香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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青年期 ポスターの肖像

青年期 ポスターの肖像 1

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☆番外編です~ セラフィンとジルが若い頃、ジル視点です!

その時はまだ、ジルは中央の高等教育学校に通う学生だった。

 興味がない買い物に6歳年上の姉と母に無理やり連れてこられて、とりあえずお前も並べと並ばされたのは、中央でも一等地にある瀟洒なたたずまいのラズラエル百貨店の香水売り場だった。

 ジルは背も高くまあハンサムに該当する顔だったから、当時からそれなりにモテてはいた。しかしこんなところに来るような大人の女性とは付き合っているはずもなく、女性ばかりがひしめき合う化粧品と宝飾品が目にも鮮やかに煌く2階に及び腰になる。無論立ち寄ったこと自体が初めてだった。

 ジルとしては13も年上の資産家の男性に嫁いだばかりの姉が、学生の間で流行っているネイビーブルーの革靴をジルに買ってくれるというから、のこのこついてきたのだ。しかしただより安いものはなかった。ジルは今日、買い物の手伝いをさせられるのだと百貨店の入り口をくぐったあたりで初めて聞かされた。

 姉の結婚相手はそこそこ金持ちのオヤジなのだから外商にでも言って香水の一つや二つ取り寄せればいいのにと母親はそういって、二人を残して自分はお目当ての売り場に行ってしまった。ジルもとにかく時間を取られて面倒なのはいやだったので激しく同感した。しかし生来我儘な姉はその香水には限定でついてくるおまけであって、絶対に手に入る初日のどうしても欲しいといって聞かなかったのだ。

「だって! そのポスターは非売品なのよ。今を時めく画家のアルフレッド・ミルが惚れ込んだオメガの男性がモデルで描かれているのよ。前に新聞に載った人。この世のものとは思えないほど、とっても綺麗な人なんだから! しかも! その香水自体、その人のオメガのフェロモンを模していて凄く素敵な香りだって評判なのよ!! 」
「なんで発売前なのにそんなことがわかるんだよ」
「雑誌にも新聞にも書いてあった!!!」

 何がそんなにすごいのだかわからないが、姉が色白な頬を紅潮させてやたらと興奮しているさまを冷めた目で見ながら、売り場への続く道を姉弟仲良く歩いて行った。

「男のポスターが欲しいって、姉さんさあ。お義兄さん嫌がんなかったの?」

「まさか! ジャンニはルイード・レイドの演劇の大ファンよ。ポスターの絵に描かれている衣装を手掛けたのはそのルイードなんだから。一昨年まで何回も再演された『アルベリクの番』知らないの? すごく話題になったのに。男の子って本当に何も知らないのね? ジル」

「並ばされる上に馬鹿にされるって……」

「いいから並んで! 限定版と通常版と両方欲しいのよ。なのに陳列棚が売り場の端と端にあるの。両方買ったらポスターが付いてくるんだから」

「それにしたって、たかが香水だろう? わざわざ並ぶ必要なんてないだろう…… え?」

 しかし目の前の光景に目を疑った。美しく着飾った女性たちで売り場はまさに戦場のようなありさまだ。我先にと香水瓶を取り合っているのが恐ろしすぎる。立ち上る香水の香りと混ざり合う女性たちの化粧品の香りにくらっとしる。
 姉は細い腰に手を当てると凛々しく指をさしながら確認をした。

「ジルはあっち。青紫の瓶でラベルが金色っぽい方ね。私は限定版で瓶の蓋にペンダントトップになるガラスが付いている方とってくるから。いいわね! 手に取ったらあっちのほうにいくのよ」

 そこもまた長蛇の列が続いていて最後尾がさっぱりわからないが、女性たちより背の高いジルが見渡すと会計待ちの列のようだ。

「じゃあ、健闘を祈ってるわ。手に入れられなかったら…… いいわね?」

 そういった姉の緑色の目は真剣そのもの。昔喧嘩をした時に物置にジルを閉じ込めたときの姉の顔に似ていた。ちょっとした子供時代のトラウマになっている。物置は暗くてしめっぽくて、母親に助け出されるまで僅かな間だったけど十分に恐ろしかった。

 ぶるっと背を振るわせると、ジルは仕方なく女性の身体に触れないように手を上にあげ、気を付けながらゆっくりと人の波の中を進んでいった。

 女の人の高い声がまじりあい、美しいレリーフや女神の絵が施された天井で反響してまた降り注いでくるようだ。
 思わず耳を塞ぎたくなったが、男子たるものこんなことで臆していてはすたる。どこかに仲間でもいないかと男性を探すが、こんな昼日中に香水売り場に来ているような男は誰一人いなかった。

 背が高く黒い制服姿のジルはそれだけでも目立っていて、目が合うと女性たちが少しだけくすくすと笑い声を立てながら見てくるのがいたたまれず恥ずかしい。

 ようやく順番が回ってきて、ジルは列の最前列にやってきた。

 その時ジルは自分の運命に出会ったのだ。

(嘘だろ…… なんて綺麗な人なんだ)

ジルはライトに浮かび上がった青紫の香水瓶の眩い煌きよりも、その後ろに張られた一枚の絵に釘付けになってしまった。


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