211 / 222
溺愛編
あの山里へ8
しおりを挟む
セラフィンは柱に近寄ると手を当て瞑目した。かつて人々の声でにぎわった里の跡地に、今聞こえるのは風の音ばかり。アガは大地の女神の祠に手向けるためその場に咲いていた草丈の低い白い花を摘み、ヴィオは小さな岩に腰を掛け、相変わらず赤い顔をしてふうふうと荒く息をつく。しかしもはやセラフィンもアガも、ヴィオに何も言わない。雲が次から次に流れ、風がびゅうびゅうと轟音を立て吹き抜ける。セラフィンは気力だけでよろよろと立ちあがったヴィオの上着の前を掻き合わせてボタンを留めて、勇気づけるようにその肩を強く抱いて引き寄せた。
かつては多くのものが住んでいたという里は、今は岩場にただ鳥の声、風のうねりが残るばかりで物寂しく静まり返っていた。そこから尾根伝いに歩けば、ついに山頂はもうすぐそこだった。山頂を少し越え、反対側の尾根に近いところにある大地の女神の祠を目標に歩き始めた。
もはや山頂は目前で、周りの山々と比べても蒼天すら手に届くほど高い位置にいると言えた。
その時だった。一瞬気持ちが緩んだのか、目の前を歩くヴィオの身体がついにぐらりと大きく傾いだのだ。セラフィンは飛びつくように腕を伸ばして、膝を岩場につくとその細い身体をしっかりと腕の中に抱き止めた。ヴィオの身体は内側から炎を帯びているように熱く、フェロモンはこんなに風の強い場所であっても感ぜられるほどに身の内から泉の如く滾々と湧き上がっている。
ヴィオは仰向けに上半身をセラフィンに抱えられて、心配げにのぞき込む彼の顔越しに青い空と白い雲が飛ぶように流れていくのをぼんやりと仰ぎ見た。
アガは彼らをその場に残してそのまま先を急ぎ、大地の女神の祠に花を手向けると、早々に取って返してきた。
手を伸ばせば指先が届きそうな大空。両手を大きく空に伸ばしている息子は愛する男に抱かれたまま大地の女神、天空の神、そして一族の魂に神聖なる祈りを捧げているかのようだった。
「母さん、叔父さん、叔母さんたち。そして里のみんな。僕の番になる人を連れてきたよ」
そのひそやかな呟きは風に乗ってアガの耳にも届いていた。アガはぎゅっと瞳を瞑ると、眉間にしわを寄せたまま自分も大空を仰ぎ見ながら大きく頷いた。
セラフィンは挨拶をするかのようにヴィオを抱えて立ちあがり、周囲の山々にこだまするほど朗々とした声を張り上げた。
「一族の大切な息子、ヴィオと番になることを、どうか私にお許しください!」
その声は山々を渡り遍く響きわたり、稜線に溶け込むように消えていく。
ちょうどその時、一羽の鷲と思わしき大きな鳥の影が二人の頭上をゆったりと旋回し、またどこかへ飛び去って行った。二人に思わず顔を見合わせる。それが天からのまるで答えのように感じたのだ。
「セラ、セラ!」
ぎゅっとセラフィンにしがみ付いたヴィオから刹那、目の前が真っ赤に色がついて見える程の強烈な香りが爆発的に広がる。
(寮での香りに匹敵するほどの強さだ。ついにきた!)
「ヴィオ!」
涙目になったヴィオも自分自身で自覚があるのか、こみ上げる様々な衝動に叫び声を上げそうになる口を手で覆い、こくこくと首を振って何とか頷いた。
「ヒートだ。ヒートが始まった」
かつては多くのものが住んでいたという里は、今は岩場にただ鳥の声、風のうねりが残るばかりで物寂しく静まり返っていた。そこから尾根伝いに歩けば、ついに山頂はもうすぐそこだった。山頂を少し越え、反対側の尾根に近いところにある大地の女神の祠を目標に歩き始めた。
もはや山頂は目前で、周りの山々と比べても蒼天すら手に届くほど高い位置にいると言えた。
その時だった。一瞬気持ちが緩んだのか、目の前を歩くヴィオの身体がついにぐらりと大きく傾いだのだ。セラフィンは飛びつくように腕を伸ばして、膝を岩場につくとその細い身体をしっかりと腕の中に抱き止めた。ヴィオの身体は内側から炎を帯びているように熱く、フェロモンはこんなに風の強い場所であっても感ぜられるほどに身の内から泉の如く滾々と湧き上がっている。
ヴィオは仰向けに上半身をセラフィンに抱えられて、心配げにのぞき込む彼の顔越しに青い空と白い雲が飛ぶように流れていくのをぼんやりと仰ぎ見た。
アガは彼らをその場に残してそのまま先を急ぎ、大地の女神の祠に花を手向けると、早々に取って返してきた。
手を伸ばせば指先が届きそうな大空。両手を大きく空に伸ばしている息子は愛する男に抱かれたまま大地の女神、天空の神、そして一族の魂に神聖なる祈りを捧げているかのようだった。
「母さん、叔父さん、叔母さんたち。そして里のみんな。僕の番になる人を連れてきたよ」
そのひそやかな呟きは風に乗ってアガの耳にも届いていた。アガはぎゅっと瞳を瞑ると、眉間にしわを寄せたまま自分も大空を仰ぎ見ながら大きく頷いた。
セラフィンは挨拶をするかのようにヴィオを抱えて立ちあがり、周囲の山々にこだまするほど朗々とした声を張り上げた。
「一族の大切な息子、ヴィオと番になることを、どうか私にお許しください!」
その声は山々を渡り遍く響きわたり、稜線に溶け込むように消えていく。
ちょうどその時、一羽の鷲と思わしき大きな鳥の影が二人の頭上をゆったりと旋回し、またどこかへ飛び去って行った。二人に思わず顔を見合わせる。それが天からのまるで答えのように感じたのだ。
「セラ、セラ!」
ぎゅっとセラフィンにしがみ付いたヴィオから刹那、目の前が真っ赤に色がついて見える程の強烈な香りが爆発的に広がる。
(寮での香りに匹敵するほどの強さだ。ついにきた!)
「ヴィオ!」
涙目になったヴィオも自分自身で自覚があるのか、こみ上げる様々な衝動に叫び声を上げそうになる口を手で覆い、こくこくと首を振って何とか頷いた。
「ヒートだ。ヒートが始まった」
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
【陽気な庶民✕引っ込み思案の御曹司】
これまで何人の女性を相手にしてきたか数えてもいない生田雅紀(いくたまさき)は、整った容姿と人好きのする性格から、男女問わず常に誰かしらに囲まれて、暇をつぶす相手に困らない生活を送っていた。
それゆえ過去に囚われることもなく、未来のことも考えず、だからこそ生きている実感もないままに、ただただ楽しむだけの享楽的な日々を過ごしていた。
そんな日々が彼に出会って一変する。
自分をも凌ぐ美貌を持つだけでなく、スラリとした長身とスタイルの良さも傘にせず、御曹司であることも口重く言うほどの淑やかさを持ちながら、伏し目がちにおどおどとして、自信もなく気弱な男、久世透。
自分のような人間を相手にするレベルの人ではない。
そのはずが、なにやら友情以上の何かを感じてならない。
というか、自分の中にこれまで他人に抱いたことのない感情が見え隠れし始めている。
↓この作品は下記作品の改稿版です↓
【その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/33887994
主な改稿点は、コミカル度をあげたことと生田の視点に固定したこと、そしてキャラの受攻に関する部分です。
その他に新キャラを二人出したこと、エピソードや展開をいじりました。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる