香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
193 / 222
溺愛編

帰省準備2

しおりを挟む
「真にセラが愛した人がいたって……。ベラさんがいってたのは、お兄さんのこと?  」
「そんなことを言っていたか……。そうだな。あの頃……。俺の世界は今よりもっとずっと狭くて……。兄のソフィアリだけがその世界の全てだったんだ。ソフィアリを、独占したくてしょうがなくて。ある時ソフィアリのオメガフェロモンはたまらなく良い香りだって気がついたらもう、駄目だった。俺は香りに溺れるように兄を番の対象として見てしまって、それを愛だと言い張った。でもいま考えてみると。言い訳じみた話だが、それこそフェロモンに踊らされてのかもしれない。軽蔑するか?」
「うーうん」

 それはヴィオにも覚えのある感情だった。カイから幾度か求められとき、心とは裏腹に香りの魔力に溺れかけた自分がいた。

「ナイショにしてたけど、カイ兄さんの香りは、僕にとって抗いがたいほど、すごくいい香りだったんだ。先生のことが好きなのに、意識が朦朧とするほど惹かれたよ。あれは……、自分が自分じゃなくなるようで、ちょっと怖かったな」
「ヴィオ!」

 穏やかでないことを言いつつヴィオは少しだけ舌を出して、戯けるように笑うと膝の上に置かれたセラフィンの手に指を絡めて握った。

「だからセラが昔お兄さんのこと好きでもおあいこでいいよ。でもそれより、僕叔父さんが南のハレへ?って街で暮らしているのは知ってたけど……。セラのお兄さんが番だったって知らなかった。そっちのほうがびっくりしたよ」

 ヴィオに一大告白をしたつもりが軽く流されてセラフィンはほっとしたような、これからずっとヴィオの人としての度量の大きさには到底敵わないのではないかと言うような複雑で幸福な気持ちになった。

「でも! セラの双子のお兄さんってことはセラと同じお顔?? カイ兄さんとラグ叔父さんはそっくりだって里では言われているからそれってすごくない??」
「……そのあたりは俺も少し考えたが、複雑といえるな」

 意外なことにヴィオはラグの番が誰であるかまでは知りえていなかったのだ。
 セラフィンもこれまであえて確認してこなかったのだが、本当に驚いたようだ。

「ヴィオ。俺は今まで人に誇れるような生き方ばかりをしてきたわけじゃない。沢山馬鹿なこともやったし、沢山人の好意を無為にし、傷つけた。医者になったのも人を助けたいとかそういった崇高な使命を帯びたからじゃない。オメガとアルファのフェロモンの謎を少しでも解き明かして自分の気持ちに蹴りをつけたかったからだ。俺とソフィアリは双子の兄弟なのに、アルファとオメガに分かれしまって、フェロモンに弄ばれるように強烈に惹かれた。でもこんなものはおよそ人間らしい愛情ではないだろ? 本能に操られる獣と同じだ……」

「じゃあ、僕のことを愛してくれたのも、フェロモンのせい? 僕がオメガだから?」

「……幼いお前と出会って、手助けをしてやりたいと思った。いつでも少し寂しそうな姿に自分の若い頃と同じような孤独を見出していたのかもしれない。俺の勝手な思い込みだが……」
「うーうん。本当に。寂しかったよ……。里のみんなもいてくれたし、今は沢山愛してもらっていたって感じるけど……。だけど僕は寂しかった。母さんがいないからかもしれない。父さんが厳しいからかもしれない。姉さんとは年が近すぎて……。叔母さんには息子が生まれたし。僕だけを何時でも愛してくれて甘やかしてくれる、たった一人が欲しかったよ」
「俺も同じだ。だから……。オメガとわかる前から無条件で俺を慕ってくれる、ヴィオのことはとても愛おしかった。これも本能でお前を嗅ぎ分けていたと言われてしまったら身もふたもないけれど」
「ふふっ。それならね、僕。先生と会った時凄くいい匂いだなあ。落ち着くなあって思ってたんだ。今も先生のこの香り大好き。でも先生が僕に親切にしてくれて、いろんなことを教えてくれて、僕を見つめてにっこりしてくれたから。僕は先生が大好きになったんだ。だからいいんだ。ごめんね。フェロモンだってなんだっていい。最初はどうだっていいよ。今僕が愛しているのはセラだってことだけが一番大事でしょう?」

 そう言って胸を張るヴィオの菫色の瞳が日差しを受けて生き生きと美しかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

欲に負けた婚約者は代償を払う

京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。 そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。 「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」 気が付くと私はゼン先生の前にいた。 起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。 「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」

処理中です...