香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
216 / 222
溺愛編

番1

しおりを挟む
 ついに番を得て、セラフィンは身体の奥底から湧き上がる未知なる力が全身くまなく行き渡るのを感じ、自分が完全な存在としてこの世に生まれなおしたような気持ちになった。

 双子の兄と共にこの世に生を受け、その半身と引き離されてからずっと感じていた虚無感。ぽっかりと暗く大きな穴が開いたままのようだった心。それを塞いで余りあるほどの愛や歓びで心は満ち溢れ踊り狂う。

 強い日差しで背が焼かれる感覚を経るほどの長い長い時間。セラフィンは横向きに花々の上に寝転がって、ヴィオを抱えたままゆるゆると胎の中に子種を放ち続け、静かにゆっくりと白い瞼を閉じた。

 目を閉じても眩しい光の紋がゆらゆらと浮かび、火照った身体に風が心地よく吹き寄せる。

(心地いい…… こんなに満ち足りた気持ちになったのは初めてだ)

 途中からラットを起こしていたようだ。長い長い射精が終わりに近づくにつれて、次第に頭は冴え、神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。

 風の起こす空気のうねりと土の匂い。雲が流れて日を陰らせるときの一瞬の気温の下り、遠くで響く鳥の鳴き声、近くを羽ばたく虫の羽音。それらがいつもの何十倍もの鮮烈な刺激をセラフィンに与えてくる。

(これが番を何者からも守りたいアルファとしての本能なのだろうか。今度はひりつくような渇きが湧きおこる。でも悪くない感覚だ)

 文献では何度も行きあたったありきたりな内容だと思っていたが、実際体験してみると想像とはまるで違う。身体中に漲る万能感そして番に対する暴力的なまでの支配欲、そして庇護欲。今腕の中のこの少年を奪われたならば、それが神であっても滅ぼしに向かうだろう。

 少しずつ身体の熱が奪われ小さく震えたヴィオを温めたいと、繋がったままの身体の下から、ぐしゃぐしゃになった赤いショールを引きずって取り出し、肩口から腰のあたりにかけて覆ってやる。温まると安心したのかふと体の力を抜いたヴィオのふわふわとした髪に顔をうずめながら、セラフィンは無意識にその薄い腹を上から手を置いて温めるよう摩った。

 どれだけこうしていたか。天頂にあった太陽が少しだけ傾いた頃、セラフィンはゆっくり起き上がるとヴィオも長い睫毛を震わせた後、焦点が定まらぬ様子であったがゆっくりと目を開いた。

 セラフィンは胡坐をかいた足の間にヴィオを座らせると甘い表情で笑いかける。ヴィオは分かっているのかわかっていないのか夢見るような表情で微笑んだ。先ほどよほど慌てていたのか、ヒップフラスコとぺちゃんこになった笹の葉で包まった菓子が近くに転がっていたのでそれを取り上げと、指の先ほど小さく千切ってヴィオの口元に運んでやった。

「ヴィオ、山を下りるから。少しだけ、これを食べるんだ」

 ヴィオは紫水晶のように濡れて輝く瞳で、婀娜っぽく微笑み、セラフィンの指ごと食んで、くちゃりと咀嚼した。そのままいやらしく指先を舐めまわして口づけを強請りながら顔を近づけようと一生懸命伸びをする。

「せら、もっと」

 その誘惑にひれ伏し、身も心も捧げ尽くしたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢しぺたぺたの唇に一度だけ音を立てて口づけると、手早くヴィオの身支度を整えた。汚れてしまった大切な赤いショールもしっかり身体に巻き付けてる。そして再びヴィオを背負うと、再びぎゅっと細い腕が回され、背中からはころころと甘くひそやかな笑い声が聞こえてきた。

「ふふっ」
「どうした? ヴィオ」

 相手は訪れたばかりの発情期で夢現の間を彷徨う番だ。今はきっとろくに会話もできないだろう。それでもセラフィンは聞き返せずにはいられなかった。それほどまでに嬉し気な甘い調べはセラフィンの身体に染み入ってくる。

「せら、すき。ずっと、いっしょ」

 意識がふわふわ夢心地の中でもセラフィンを慕い、摺り寄せる身体が愛おしくて、セラフィンは柄にもなく大声を上げて高らかに叫んだ。

「ああ、そうだな。ずっと一緒だ!」

 気持ちが高まり、知らずに涙が伝い、零れ落ちてしまった。
 セラフィンはそれを隠さずに空に向かってしっかりと顔を上げた。こんな山の中、セラフィンの涙を見とがめるものなど誰もいない。しかしたとえ誰かに見られたとしても構うつもりなどなかった。それどころか誰もかれもに言って歩きたい心地だ。陽気で浮ついた男のように、高らかに笑い叫び声を上げながら歩きたい。

『この世で一番大好きな相手と番になれたんだ! 泣いたって笑ったっていいだろう?! みんな祝福してほしい』と。
 一歩一歩と踏みしめるように今まで以上に力強く。セラフィンはヴィオと共に歩き出した。


 












しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

処理中です...