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14 あの部屋

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 生まれてこの方、見るたび心を振るわさせられ、愛おしく思い、ずっと傍で見守りたいと思った相手などオリヴィエを置いて他に存在しなかった。
 オリヴィエの手前、誰にでも優しい兄を装っているが、やはり自分の中にはこの地を力で押さえつけてきた残酷な魔王の血脈が連綿と受け継がれている。
 欲しいものを無理やりにでも手に入れ独占し、誰の目にも晒さずにこの城のどこかに隠してしまう、そんな苛烈で醜い歪んだ情愛だ。

(お前が恐ろしがるだろうから言えなかったが、誰よりお前を愛しているよ。これは多分、兄だからっていうのでは片付けられない)

 むくりと起き上がり、窓の外を眺める。相変わらずの砂嵐がざあざあと吹きすさび、魔界全土を赤い粒子が覆っていく。
 今朝までは早くやむといいなあとオリヴィエと話していた。
 砂嵐が止んだら大学に戻る前に、湖の水に赤砂が沈むまで混じり赤紫になっているところを見に行ってみよう、その後で人間界で流行っていたという果物を凍らせた菓子を食べに行こうとか。
 そんな風な他愛のない予定をたてて埋めていった。
 人間の友人から借りてきた湖水周辺の案内本を眺めて、嬉しそうにしていたオリヴィエ。
 いつだってそうだ。どこに行くのだって何をするのだって、一番心躍る楽しいことを一緒にしたいのも、見せてあげたいのも、レヴィアタンにとってはオリヴィエを置いて他にはいない。
 今までも嫌がらせをするだけでなく、オリヴィエのことを本気で愛しているであろう相手を見かけたこともある。留学してきた人間の少女たちにとってもオリヴィエは理想的な王子様に映っていたことも知っている。
 だが結局レヴィアタンは敢えてそんなものたちを必要以上にオリヴィエに近づけないようにしていた。彼を護るふりをして。異常な執着だと分かっているだがもう、物心ついたころからリヴィアタンにはオリヴィエだけが唯一の存在だ。

「絶対に俺なんだよ、魔界で一番お前の事を愛しているのは。リヴィ、愛して……」
「兄さま起きてる?」

 急に部屋の扉がノックもなしに夜着姿のオリヴィエが彼にしてはかなり騒がしく入ってきたので、焦ったレヴィアタンは寝台の上に窓辺から飛び乗ってしまった。

「うああああ、リヴィ! お前なんで急に部屋はいってきたんだ!」

 先ほどまで勝手に妄想告白までしでかしていた相手の登場に、レヴィアタンは寝台の上であたふたと転げまわる。
「兄さまなにこれ、羽根だらけじゃない。また枕に角刺さっちゃったの? 角、羽根と一緒で隠そうと思えば隠せるだから、寝る時は隠してみたら?」
「ああ、まあ、そうだな。それよりお前なんでケットシーと一緒なんだ?」
「やっと掴まえたんだから、そうだよね? 掴まえたんだ、にゃあ」

 ケットシーを抱きしめながら片手をにぎにぎと握ってあげさせ、「にゃあ」なんていって微笑むオリヴィエが眩しすぎて、やはりどこにもやれんと強く思うのだ。

「それよりどうした? 眠れなかったのか? ここで寝てくか?」

 とんとん、と自分の寝台の隣を掌で叩いて一緒に眠るかと誘ってみる。もちろん無意識に子どもの頃のように他意なく誘ってみたのだが、オリヴィエが白い頬を染めケットシーの喉をごろごろ指でやる。

「兄さまってさ、ほんとそういうとこは、無自覚で狡い……」
「なんか言ったか? 枕破けたからお前の部屋から持ってくる?」
「いい。眠くない。それより兄さま昼間云った事覚えてる?」
「なんだ?」

 枕の代わりになるクッションを見繕おうと続き部屋の方に行こうとしたレヴィアタンの腕を、オリヴィエが細い指で掴んでぐいっとひっぱった。

「あの部屋、場所わかったから。一緒に行って! お願い」
「今から?」
「今からがいいの」

 いつになく我儘を押し通そうとしてくる姿に、むしろ愛おしさが込み上げてくる。

「仕方ないなあ。ケットシーに案内させるのか?」

 ケットシーがオリヴィエの腕を飛び出し、滑らかにすとんと床に降り立った。

「さあいこう、兄さま」

 弟に腕を引かれて部屋を抜け出す。まるで恋人たちの逢引のようだ。ケットシーが向かった先は一族のものたちが大小さまざまな大きさで描かれている肖像画の間の方だった。そこを抜ければ今度は一族の廟へ続く廊下に出る。ケットシーはそのまますすんでいくので追いかけていくと、何故か突きあたるはずの廊下が回廊になっており、その先に見覚えがある濃い紫色の扉が見えた。
 その前に先に走っていったケットシーが人型になって扉に手をかけ二人を待っている。

「あった。兄さま、この部屋だよ。見覚えない?」
「ああ、そうだな。見覚えがある。この部屋にした忘れ物、思い出したのか?」
「……うん」
「そうか。じゃあ探しに行こう」

 半月のような形に細められたケットシーの瞳が炯炯と暗がりでも光り、恭しい仕草で扉を開け放つ。部屋の中からは鼻をくすぐる芳醇で蠱惑的な甘い蜜の香りが漂ってきた。

「兄さま。何があっても、僕のこと嫌いにならない?」
「当たり前だろ?」

 いつものように危険がないか確認するためレヴィアタンが先に部屋に入ると、オリヴィエが続いて足早に中へと入ってくる。振り向くとオリヴィエ越しに頭だけ黒猫に戻ったケットシーが二人を嘲笑うかのように大きく裂けた唇でケタケタと嗤いながら扉を閉めていく。
 するとオリヴィエは華奢な身体でレヴィアタンをその場に押しとどめるように抱きついてきた。彼がそのまま顔をレヴィアタンの背中に押し付け急に嗚咽を漏らしながら泣き出したので、レヴィアタンはおろおろしながら反射的に彼を抱き上げる。

「リヴィ?  」

 涙を浮かべた青い瞳にはしかし強い意志を感じる光も同時に宿っていた。

「兄さま。忘れ物したなんて嘘なの」
「どういうことだ?」

 その問いを塞ぐようにオリヴィエの小さな柔らかい唇が、レヴィアタンのそれにしっとりと押し付けられる。その甘く狂おしい口付けを驚嘆と共に受けいれている間に、扉は完全に閉まっていった。
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