香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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溺愛編

発情1

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 ぐったりと荒い息をつきぐったりしたヴィオを抱えなおし、セラフィンは振り返るとアガに向かって呼びかけた。

「アガさん! ヴィオが!」

 この事態も想定していたはずだが、実際になってしまうと僅かに冷静さにかいてしまったセラフィンだ。腕の中のヴィオは長い睫毛を伏せて苦しそうに喘いでいる。一刻も早く安全な山小屋まで戻りたいところだ。

 しかしアガは離れた場所から両手の拳を握りしめたまま微動だにせず、ただ二人から距離を置いて厳格な目線だはけ外さない。まるでそこに透明な壁でもあるかのようなその姿に、同じアルファ性をもつセラフィンはすぐに勘付いた。

(親子であっても、この二人はアルファとオメガだ)

 数が多いわけではないが、親子兄弟間のアルファとオメガの間で番契約を結んでしまう悲劇がないわけではないのだ。現にソフィアリのフェロモンに双子であるセラフィンも強く反応を見せた。番を失ったアルファであるアガがラットを起こせば、意図せずセラフィンとの間に血で血を洗う争いを起こす可能性すらある。今のままではアガはヴィオの近くに寄ることも、勿論触れて負ぶうこともできないのだ。

 抑制剤を朝も服用したはずのセラフィンですら正気を保つのに必死になるほど強いヴィオのオメガフェロモン。完全にヒートが始まればもはや止めようがなく、今の段階でも寮の一件で使った副作用の強い強烈な抑制剤が必要になるがこの場所はおろか山小屋にも持ち込んではいない。そもそもヴィオの身体に負担がかかるため二度と使いたくはない。

 セラフィンはアガの手を借りることは諦め、すぐに頭を切り替えた。
 ヴィオを抱いたまま再びゆっくりとしゃがみこんで真っ赤な顔をした彼を岩場を避け、草の上に座らせる。そして手早く背負っていたリュックを地面に下ろした。腰からぶら下げていた鉈すら床に置き、ヴィオの宝物である赤いショールを自らの首に巻くと、防寒用の上着を取り出してヴィオに着せかける。それ以外の荷物は全て尾根に置き去りにするつもりで、代わりにヴィオを背負いあげた。

 まだなんとかヴィオもセラフィンの首根っこに縋ることができていたが、布越しにも首筋から漏れるアルファのフェロモンをすんすんとかいではショール越しに耳の下あたりを子犬のように甘噛みをしてきた。

「くるしぃよお、セラ、セラぁ」
「ヴィオ、頑張るんだ」

 呼びかけに答え、ヴィオは唇をぎゅっと噛みしめさらにセラフィンの背に強く抱き着いた。幾ら細いといえど成人したヴィオの身体は背丈も、それなりの重さがある。昨日から酷使し山を登り続けた脚や腰、ヒビがやっと治ったばかりの腕と満身創痍のセラフィンの身体にその重みはずしりと答えたが死んでもヴィオを落とすつもりはなかった。

「俺がヴィオを背負って、里の岩場まで降ります」

 元の里の岸壁の麓までは背負ってでも降りられる。問題は山小屋との間、険しい道ばかりが続くが、特にあの滝のある崖だ。ヴィオを背負ったまま降りることは困難で、滑落した場合二人とも命すら危うくなる。

(滝の上まではいけても、そのあとは一人で降ろすことはできない。アガさんがヴィオに触れるためには……。ヴィオを今番にするしかない)

 それはアガにもわかっていたのだ。彼は少し離れた場所から首に巻いていた赤いスカーフのような布で口元を覆うと、足早に二人に近づいてきた。

「先に山小屋まで行って釘とロープをとってくる。あの滝の上でお前たちを待つ。……ヴィオはお前に任せた」

 アガはセラフィンの荷物を拾い上げ、すれ違いざまにそう迷いなく告げると、ただ前だけを見て足早に立ち去ったのだった。セラフィンはただその大きな背中を見送り、深く首を垂れた。

(必ず、この試練に打ち勝って見せます。ヴィオに傷一つ負わせません)

 上から眺めていたアガの姿が岸壁の蔭から見えなくなってから、セラフィンは決意も新たにヴィオを背負って歩きだした。

「ヴィオ……。懐かしいな。昔、里に泊った時も、お前が眠ってしまって、背負って歩いたことがあった。あの時お前は羽のように軽くて……。すごく大きくなった」
「……うん」

 他愛ない話をしていないと意識が飛んでしまいそうだ。
 ヴィオの香り、縋る体温、背中の重み。
 そこから湧き上がる感情は凡そ穏やかなものばかりではない。

(今すぐ俺のものにしたい。この場に引き倒して、噛みついて、犯し尽くしたい)







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