香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

あの山里へ6

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「アガさん、ヴィオは貴方のことも里のことも。とても大切に想っていますよ。ここにいる間は外の世界ばかりがよく見えて、ここではないどこかに旅立ちたい気持ちで羽ばたく練習ばかりをしていたかもしれません。一度飛び立ったらもう二度と戻らないように見えたかもしれない。でも人は自由に飛び回れるようになったら、それはそれで、また違った高い目線で今までいた場所を見下ろし新しい発見もすることができる。ヴィオは今そんな風に、自分の羽で羽ばたきながら世界を違った目線で見て学んでいる最中です。俺はそんなヴィオについて、一緒にいつまでも、どこまでも飛んでいきたい。そのために身を軽くする準備はもうできています」

 それはセラフィンが今までの経歴や人生を脱ぎ去って、一からヴィオと共にある人生をやり直す準備ができたという決意を表していることに他ならない。
 この中央貴族出身の青年医師は、アガにはできなかった里を出てルピナと沿うという選択肢を迷わず掴もうとしている。アガが再び口を開きかけた時、暗がりから小さな声がした。

「セラ? 父さん?」
「ヴィオ。目が醒めたんだな」

 愛らしい呼びかけにセラフィンはすぐに反応して彼を迎えに歩いていった。そして赤いショールでヴィオの上半身を包みなおすと壊れ物でも扱う様に丁寧に抱き上げて二人が座る平椅子までやってきて、抱き上げたままそこに座りなおした。

 ヴィオはまだ半覚醒なのか、とろとろとした表情のままうっとりとセラフィンの胸に抱かれ凭れている。その表情はかつてアガが若き日の妻から向けられた甘えている時の貌によく似ていた。どこまでもヴィオを溺愛し、世話をやこうとするセラフィンも同じく蕩けるような眼差しでヴィオを見つめていた。
 二人の仲睦まじい姿に、若き日のアガと妻との思い出が重なる。

『アガ、ずっと傍にいてね。ずっとよ』

 若く甘い妻の柔らかな声が脳裏に蘇り、アガはたまらず立ち上がった。

「風呂の支度をしてくる。お前たちは食事を続けていろ」

 そう言い捨てると二人に背を向けて逃げるように外に飛び出していった。セラフィンはその姿に強い男の孤独と寂しさを見て、ほろ酔いにも誘引され涙の被膜が張りそうになったが、すぐに腕の中の最愛へ意識を向きなおした。

(アガさん、なによりも誰よりもヴィオを大切にします。約束します)

 くたりと脱力し顔が胸から少しでも離れるとむずがる赤い顔、熱い身体を摺り寄せるヴィオを抱えなおして、セラフィンは燃えるように熱い額に誓う様に口づけた。



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