香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

帰省2

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 くすっと妖艶に笑われ、そのまま柔らかなサクランボのように色づく唇を啄まれ、ヴィオは座席からずり落ちながらへなへなと腰砕けになってしまった。

(セラのせいなのに。ひどいよ)

 顔を離すと潤んだ瞳で上目遣いにこちらをみあげてくるヴィオにセラフィンこそ囚われてしまいそうで瞳を反らすと、大きく窓を開けて冷たい外気を風を吹き込ませた。

「じゃあ、真面目な話でもしてお互いに頭を冷やそう。昨日あの後ジルから連絡があった。再会した日にヴィオが掴まえてくれたあのひったくり犯の依頼者が分かったんだそうだ」
「あれはベラさんがあの人に頼んじゃなかったの?」

 再会してひと月。色々なことが多すぎて忘れていたが、確かにそんなことがあったとむしろ懐かしく思い出す。

「ベラのことも一因ともいえるが……。犯人は残念ながら身内も身内、軍のしかも病院の関係者だ」
「??」
 軍医であるセラフィンがいわゆる同門の人間からそんな嫌がらせを受けたことにヴィオは驚いたがセラフィンの説明はこうだ。

「俺が自宅療養中に俺の研究室関係が色々荒らされて、その犯人を捕まえてみたら残念ながら軍の、それも記念病院に勤めている従軍経験がある医師だった。彼はベラから接触を受けていて、俺の本を読んで俺がベラと組んで、フェル族への実験的な投薬についての追及を行うのではないかと恐れていたらしい。俺に対する脅し半分に人を雇ったり、資料を探して部屋を荒らした。そんな自供をしたそうだ」

 セラフィンが出版したフェル族についての文献の内容は、フェル族が長い間この国防において重要なポジションにいながらも、非人道的な扱いを受けたという印象を与えかねない部分があった。ベラの恋人のように投薬が引き金になり命を落としたものもいたが、潜在能力が低いものでも獣性をうまく引き出すことができたことから身体能力の短期間の向上を用い、戦火の中でも無事に帰還することができた。しかし投薬の影響なのかそれはまだ完全に実証する段階には至らなかったが、多くの里を周ってセラフィンが集めた記録の中には、投薬を受けた(もしくはそれと思わしきものを摂取した)ものの中に、その後男性不妊に悩まされたものもいたとセラフィンは著作の中で言及している。
 もちろん他人に進んで話したがらないものも多く、本の中では個人の特定を避けるために細かな内容は伏せたが軍には調査結果の一部を提出していた。従軍した上の世代にあまりいい顔をされなかったが、現在軍にはラグ・ドリの活躍以後、フェル族出身で階級を昇りつめたものも多く、彼等には強く興味を持たれたようだ。

「セラにはもう危険はないの? 大丈夫なの?」

 色々と難しい話でもあったが、それよりなによりもヴィオにとって大切なことは愛する者の身の安全だ。セラフィンは彼の隣に座りなおすと安心させるように楚々としたミュゲの花の如く馨しい身体を抱き寄せた。

「そもそも一介の医師の俺にできることなど限られているから、今後はもう危険はないだろう。副作用も大きい薬など非常時であったとしても人道的に使わないように越したことはない。この件は議員としてのバルク兄さんや軍部に顔の利く大叔父上たちモルス家の全体で重く受け止めて調査、場合によっては補償をしていく方向に向かうと思う。俺の血の半分であるランバート家は、元々この国に住み、今は亡き王族よりも古からこの地を支配してきた。この国に生きるものは大部分が身体的には華奢な民族的特徴をもつから、他国からの侵略に備えてフェル族の猛者たちを自分の身を守るために寄せ集めたようなことを言っている。でもそんな僅か数百年程度の歴史、実際はどうか分からないだろ? 同じようにこの国に住む人間が助け合って暮らすことに越したことはない。そこに貴賤はないだろう?」

 中央では一昔前はフェル族の人間が付ける仕事は肉体労働を行う人夫、良くて軍人程度だったらしい。能力に恵まれた人でも貴族社会の中では一段下に見られてきた歴史がある。これはセラフィンが中央に来てからヴィオが一人で暮らしていくためにはと教えてくれたことの一つだ。
 ヴィオはフェル族で、しかも男性オメガ。一族の中では生き神様のように扱われ、しかし一歩外の世界に出れば虐げられた同胞もいたという歴史も背負う。
 生きていくには枷ばかりの存在なのだとはたから見たら思われるのだろうと想像がついたが、セラフィンがいたから怖くはなかった。

 
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