香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

あの山里へ1

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セラフィンはリアが客室に通し、ヴィオは一月ぶりに自分の部屋に帰ってきた。子どもの頃から見慣れた窓辺の景色、住んでいた頃は感じなかった部屋の独特の匂いにあの日慌てて出てきてしまったせいで、いまいち片付いていないざらざらの木机の上。それら全てが懐かしく感ぜられた。できればこのまま寝台の上に転がってゆっくり休んでしまいたい気持ちにかられたが、父が山に入ってしまって中々帰ってこない場合、やきもきしながら帰りを待つことは避けたかった。

(父さんと三人だけでゆっくり話せるチャンスだもの。頑張ろう)

父は何故か先に準備をしに行ってしまったので、しびれを切らしたリアに促され、先にヴィオとセラフィン、リアとで里の伝統的な山菜、豆を挽き発酵させた生地のパン等昼食取った。久しぶりの故郷の味にヴィオは身体の奥底から温まり力が湧いてくる心地になる。

(やっぱり里の食事は落ち着く……)

モルス家では外国の珍しい食材、調理法、味付けなど沢山堪能させてもらったが、伝統的なドリの里の食事とは違い、正直身体に合わぬものもあった。目ざといマリアとセラフィンはそれを見抜いてなんとか里の食事に近いものを用意もしてくれたが、やはりヴィオからすると味付けからしてまるで違っていた。フェル族の研究者でもあり、彼らの伝統食を医食同源の考えから見て評価しているセラフィンはヴィオの体調不良の一因になっているのだろうと非常に心配してくれたが、ヴィオとしては中央の生活にも慣れていきたいと考えていたので複雑な気持ちだった。

(僕はずっと、山で取れるものとか地元の野菜とか使った料理と、里に昔から伝わる味付けで育ったから慣れているけど……。見た目も地味だし……。先生にはどうなのかな?)

隣りのセラフィンがこの素朴な料理を気に入るか気にかかったが、彼はいつも通り美しい所作で口元に料理を運び、目が合うと優しく微笑んでくれた。

「父さん、森の学校の先生伝いにヴィオがセラフィン先生のところにいることは伝えてもらってたけど、ヴィオからの便りも待ってたはずよ。毎日ヴィオみたいに郵便屋さんが来る時間にはなんとなく通りの近くまで降りていたもの。だからきっとちょっと今は複雑な気分なのかもしよ。ヴィオが急に先生を連れて帰ってきたんだもの」

急遽、こちらに戻ることを決めたので、電話の引かれていないドリの里や森の学校に当てた郵便よりも先に二人がついてしまっていたようだ。この地域は配達所の都合で郵便が遅れることはままある。

ジブリールとセラフィンとが森の学校を通じてアガに連絡を取ってくれていたことはヴィオは一応知ってはいたのだが、自分でももっと早くきちんと手紙を書けば父も態度を軟化させてくれたのではないかと、今さらながら後悔した。

食事を終えるとすぐにヴィオは入山する支度にとりかかった。中央から着てきたモルス家が用意してくれた優美で柔らかな生地の白っぽい服装から、生地のしっかりした砂色の長袖長ズボンに着替え、ひざ丈までの厚手の靴下をきっちり履いた。足首までをしっかり紐で固められる靴に、日頃父について山に入る時に使っていた革の手袋や鉈など次々に荷物を集めていく。セラフィンも今回の里帰りでは許しを得られたら元の里の場所まで行きたいと希望していたので、山に入る準備はしてきている。山小屋にはそれなりに食事をする道具などは置いてあるが、大抵の食材は行くたびに持って行かばならない。それも大きなリュックに詰め込んだ。日頃何とも思わぬ重さのそれを背負ったら、ヴィオは何故だか今日は足元がくらりとして壁に手をついてしまう。

(少しだけ頭がくらくらした。でもそんなこと言ったら二人に置いて行かれちゃう。すぐ良くなるだろうから……。大丈夫だよね)
























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