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青年期 ポスターの肖像
青年期 ポスターの肖像 3
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医務室の扉をノックされ、返事をする前におもむろに開かれる。
そしてずかずかと踏み込んでくる足音で、振り返らずとも相手が誰かがわかって机に向かうセラフィンはあきれ顔だ。
「またお前か」
昨日の演習後から度々怪我人を軍、警官の垣根なく何人も担ぎこんできた男だ。それ以外にもなぜかちょくちょく顔を出してくる。淡くやわらかな金髪にヘーゼルの目というどちらかといえばフワフワとした見た目のくせに、悪名名高い中央警察に入ってきた新人。なぜ新人かとわかるかというと、現在中央の警察組織の再編に当たっている兄のバルクが汚職警官を一掃したのち、上層部に軍関係者を大量に天下らせた結果、ここ数年新卒と中途採用者を大量に採用したのだ。烏合の衆と化さないように、今回入隊3年目までの若者たちを軍と警官の垣根を超えた軍事演習という名の研修にぶち込んでいるからだった。
「患者以外をここにいれるやつはいったい誰なんだ。そいつに罰を与えて貰わないとな」
「俺、患者ですよ。歴とした怪我人です。合同演習、あれ、どうにかしてもらえませんかね。日々潰しあいの体で負傷者続出。休み挟んでまだあと2日も続くんですよ」
セラフィンはあえて振り向きもせずに会話をしているが、相手は気分を害すことがない。
「どうせたいした怪我では」
くるっと回転する椅子をつかってセラフィンが振り返ると、ジルはにこにこした顔をしながら左額からダラダラと血を流していた。合同演習用の服の襟元から肩まで黒いしみができるほどだ。
それなのに振り返ったセラフィンの顔を見て、それはもうただでさえ垂れ目の目じりを下げて蕩けるような笑みを浮かべるから、痛そうなのを通り越して不気味ですらある。
「おい! お前これ縫わないといけないかもしれないぞ」
「え。縫ってもらえるの? 先生の綺麗な顔がすっごい間近で見られる、ふふ。痛ててて」
どういう反応なんだそれはとセラフィンは片眉を吊り上げながら、ぐりぐりと消毒液を浸した脱脂綿をぐりぐりと額に押し付けた。
「そもそも俺は外科が専門じゃない」
「でも腕がいいってみんないってましたよ~ 手先が器用で細かくガンガン縫ってくれるんですぐ復帰できるからありがたいって。いててて。先生! 雑! 傷にぐりぐりやめて」
「わざとやってるんだ。怪我してくるな」
「心配してくれてるんですか~ 優しい」
嬉しそうな声を出されてセラフィンは青い目を三角にして睨みつける。
「俺の手を煩わせるなと言っているんだ。出血は派手だがもう止まりかけている。動いたらまた開くかもしれんがまあ、明日は演習休みだろう? このくらいなら縫わんで大丈夫だ。もういけ」
「えー。だから先生の上り時間は熟知しているっていったじゃないですか。明日は演習休みで研修の中日だから新人みんなで飲みに行こうっていってるんですよ。先生一緒にいきましょうよ」
まだ血だらけの手と顔でおもむろに手を握ってくるからセラフィンは汚いものに触られたかのように手をぱんっと振り払った。しかしまったく彼はひるまない。
「なんで俺がお前と行かないといけないんだ」
「行きましょうよ~ そして俺にその顔の隣で飲めるという幸せを下さい」
にこにこ。悪意ない笑みで顔を近づけてくるこの男。まるで悪びれないがとにかくなんというか。マイペースといわれるセラフィンすらペースを崩され、なぜだか彼のペースに巻き込まれている。
興味がないセラフィンにしつこく自己紹介を繰り返してきたこの青年。ジルといったが、セラフィンの顔をとにかくやたらとじろじろ見てくる。
