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15 ハーゲンティ
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閉まった途端、扉から伸びた魔力の光が、壁伝いに蔦が這いまわるようにぐるりと一周部屋を回っていき、扉に到達してふと消え失せ、部屋の中はまたぼんやりとした明るさを取り戻した。
レヴィアタンは閉塞を感じる魔力で満ちた部屋の入り口に弟を抱いて立ち尽くす。
ふいに脳裏にあの妖艶な声が蘇ってくる。
『大人になってから、いらっしゃい』
弟からの軽く甘く啄むような口づけは続く。レヴィアタンは彼のただならぬ様子にそれにどう応えるべきか二の足を踏んでいると、顔を僅かに離した弟は今まで見たこともないような蠱惑的な表情を浮かべて兄の頬をするりと撫ぜた。
「ねえ。聞いて。兄様が僕のことを抱かない限り。この部屋からはもう二度とでられないんだ」
※※※
光が収まった後、兄はすぐに扉に手をかけたがびくとも動かず、それだけでは飽き足らず自らの魔力を流して試みたようだがそれも徒労に終わったようだ。
「だから、開かないっていったでしょ?」
兄が結界を解除する古いまじないの授業を真面目に受けていたら、もしかしたら開くこともできたのかもしれないが、彼の能力を持ってしても今扉を開けることはできなかったようだ。
レヴィアタンに抱きかかえられながら久しぶりに見渡した部屋は、壁紙も寝台の寝具も紫色。寝台の傍の燭台や飾り窓の縁や蝙蝠の意匠のレリーフは金色で、床に散りばめられたり壁に吊るされた花々は毒々しいほどに鮮やかな赤だった。子どもの頃は気にならなかったが、寝室にしたとしてもあまりにも毒々しく婀娜っぽい設えだ。漂っている甘い香のような香りを吸い込むと脳髄まで陶酔してしまいそうな感覚に陥る。
アーチを描く大きな窓も三つあり、それに続くバルコニーも見えるがその景色は今なお砂嵐の吹く夜景ではない。朝とも昼ともつかないような明るさで距離感の掴めない萌黄色ぽい庭園が広がっていた。
もの言わぬ兄が今、一体何を考えているのかオリヴィエにすらうかがい知ることができなかった。なにより一番恐ろしいのは兄に呆れられ見放され軽蔑されることだ。
下腹部に生まれた疼きをそのままに、オリヴィエは抱き上げられた腕の中から寝台を指差した。兄の喉がごくりと鳴ったのを聞き漏らさずに、甘い声で強請る。
「兄さま、怒った? 時間はたっぷりあるんだし、あそこでお話ししよう?」
そう言って兄の頬をするりと誘うように撫ぜあげる。兄の赤い瞳の中で金色の炎が揺らめくのをオリヴィエは見逃さなかった。
「この部屋は魔力の結界で閉じているのは確かだ、だが、お前の言っていることは本当なのか?」
「僕がでたらめを言っているとでも? 調べたんだよ、僕。この部屋のことも、あの女の人のことも」
「あの女の人?」
「この部屋を作った悪魔のこと『ハーゲンティ様』のこと」
「ハーゲンティ?」
「前に来た時この部屋にいたでしょう? 僕らはハーゲンティ様の魂に導かれたんだ」
オリヴィエはその女性のことを片時も忘れたことがない。彼女は自分のことを『ハーゲンティ』と名乗っていた。
迷い込んできたオリヴィエとレヴィアタンのことを見て「まあ、なんて思いがけず小さなお客様が来たのかしら」と少し呆れた調子で微笑んだ。
美しく嫋やかな様子でお菓子や飲み物を出してくれたけれど、オリヴィエは用心深い質で、それには口を付けなかった。
身体が丈夫な兄は気にせず飲み食いし、何故だか寝台の上で真っ赤な顔をして少し魘されながら眠りこけてしまったのだ。
レヴィアタンは閉塞を感じる魔力で満ちた部屋の入り口に弟を抱いて立ち尽くす。
ふいに脳裏にあの妖艶な声が蘇ってくる。
『大人になってから、いらっしゃい』
弟からの軽く甘く啄むような口づけは続く。レヴィアタンは彼のただならぬ様子にそれにどう応えるべきか二の足を踏んでいると、顔を僅かに離した弟は今まで見たこともないような蠱惑的な表情を浮かべて兄の頬をするりと撫ぜた。
「ねえ。聞いて。兄様が僕のことを抱かない限り。この部屋からはもう二度とでられないんだ」
※※※
光が収まった後、兄はすぐに扉に手をかけたがびくとも動かず、それだけでは飽き足らず自らの魔力を流して試みたようだがそれも徒労に終わったようだ。
「だから、開かないっていったでしょ?」
兄が結界を解除する古いまじないの授業を真面目に受けていたら、もしかしたら開くこともできたのかもしれないが、彼の能力を持ってしても今扉を開けることはできなかったようだ。
レヴィアタンに抱きかかえられながら久しぶりに見渡した部屋は、壁紙も寝台の寝具も紫色。寝台の傍の燭台や飾り窓の縁や蝙蝠の意匠のレリーフは金色で、床に散りばめられたり壁に吊るされた花々は毒々しいほどに鮮やかな赤だった。子どもの頃は気にならなかったが、寝室にしたとしてもあまりにも毒々しく婀娜っぽい設えだ。漂っている甘い香のような香りを吸い込むと脳髄まで陶酔してしまいそうな感覚に陥る。
アーチを描く大きな窓も三つあり、それに続くバルコニーも見えるがその景色は今なお砂嵐の吹く夜景ではない。朝とも昼ともつかないような明るさで距離感の掴めない萌黄色ぽい庭園が広がっていた。
もの言わぬ兄が今、一体何を考えているのかオリヴィエにすらうかがい知ることができなかった。なにより一番恐ろしいのは兄に呆れられ見放され軽蔑されることだ。
下腹部に生まれた疼きをそのままに、オリヴィエは抱き上げられた腕の中から寝台を指差した。兄の喉がごくりと鳴ったのを聞き漏らさずに、甘い声で強請る。
「兄さま、怒った? 時間はたっぷりあるんだし、あそこでお話ししよう?」
そう言って兄の頬をするりと誘うように撫ぜあげる。兄の赤い瞳の中で金色の炎が揺らめくのをオリヴィエは見逃さなかった。
「この部屋は魔力の結界で閉じているのは確かだ、だが、お前の言っていることは本当なのか?」
「僕がでたらめを言っているとでも? 調べたんだよ、僕。この部屋のことも、あの女の人のことも」
「あの女の人?」
「この部屋を作った悪魔のこと『ハーゲンティ様』のこと」
「ハーゲンティ?」
「前に来た時この部屋にいたでしょう? 僕らはハーゲンティ様の魂に導かれたんだ」
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