香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

再会2

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 あまり覚えていないという言葉に甘え、ほっとする気持ちと共に、だからといって自分がヴィオに行ったことが許されるわけではないと自戒し、カイは重い口を開いた。

「ヴィオ」
「なあに?」

 返事を返してきた声は昔のように優美であどけない。ある意味仇とも言える存在まで堕ちてしまったカイと正面から対峙した状態で、そんな風にヴィオが自然でいられる訳はただ一つだ。

(モルス先生が傍にいるなら、お前はそんなにも昔みたいに明るく無防備でいられるんだな)

 カイの脳裏に安堵と一抹の寂しさが過り、重々しい雰囲気を察してうつむいたヴィオと共にお互いに黙ってしまっていたが、上品な笑みを浮かべた給仕係がテーブルに茶器や香ばしく甘い香りを漂わせた焼き菓子が運ばれてきて緊張感が緩む。

「お前の気持ちを一つも顧みずに無理やり番にしようとして、すまなかった」

 そう言って、カイは軍人らしく両側を綺麗に刈り込まれた頭を深々と下げた。
 年の離れた従兄のそんな姿に戸惑いつつ、ヴィオは少しだけ歎息して口を開いた。

「……いいよ。もう、許してあげる。でも兄さん、なんであんなに強引だったの……。父さんと約束したから、どうしても僕のこと番にしたかったの?」
「……それは違う。愛しているといった気持ちに嘘はない。お前だったから。お前のことが好きだったから、番になりたいと思ったんだ」

 がたんっ、と隣のテーブル席から何やらものが倒れた音がしてきたが、ヴィオは気にせず真摯にカイの話を真正面から受け止めた。

「でも、リア姉さんがオメガだったらリア姉さんと番う気でいたんでしょう? それなのに僕のこと愛してるって……そんなのへんだよ。カイ兄さん。いつから僕のこと好きだったっていうの?」

 ヴィオは咎めるような口ぶりだったがその声には以前のような気安さがあり甘えを含んで耳に優しかった。カイも肘をテーブルについて両手を組み合わせた姿勢のまま、男らしく端正な顔を恥ずかしがり屋の少年のように赤らめた。

「里長が番を娶せるのが伝統だから年がより近いリアと、ヴィオを平等に扱わないと行けないと思ったからだ……。でも俺は……。モルス先生が来た頃、俺も里帰りしたろ? あの時……。部屋で眠っているお前からすごくいい香りがしてきて。お前は俺のためのオメガだと思ったんだ」

 母の形見のショールにくるまり、手習いを綴った帳面を手に持ったまま泣きつかれて眠るヴィオからは、甘く清純で鈴蘭のように可憐な香りが漂っていた。
 あまりに幼く触れることもはばかられたが、あの時からカイはヴィオのことを恋しい特別な相手として意識し始めた。

「先生が…… 里に来た頃……」

 記憶を巡らせ、ヴィオはあの頃の自分の気持ちを探る。
 すると急にある確信が火花を散らしながらパチパチと頭の中に沸き起こった。ヴィオも負けぬぐらいに顔を真っ赤に染め、わあっ!と大声を上げそうになった口元を片手で覆う。

 (僕! あの頃、先生が中央に帰ってしまって、悲しくて哀しくて……、いつもいつも心の中で先生会いたい、そばに来てって叫んでたんだ)

 恋しくて、また会いたくて。でも幼いヴィオには、どうすることもできなくて。
 その狂おしい気持ちが誘引となり、未熟ながらもオメガとしての本能が初めて目覚める兆しとなったのかもしれない。そしてアルファのカイが気づくほどのフェロモンが溢れ漂った。小さなヴィオの身体は健気にも愛しい番を呼び寄せようと必死だったのだ。





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