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第二章 HOW To ヒート!
31 靴
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31靴
「これ、廊下の向こう側まで飛んでってたけど、あんたの靴?」
「ああ。俺のだ」
結構派手な蛍光色のイエローのシューズは国内有名メーカーのロゴが入ったランニングシューズだった。
「ごめん、俺がさっき足に引っ掛けて落としたのかも」
さっき黄葉と揉み合って扉から転げ出た時に、青葉の足に引っかかって飛び出してしまったようだ。黄葉は手渡す前に、まだ新しいそれをしげしげと眺めた。
「『オノデラ』の新作? ランニングシューズだよね。いい色だ。俺もサッカーのスパイク、ここのばっか使ってる。足形が合うんだ」
「そうなんだね。愛用してくれてありがとう」
「黄葉はサッカーの特待生で普段は寮生活しているんだよ。結構強豪校なんだ」
黄葉は靴を手渡しながら値踏みするように玄関を眺めまわす。昨日青葉も驚いたほど綺麗に整頓されているし、学生の一人暮らしにしては立派な部屋なので文句のつけようもなかったようだ。むしろ「けっ」っというような表情になる。
「ありがとうってさ。オノデラが好きだから使ってるだけだし、あんたが礼を言うことでもねぇし……」
どうやら何かにつけて尊への対抗心が刺激されているのか、黄葉がまたそんなことを言うから青葉はハラハラしてしまう。しかし尊は何でもないというようにニコッと笑った。
「ああ、でも。「オノデラ」は父の会社だから」
「「えっ?」」
そういえば尊の苗字は「小野寺」だった。青葉もたまたま国産スポーツシューズ製作の歴史を紹介した番組を見たことがあった。オノデラは戦後まもなく地下足袋に近い形だったランニングシューズを今の形に変えていくのに貢献したメーカーの一つ。国内のスポーツメーカーでは結構名の知れた存在だった。あまりのビックネームとのつながりに兄弟は呆気にとられてのほほんっと笑う尊の顔をまじまじと見つめてしまった。
「初耳……」
「陸上をやっていたから、どうしても家のもので揃えがちで……。父の会社であって俺が凄いわけでも何でもないし。まあ、別に改めて話すことでもなかったから」
「マジか……。青葉。玉の輿じゃん」
興奮気味の弟の頭を小突いて、青葉は眉を八の字にして寂しげに呟いた。
「ほんと、俺たちって。お互いの事。全然知らないんだな」
「青葉……」
またなんだか深刻な雰囲気になりそうだったので、黄葉は玄関から一歩下がって二人に手を振る。
「じゃ、俺帰るわ」
「こうくん……」
弟を見送るとなると妙な心細さで胸がしくりっと痛んだ。情けない声で弟の名を呼ぶ青葉の手を、背後にいた尊がぎゅっと力強く握ってくれる。それで青葉は勇気が湧いてきた。また身体が熱くなり、気怠い感覚が残っていたが、兄として弟にこれ以上心配はかけられない。胸を張り笑顔を見せて小さく手を振る。
「学校休ませて、ごめんな。気を付けて帰れよ。母さんたちによろしく」
なのにどうしてか鼻がつんっとして、目の前の弟の顔が浮かんできた涙でゆがんでしまうのだ。そんな兄の姿に黄葉も鏡で映したようなそっくりな顔で、感極まったようにぐっと両肩を上げた後、すぐくるっと背を向けた。
「……帰りたくなったら、すぐ呼べよ。いつでも迎えに来るからな」
泣きそうな顔を見られまいと意地っ張りな弟が両手のこぶしを握って下を向いている。その背に向かって尊は穏やかに呼びかけた。
「帰りたくなんて少しも思われないように、俺が努力します。君のお兄さんを、俺に任せてくれて、ありがとう」
「これ、廊下の向こう側まで飛んでってたけど、あんたの靴?」
「ああ。俺のだ」
結構派手な蛍光色のイエローのシューズは国内有名メーカーのロゴが入ったランニングシューズだった。
「ごめん、俺がさっき足に引っ掛けて落としたのかも」
さっき黄葉と揉み合って扉から転げ出た時に、青葉の足に引っかかって飛び出してしまったようだ。黄葉は手渡す前に、まだ新しいそれをしげしげと眺めた。
「『オノデラ』の新作? ランニングシューズだよね。いい色だ。俺もサッカーのスパイク、ここのばっか使ってる。足形が合うんだ」
「そうなんだね。愛用してくれてありがとう」
「黄葉はサッカーの特待生で普段は寮生活しているんだよ。結構強豪校なんだ」
黄葉は靴を手渡しながら値踏みするように玄関を眺めまわす。昨日青葉も驚いたほど綺麗に整頓されているし、学生の一人暮らしにしては立派な部屋なので文句のつけようもなかったようだ。むしろ「けっ」っというような表情になる。
「ありがとうってさ。オノデラが好きだから使ってるだけだし、あんたが礼を言うことでもねぇし……」
どうやら何かにつけて尊への対抗心が刺激されているのか、黄葉がまたそんなことを言うから青葉はハラハラしてしまう。しかし尊は何でもないというようにニコッと笑った。
「ああ、でも。「オノデラ」は父の会社だから」
「「えっ?」」
そういえば尊の苗字は「小野寺」だった。青葉もたまたま国産スポーツシューズ製作の歴史を紹介した番組を見たことがあった。オノデラは戦後まもなく地下足袋に近い形だったランニングシューズを今の形に変えていくのに貢献したメーカーの一つ。国内のスポーツメーカーでは結構名の知れた存在だった。あまりのビックネームとのつながりに兄弟は呆気にとられてのほほんっと笑う尊の顔をまじまじと見つめてしまった。
「初耳……」
「陸上をやっていたから、どうしても家のもので揃えがちで……。父の会社であって俺が凄いわけでも何でもないし。まあ、別に改めて話すことでもなかったから」
「マジか……。青葉。玉の輿じゃん」
興奮気味の弟の頭を小突いて、青葉は眉を八の字にして寂しげに呟いた。
「ほんと、俺たちって。お互いの事。全然知らないんだな」
「青葉……」
またなんだか深刻な雰囲気になりそうだったので、黄葉は玄関から一歩下がって二人に手を振る。
「じゃ、俺帰るわ」
「こうくん……」
弟を見送るとなると妙な心細さで胸がしくりっと痛んだ。情けない声で弟の名を呼ぶ青葉の手を、背後にいた尊がぎゅっと力強く握ってくれる。それで青葉は勇気が湧いてきた。また身体が熱くなり、気怠い感覚が残っていたが、兄として弟にこれ以上心配はかけられない。胸を張り笑顔を見せて小さく手を振る。
「学校休ませて、ごめんな。気を付けて帰れよ。母さんたちによろしく」
なのにどうしてか鼻がつんっとして、目の前の弟の顔が浮かんできた涙でゆがんでしまうのだ。そんな兄の姿に黄葉も鏡で映したようなそっくりな顔で、感極まったようにぐっと両肩を上げた後、すぐくるっと背を向けた。
「……帰りたくなったら、すぐ呼べよ。いつでも迎えに来るからな」
泣きそうな顔を見られまいと意地っ張りな弟が両手のこぶしを握って下を向いている。その背に向かって尊は穏やかに呼びかけた。
「帰りたくなんて少しも思われないように、俺が努力します。君のお兄さんを、俺に任せてくれて、ありがとう」
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