効く貴族院議員の名家出身で、中央の名門校では学年の首席をとっていた天才児の片割れ。その頃からの信奉者たちが今では中央の経済を回しているらしく、この街は彼らにとっても宝物のように大切に扱われているらしい。年に一度この場所にソフィアリに会いに集ってくる。
「本当はハレへの白亜館を取りたかったが予約が殺到していてねえ。去年から中央で人気の花火職人が海で打ち上げ花火をしているから人気に拍車がかかったのかもねえ」
残念げに呟く品の良い老紳士にメテオも丁寧に応える。
「海の女神の恋人は天の火の神といわれています。海と天の火。互いに惹かれ合うがずっと交わることができぬ二柱が、花火を海で上げることによって海の中で交わり、さらなる繁栄を見るものにもたらせてくれるともっぱらの噂です。国内の神秘を好む人からもこの祭りに興味が集まったらしいです。まあそのためなのか…… 今年はハレへは結婚ラッシュでしたよ」
昔は漁火を焚いて花を燃やして海に奉納し、海の女神と火の神の踊りを奉納するだけの祭りだったのをソフィアリがみなと知恵を出し合い磨き上げながら、一大エンターテイメントに仕立て上げたわけだ。戦後浪漫に餓えていた人々の心に刺さったのかもしれない。
今や国の中では戦後の経済復興の忙しさから心の拠り所を探す人々に端を発し、神秘的な場所を旅することがブームの一つになっているらしい。宝玉よりも美しい青い海と香る花畑の大地を持つこの街もその候補に上がっているのだそうだ。
「メテオさん、見れば見るとほどメルトおじ様にそっくりで……」
母親そっくりの肉感的な唇を持つブルネットの娘が頬を紅潮させ目を輝かせてメルトに向かい微笑みを浮かべる。
「いやあ、娘は小さな頃メルトにであってから理想の男性だと公言してはばからんでねえ。
息子さんがメルトの若い頃に瓜二つと聞いてからは君に会うことを楽しみにしていたのだよ」
何故か娘からやたら秋波というよりむしろ興味津々に見つめられてくるとは思っていたがそういうわけか。
未だにこんな若い娘からも慕われているとは。流石大陸一の色事師という伝説の異名は馬鹿にできない。
やれ小国の姫を袖にして命を狙われただの、やれオメガの香水のモデルは皆愛人だっただの……
父にまつわる噂や伝説は一緒に商談についていくようになってやたらと聞かされ、お前はメルトの息子にしては面白みにかけるなあと父の各地に散らばる悪友たちにはよく言われたものだ。
その父に瓜二つと言われるのはメテオとしては大変不本意なことなのだ。
メテオにしてみたら母を苦しめ続けた極悪人としての要素と、超えるに超えられない偉大な業界の巨人としての側面をもつ本当に複雑な思いをいだきやすい父親である。
「では後ほど父がおります店舗の方へご案内させていただきます。祭り期間の最終日だけ通常とは違う商品も扱っておりますのでご覧いただけるかと。父が海の女神をイメージして領主ソフィアリのフェロモン香水から派生させて作り上げました「青藍の小瓶」もお試しいただけます」
「ソフィアリ殿は私の母校である中央高等教育学校の元学生。才気を買われてこの地を大叔父上から引き継いでいで領主になられたという。あの魅惑の香水と海の女神の如き美貌は中央でも有名だな」
「はい。ソフィアリ様の青みがかった黒髪や海原の如き神秘的な青い瞳は、この街のものから見ると海の女神が人に化身しこの地に遣わされたのかと…… そう思うものもいたようですよ」
実際のソフィアリは女神というよりも非常に人間味あふれる精力的でかつ熱く、真面目な人物だ。
メテオとしてみると血縁者としてランと繋がる非常に厄介で厳しいランの実の叔父だ。
メテオは子供の頃からなにか好きなものを問われても答えることなく、すべてがそれなりに上手くこなせ、ゆえに自分を取り巻く全ては無味乾燥であった。
その人生に歓びと彩りを与えてくれた存在。
この世で唯一失いたくないものはランだ。だから叔父であるソフィアリや、ひいては中央にいる親族たちにランを奪われることがメテオの人生最大の恐れだった。
そのため今でもあの美しい顔を見ると悟られぬ様に注意深くしてはいるがある程度の緊張感を覚える相手なのだ。
逆にラグは大きな愛情を持って番を支え守り抜く誰よりもタフな男で、父よりも身近に感じるメテオの憧れだ。
そしてあの二人はある意味メテオが誰よりも認めてもらいたい者たちでもある。
二人のお眼鏡にすら叶わないようではとてもランを番にして、将来この地を盛り立てて行くものの一人には数えてもらえないだろう。
メテオはあえて若い頃の父のように余裕綽々とした雰囲気を醸した、新進の調香師にして実業家のような受け答えをして中央の人々を饗す。
ランのためならばいくらでもいいように好人物に擬態できる。
幼い日。日の光を凝縮させたように輝くランの瞳を覗き込んだその時から。
たったひとつの恋に他の全てを注ぎ込むことだけがメテオの生きる価値であり意味なのだから。
2
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる