香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
202 / 222
溺愛編

帰省5

しおりを挟む
 セラフィンには耳慣れぬ言葉だろうとすかさずヴィオが二人の間に割って入った。

「セラ、道普請っていうのはね、山の中の道を補整して無くさないようにすることなんだよ。人が手を加えないと、あっという間に草木が茂って道なんてなくなってしまうから。父さんは月に何度も一族の山まで通って、道筋を皆のために作ってくるんだ。これから入るってことは小屋に泊って、明日の朝山頂まで行くってこ?」
「そうだ」

 一族の山への道は、この里を離れたものがいつでも元の里の場所まで歩いていけるようにする作業だが、途方もない手間と時間がかかる作業でもある。
 父がその作業を一年のほとんど一人で行っていることをヴィオはよく知っている。もちろん元の里の位置の手前に作った誰でも泊れるになっている山小屋までの大きな道は、年に何度かやってくる里出身の若者たちも手伝ってくれている。しかしそこから里のあった位置すら超えた山頂までの道筋は、父が一人で根気よく通したようなものだ。

 母や一族の大半が眠る土地とそれに続く天空に近い山の尾根へ続く道を作ること。
 それは今の父にとって、この上なく大切な作業で、そんな風に言われてしまったら二の句を継げない。セラフィンとヴィオとがアガに切々と語りたい、二人のこれからに関わる大切な話を、こんな道端で掻い摘んで話すなど当然あってはならない。

 (父さん……僕らの話を聞きたくなさそう)

 用事があるのは本当なのだろうが、しかしアガが意図的に話を先送りした気配も伝わる。セラフィン眦に力を籠めると腹をくくってアガに頭を下げた。

「その作業に私も同行させてください」
「僕も行くよ! 父さん。連れて行って」
「……好きにしろ」

 すぐさま山に向かっていく勢いの父の前に、弟たちの後ろにそれまで静かに控えていたリアが回り込み、腕を広げるような格好で素早く立ちふさがった。

「父さん、まって、待ってよ。とりあえずヴィオたちに食事はとらせてあげて。父さんだってお昼ご飯まだでしょ? そんな手ぶらで山に入るはずないわよね? それに山に入るんだったら、ヴィオにだって自分の部屋で色々支度もあるだろうし。先生にも荷ほどきしていただきたいわ。父さん、先生にはうちに滞在していただいて構わないわよね?」

 迫力ある眼差しで父からギロッと睨みつけられてもリアはまるで意に介さず、自分の意見が正しいと貫く気満々だ。父は返事をしなかったが、しかしそれを肯定と受け取ったリアはにこっと笑うと腰に手を当て二人に向き直った。
「さあ、家に帰りましょう。しっかり昼食をとって、出発はそのあとでいいわね?」

(やっぱり僕よりずっと、姉さんの方が強くてカッコいいや。実は一番里長に向いているのは姉さんなのかもしれない。頼もしいや)

 リアは容姿はややアガに似ているが、性格は大胆で陽気な性格だったという母親のルピナ似だと叔母が言っていた。リアは父がヴィオばかり可愛がるとか言っていたが、娘のリアはやはりアガにとって特別な存在だとヴィオは思う。返事をせず不承不承の時もアガは大抵リアの意見は聞いて通してやっているように思うのだ。

 しかしこれは追い風と言えた。取り付く島もないように思えた父だが、姉のリアが二人の味方になってくれたことで、むしろ三人で話をする機会に恵まれたのではないかと、ヴィオはほっと胸を撫ぜ下ろした。










しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん
BL
【何度失っても、日常は彼と創り出せる。】 ────────── 身の回りのものの温度をめちゃくちゃにしてしまう力を持って生まれた白希は、集落の屋敷に閉じ込められて育った。二十歳の誕生日に火事で家を失うが、彼の未来の夫を名乗る美青年、宗一が現れる。 力のコントロールを身につけながら、愛が重い宗一による花嫁修業が始まって……。 ※シリアス 溺愛御曹司×世間知らず。現代ファンタジー。 表紙:七賀

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

処理中です...