香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

あの山里へ4

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「トイレは外にあるよ。初めて来たとき外のトイレが怖すぎて父さんについてきてもらったんだ。外は里より真っ暗だしね。お風呂も外の薪棚の向こうに屋根だけある小屋があるんだけど、そこにあるよ。薪を入れて湯加減調整しながら入るから、セラが入る時は僕が薪を入れてあげるね」

 二人で前後ろにマットをもって部屋の中に戻ってきたが、しかしマットを運ぶ足元が揺れて取り落しかけてふらついたことにセラフィンはすぐさま気が付いた。マットを木の床に放り投げると慌てて駆け寄ってきた。

「ヴィオ! 大丈夫か? さっき手を握った時熱かった。また微熱がでているんじゃないのか?」

 そう言って手を握ってきたが、確かに自分でもなんだか顔の辺りがぽっぽと熱いと感じていた。しかしヴィオは体調不良が知れるのが怖くて部屋の中が薄暗く顔色が図れないことをいいことに一歩身を引く。

「……平気だよ」

 そのまま食事の準備にいこうとするのをセラフィンは許さず、両肩を強く抱いて腰かけられる高さの床にヴィオをすとんと座らせ、額に優しく口づけた。

「少し休んでいなさい。俺がアガさんと食事の準備をするから」
「うん。ありがとう」

 斜め後ろにあった柱に寄りかかってヴィオが幼げな顔でうつらうつらとしている間に、セラフィンはアガと共に、食事の準備、風呂の支度と割と息があった様子で進めていった。小屋の中は小さなランプの明かりが天井からと食卓の上と、そして床に置かれているほか、すっかり暗くなったが、幸い今日はほぼ満月と言ってよく、雲一つない空からの月明かりが皓々と眠るヴィオを照らしていた。

「先生、その鍋に半分ぐらい水を貯めて沸かしておいてくれ。水はそこの……」
「水甕の中ですね。何を入れて炊きますか?」
「その青菜と裂いた干し肉、平たい豆は一度炊いてあるからすぐ火が通る。机の上にあるさっき取ったキノコもいれる。そっちの袋に入った香辛料を一緒に入れてくれ。そのまま少し煮ればいい。パンは軽く炙ればもう食べられるが……。ヴィオを起こすか」

 セラフィンによってマットの上に寝かされ、母のショールとセラフィンの上着をかけられたヴィオはすっかり寝入って起きる気配がなさそうだ。手早く鍋を準備すると、男二人はそれぞれが一番の愛情を注ぐ存在をじっと見つめながら、鍋が煮立つ間重たい平椅子を引いて向かい合わせに腰かけた。

「少し微熱があるようです。そろそろ初めての発情期が来る手前まで来ていると思います」

 セラフィンの告白に、アガは少しも驚かずに静かな表情で頷いた。

(番を失ったアルファは再びフェロモンを感知する受容体が活性化するはずだ。多分ヴィオのオメガフェロモンに気が付いているはずだ)

 アガはヴィオの様子もわかっていて、同行を許してくれたということだ。やはりセラフィンにとって今夜が人生一番の大勝負となることは間違いない。

 青銅のコップをセラフィンに差し出してきた。水かと思って一気に煽ろうとしたが琥珀色の液体であることに目前で気が付き刹那手を止める。
 しかし圧倒的なアルファの圧力と金色に耀きかける瞳をもってアガがこちらをうかがう気配を感じて、セラフィンは僅かに妖艶な口元を吊り上げるとなみなみと次がれたその酒を一滴残らず飲み干すと挑発するように杯をアガの前に差し置いた。
 男というには艶美すぎる月明かりに発光してさえ見える美貌は一種の迫力を産み、アガとは別の威圧を相手に与えてくる。

「今日は相棒に代わってもらうことはできんぞ?」
「望むところです。貴方の心行くまで一晩中でもお付き合い申し上げます」
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