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第二章 HOW To ヒート!
28 情愛
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「ふつう、アルファがこんな状態でラット起こさねぇの。無理ゲーだろ」
実は今、黄葉は頭が割れそうに痛い。兄のために一番強い抑制剤を飲んで駆けつけた弊害がもろに出ている。
だがそれでもこうして傍に居るだけで、血のつながった相手だというのに、全身が炙られたように刺激される。獲物としてしか相手を見られなくなるような、そんな本能が燃え立つのを止められない。
それほどの濃厚なフェロモンが青葉から立ち上り始めていた。今あまり公用廊下にいることが得策ではないと思っていたほどだ。
相愛相手が他のアルファに抱きしめられているという場面で、尊がこれほど理性を保てるのは驚異的と言えた。しかしよく見れば尊の握りしめた拳は震え、こめかみに血管と汗が滲んでいた。
今すぐ飛びかかってこられてもおかしくない状態に見えたし、黄葉もいつでも応戦できる気持ちでいた。
「あんた……。すげぇな」
思わず口をついたように、感嘆の言葉を漏らす弟の胸から青葉はようやく僅かに頭を上げた。
黄葉は過去に競技場でヒート間近のオメガに充てられ、試合どころではなくなったアルファの選手を目の当たりにしたことがある。獲物の前に解き放たれた獣のような、狂乱ともいうべき様子だった。
精神力だけでどうにかなることだとはとても思えない。裏を返せば、それほどに青葉を愛しているということだ。
(あの、こうくんが人の事褒めるなんて……)
弟はプライドが高くて鼻っ柱が強い。アスリートとしてそれはよい資質と言えるが、才走って生意気であり年上だろうと気に食わない相手には容赦をしない。
尊は苦し気に歪めた眉のまま、唇だけで微笑む。ぽんぽんっと健闘をたたえるように黄葉の頭も撫ぜた。愛情が迸るような優しい手つきで、今度は青葉の頬を包み込む。そして今一度訪ねてきた。
「青葉。家族のところに帰りたい? ……俺は、君の思いを優先したい」
青葉はぐしゃぐしゃっと目元を乱暴に拭うとかぶりを振る。
「やだ、やだ……」
頭の中でこだましていた本音が、いつの間にか口をついて出ていたようだ。幼子の様に駄々をこねて大粒の涙をこぼす青葉が、頭に載った手の温みを頼りに、緩い袖から白い手を伸ばして尊の手に縋る。
「どうしたい? 俺の方、向ける?」
「おれ、いま。泣いて、顏へん。ぶさいくだから……」
「ぶさいく?」
「こうくんに、ぶさいくっていわれた」
「おまえ! 青葉。チクんな!」
「こんなの、見られたくなかったんだ」
尊の気配がさらにふわりと和らぐ。上から押し押しつぶされそうだった、尊からの無言のプレッシャーが完全に霧散し、黄葉はほっと息をついた。
「そんなこと思うわけないじゃないか。どんな青葉でも俺には一番可愛く見える。青葉は俺にとって、そのままで完璧な存在なんだよ。愛してるよ」
「……」
(尊の気持ちは、俺が思うよりずっと……。深くて広いんだ)
その言葉に突き動かされた。顔を上げた青葉は、確かに涙でぐちゃぐちゃで、形よいつんとした鼻の頭も赤くなっていた。鼻水をすすって、弟が手に握らせたハンカチでもう一度顔を拭う。
さっき散々ヘタレ呼ばわりした癖に、顔を見たらやっぱり好きだと思う。少し離れていた時に感じたあの胸のざわめきが収まるどころかまた強く沸き起こる。
青葉はやっと気が付けた。ざわざわの正体は恋心だ。彼を恋しいと感じる、強い情愛。
実は今、黄葉は頭が割れそうに痛い。兄のために一番強い抑制剤を飲んで駆けつけた弊害がもろに出ている。
だがそれでもこうして傍に居るだけで、血のつながった相手だというのに、全身が炙られたように刺激される。獲物としてしか相手を見られなくなるような、そんな本能が燃え立つのを止められない。
それほどの濃厚なフェロモンが青葉から立ち上り始めていた。今あまり公用廊下にいることが得策ではないと思っていたほどだ。
相愛相手が他のアルファに抱きしめられているという場面で、尊がこれほど理性を保てるのは驚異的と言えた。しかしよく見れば尊の握りしめた拳は震え、こめかみに血管と汗が滲んでいた。
今すぐ飛びかかってこられてもおかしくない状態に見えたし、黄葉もいつでも応戦できる気持ちでいた。
「あんた……。すげぇな」
思わず口をついたように、感嘆の言葉を漏らす弟の胸から青葉はようやく僅かに頭を上げた。
黄葉は過去に競技場でヒート間近のオメガに充てられ、試合どころではなくなったアルファの選手を目の当たりにしたことがある。獲物の前に解き放たれた獣のような、狂乱ともいうべき様子だった。
精神力だけでどうにかなることだとはとても思えない。裏を返せば、それほどに青葉を愛しているということだ。
(あの、こうくんが人の事褒めるなんて……)
弟はプライドが高くて鼻っ柱が強い。アスリートとしてそれはよい資質と言えるが、才走って生意気であり年上だろうと気に食わない相手には容赦をしない。
尊は苦し気に歪めた眉のまま、唇だけで微笑む。ぽんぽんっと健闘をたたえるように黄葉の頭も撫ぜた。愛情が迸るような優しい手つきで、今度は青葉の頬を包み込む。そして今一度訪ねてきた。
「青葉。家族のところに帰りたい? ……俺は、君の思いを優先したい」
青葉はぐしゃぐしゃっと目元を乱暴に拭うとかぶりを振る。
「やだ、やだ……」
頭の中でこだましていた本音が、いつの間にか口をついて出ていたようだ。幼子の様に駄々をこねて大粒の涙をこぼす青葉が、頭に載った手の温みを頼りに、緩い袖から白い手を伸ばして尊の手に縋る。
「どうしたい? 俺の方、向ける?」
「おれ、いま。泣いて、顏へん。ぶさいくだから……」
「ぶさいく?」
「こうくんに、ぶさいくっていわれた」
「おまえ! 青葉。チクんな!」
「こんなの、見られたくなかったんだ」
尊の気配がさらにふわりと和らぐ。上から押し押しつぶされそうだった、尊からの無言のプレッシャーが完全に霧散し、黄葉はほっと息をついた。
「そんなこと思うわけないじゃないか。どんな青葉でも俺には一番可愛く見える。青葉は俺にとって、そのままで完璧な存在なんだよ。愛してるよ」
「……」
(尊の気持ちは、俺が思うよりずっと……。深くて広いんだ)
その言葉に突き動かされた。顔を上げた青葉は、確かに涙でぐちゃぐちゃで、形よいつんとした鼻の頭も赤くなっていた。鼻水をすすって、弟が手に握らせたハンカチでもう一度顔を拭う。
さっき散々ヘタレ呼ばわりした癖に、顔を見たらやっぱり好きだと思う。少し離れていた時に感じたあの胸のざわめきが収まるどころかまた強く沸き起こる。
青葉はやっと気が付けた。ざわざわの正体は恋心だ。彼を恋しいと感じる、強い情愛。
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