じろじろと見ては子供みたいにへらへらと笑う。
セラフィンの顔は昔からとにかく綺麗綺麗と言われ続けてきたからその自覚はある。さらにいうと同じ顔の双子の兄がいて二倍目立っていたから、じろじろみられることには子どもの頃は慣れっこだった。しかし大人になってからここまで明け透けに顔を凝視されるのは久しぶりだ。不愉快を通り越してもはやあきれる。
この男、懐っこいのか、面の皮が厚いのか。その両方なのか。
この垂れ目で可愛いともいえる貌に似合わぬ立派なガタイを持つ男との距離を測りかねている。
扉がまた開かれて、後ろに看護師の女性を従えた髭面の男が膠着していた二人に声をかけてきた。
「おお、セラフィン。もう帰っていいぞ。悪かったなあ」
「ツヤ先生。もう帰られたんですね」
本来のこの救護室、引いては軍の医務室の主が戻ってきた。セラフィンは二日だけ頼まれてここにいたが、実際のところここは本来の彼の職場ではなかったのだ。
「ああ、患者がいたのか。どれ俺が引き受けるか」
「いえ、大丈夫です。もう診察終わっています」
「はーい。これから俺と先生は飲みに行きま~す」
「いくとは言って……」
「そうかそうか。セラフィン。お前もたまには若い奴らの混じってくるのもいいぞ」
否定する前にツヤが満面の笑顔でそういったので、世話になっているツヤの手前に否定しにくくなったセラフィンだ。苦々しい顔をしているのに、相変わらずジルはセラフィンの顔を見て嬉しそうにしている。
黒々とした髭面のでっぷり太ったツヤは愛想よさげな笑顔で立ち上がって、小さく礼をするセラフィンの頭をぽんぽんと叩いた。
「俺の留守中、二日も悪かったな。来週からは俺が戻ってくるからお前は研究室に戻っていいぞ」
「承知しました。二日間、貴重な経験をさせてもらいました」
「ああ、寂しいわあ。熊先生の代わりに綺麗な先生が来て、看護師はみんなよろこんでたのにぃ」
「え、先生。来週にはいないってこと? じゃあぜひぜひぜひ!!!! 仲良くなりましょうよ」
そしてずかずかと踏み込んでくる足音で、振り返らずとも相手が誰かがわかって机に向かうセラフィンはあきれ顔だ。
「またお前か」
昨日の演習後から度々怪我人を軍、警官の垣根なく何人も担ぎこんできた男だ。それ以外にもなぜかちょくちょく顔を出してくる。淡くやわらかな金髪にヘーゼルの目というどちらかといえばフワフワとした見た目のくせに、悪名名高い中央警察に入ってきた新人。なぜ新人かとわかるかというと、現在中央の警察組織の再編に当たっている兄のバルクが汚職警官を一掃したのち、上層部に軍関係者を大量に天下らせた結果、ここ数年新卒と中途採用者を大量に採用したのだ。烏合の衆と化さないように、今回入隊3年目までの若者たちを軍と警官の垣根を超えた軍事演習という名の研修にぶち込んでいるからだった。
「患者以外をここにいれるやつはいったい誰なんだ。そいつに罰を与えて貰わないとな」
「俺、患者ですよ。歴とした怪我人です。合同演習、あれ、どうにかしてもらえませんかね。日々潰しあいの体で負傷者続出。休み挟んでまだあと2日も続くんですよ」
セラフィンはあえて振り向きもせずに会話をしているが、相手は気分を害すことがない。
「どうせたいした怪我では」
くるっと回転する椅子をつかってセラフィンが振り返ると、ジルはにこにこした顔をしながら左額からダラダラと血を流していた。合同演習用の服の襟元から肩まで黒いしみができるほどだ。
それなのに振り返ったセラフィンの顔を見て、それはもうただでさえ垂れ目の目じりを下げて蕩けるような笑みを浮かべるから、痛そうなのを通り越して不気味ですらある。
「おい! お前これ縫わないといけないかもしれないぞ」
「え。縫ってもらえるの? 先生の綺麗な顔がすっごい間近で見られる、ふふ。痛ててて」
