香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

再会1

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 セラフィンは彼らが来ることを予め知っていたようだ。驚くヴィオを尻目に彼等に向かって片手を軽くあげて挨拶した。

「よお、先生」
「時間通りだったな」

 それは老舗百貨店の淑やかな客の中でひときわ目立つ、端麗かつ屈強さがずば抜けた二人連れだった。薄茶色の革のジャケットに今若者の間で流行っている作業着風の暗いくすんだ深緑のパンツ姿のジルは変わらぬ色男ぶりを発揮していて、トウモロコシ色の髪を今日は後ろに撫ぜ付けた髪型も決まっている。
 しかしヴィオはジルよりもその後ろにいる大きな人影に釘付けになった。
 写真館の入り口付近にいる三人よりも少し離れて立ってこちらの様子をうかがっているのは、事件以来久しぶりに見た灰白色の軍服に身を包むカイ、その人だった。
 ヴィオと目が合うと端正な顔に僅かに哀し気に感じる微笑を浮かべ、互いに複雑な表情で軽く会釈を交し合う。

(カイ兄さん……。良かった。少し瘦せたけど、元気そう)

 あの日怪我をした傷は形良い額にまだ少し残っているものの、おおむね元気そうで、軍服姿からして無事に仕事に復帰しているとわかってヴィオは安心した。

「ヴィオ、元気そうだな。その顔は俺たちが来ることを知らされてなかったな?」
「それはお前がカイ君を連れてこられるか分からないとかいうから……」
「俺がいつ、先生の頼みごとを叶えなかったことがある? ちゃんと連れてきた。ていうかね。俺とカイ君はあれからテン君も交えて、わりと飲みに行ったりしてるわけよ」

 互いにセラフィン、ヴィオとの恋に破れた男同士だが、警官と武官、番のないアルファ同士と意外に共通点も年も近くてなんとなく交流を持ち始めたらしい。

「じゃ、いくか」

 と何故かジルがヴィオの手をがしっと取って先に歩きだしたからセラフィンが眉を吊り上げたがジルはお構いなしだ。

「先生を揶揄う新しい方法はヴィオにちょっかいを出すことだって学んだわけだよ、俺も」

 そんな風にウィンクしてから先導するジルに皆ペースを奪われつつ、元々セラフィンが予約しておいてくれたラズラエル百貨店人気ティーサロンの席についた。
 白いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルに添って、花柄の背もたれも大きなソファーが同じく丸になる様に並んだ可愛らしい空間。一つ一つが大きな花の花弁のようになっている。
 その中の一つに通されたセラフィンはヴィオをそのソファーに座らせ、自分は立ったまま隣のソファーを指さす。

「俺とジルはこっちの席に座っているから。お前はカイ君と話をするといい」
「ここは焼き菓子が上手いんだ。俺もよく母さんと姉さんに連れてこられた。注文しとくな」

 明るく声をかけてくれるジルに促されて、自分で二人を招いたくせにセラフィンはやや心配げな顔をして席についた。

 とはいえ、通路を挟んで隣同士の席は二歩ほどしか離れていないので、ヴィオもほっとして大人しく席につく。しかし丸いソファーで囲まれた中は周りの視線が僅かにそがれ、少しだけプライベートな雰囲気が漂う。

 カイが大分遅れてヴィオの前の席についた。大きな身体にはご婦人向きのこの席は窮屈そうで、軍服を着た大柄なカイが巨躯を縮めて座っていることに、ヴィオは自然と声を上げて笑ってしまった。その声にほっとしたように、カイも僅かに笑顔を見せる。

「ヴィオ。元気そうで……。良かった」
「カイ兄さんこそ。怪我は大丈夫なの? 僕……。あの時のこと、本当はところどころ覚えていないんだ。でも兄さんのことを思い切り蹴った記憶はあるよ……」
「そうか……」

 カイに攫われ、閉じ込められ、寮で発情しかけたあの時の記憶は時を経れば経るほど所々ぼんやりと朧気になってきていた。かなりショッキングな出来事であったし、発情しかけて朦朧としていた時間もあったからだろうとセラフィンは見立てていた。実際は眠っている間にはあの時のことを思い出してうなされていたと、つい先日セラフィンから聞かされたが、それも同じ寝台の傍らにセラフィンがいて共に休み続けていたら次第に落ち付いてきたそうだ。




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