どういう反応なんだそれはとセラフィンは片眉を吊り上げながら、ぐりぐりと消毒液を浸した脱脂綿をぐりぐりと額に押し付けた。
「そもそも俺は外科が専門じゃない」
「でも腕がいいってみんないってましたよ~ 手先が器用で細かくガンガン縫ってくれるんですぐ復帰できるからありがたいって。いててて。先生! 雑! 傷にぐりぐりやめて」
「わざとやってるんだ。怪我してくるな」
「心配してくれてるんですか~ 優しい」
嬉しそうな声を出されてセラフィンは青い目を三角にして睨みつける。
「俺の手を煩わせるなと言っているんだ。出血は派手だがもう止まりかけている。動いたらまた開くかもしれんがまあ、明日は演習休みだろう? このくらいなら縫わんで大丈夫だ。もういけ」
「えー。だから先生の上り時間は熟知しているっていったじゃないですか。明日は演習休みで研修の中日だから新人みんなで飲みに行こうっていってるんですよ。先生一緒にいきましょうよ」
まだ血だらけの手と顔でおもむろに手を握ってくるからセラフィンは汚いものに触られたかのように手をぱんっと振り払った。しかしまったく彼はひるまない。
「なんで俺がお前と行かないといけないんだ」
「行きましょうよ~ そして俺にその顔の隣で飲めるという幸せを下さい」
にこにこ。悪意ない笑みで顔を近づけてくるこの男。まるで悪びれないがとにかくなんというか。マイペースといわれるセラフィンすらペースを崩され、なぜだか彼のペースに巻き込まれている。
興味がないセラフィンにしつこく自己紹介を繰り返してきたこの青年。ジルといったが、セラフィンの顔をとにかくやたらとじろじろ見てくる。
じろじろと見ては子供みたいにへらへらと笑う。
セラフィンの顔は昔からとにかく綺麗綺麗と言われ続けてきたからその自覚はある。さらにいうと同じ顔の双子の兄がいて二倍目立っていたから、じろじろみられることには子どもの頃は慣れっこだった。しかし大人になってからここまで明け透けに顔を凝視されるのは久しぶりだ。不愉快を通り越してもはやあきれる。
この男、懐っこいのか、面の皮が厚いのか。その両方なのか。
この垂れ目で可愛いともいえる貌に似合わぬ立派なガタイを持つ男との距離を測りかねている。
扉がまた開かれて、後ろに看護師の女性を従えた髭面の男が膠着していた二人に声をかけてきた。
「おお、セラフィン。もう帰っていいぞ。悪かったなあ」
「ツヤ先生。もう帰られたんですね」
本来のこの救護室、引いては軍の医務室の主が戻ってきた。セラフィンは二日だけ頼まれてここにいたが、実際のところここは本来の彼の職場ではなかったのだ。
「ああ、患者がいたのか。どれ俺が引き受けるか」
「いえ、大丈夫です。もう診察終わっています」
「はーい。これから俺と先生は飲みに行きま~す」
「いくとは言って……」
「そうかそうか。セラフィン。お前もたまには若い奴らの混じってくるのもいいぞ」
否定する前にツヤが満面の笑顔でそういったので、世話になっているツヤの手前に否定しにくくなったセラフィンだ。苦々しい顔をしているのに、相変わらずジルはセラフィンの顔を見て嬉しそうにしている。
黒々とした髭面のでっぷり太ったツヤは愛想よさげな笑顔で立ち上がって、小さく礼をするセラフィンの頭をぽんぽんと叩いた。
「俺の留守中、二日も悪かったな。来週からは俺が戻ってくるからお前は研究室に戻っていいぞ」
「承知しました。二日間、貴重な経験をさせてもらいました」
「ああ、寂しいわあ。熊先生の代わりに綺麗な先生が来て、看護師はみんなよろこんでたのにぃ」
「え、先生。来週にはいないってこと? じゃあぜひぜひぜひ!!!! 仲良くなりましょうよ」
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