香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

帰省準備2

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「真にセラが愛した人がいたって……。ベラさんがいってたのは、お兄さんのこと?  」
「そんなことを言っていたか……。そうだな。あの頃……。俺の世界は今よりもっとずっと狭くて……。兄のソフィアリだけがその世界の全てだったんだ。ソフィアリを、独占したくてしょうがなくて。ある時ソフィアリのオメガフェロモンはたまらなく良い香りだって気がついたらもう、駄目だった。俺は香りに溺れるように兄を番の対象として見てしまって、それを愛だと言い張った。でもいま考えてみると。言い訳じみた話だが、それこそフェロモンに踊らされてのかもしれない。軽蔑するか?」
「うーうん」

 それはヴィオにも覚えのある感情だった。カイから幾度か求められとき、心とは裏腹に香りの魔力に溺れかけた自分がいた。

「ナイショにしてたけど、カイ兄さんの香りは、僕にとって抗いがたいほど、すごくいい香りだったんだ。先生のことが好きなのに、意識が朦朧とするほど惹かれたよ。あれは……、自分が自分じゃなくなるようで、ちょっと怖かったな」
「ヴィオ!」

 穏やかでないことを言いつつヴィオは少しだけ舌を出して、戯けるように笑うと膝の上に置かれたセラフィンの手に指を絡めて握った。

「だからセラが昔お兄さんのこと好きでもおあいこでいいよ。でもそれより、僕叔父さんが南のハレへ?って街で暮らしているのは知ってたけど……。セラのお兄さんが番だったって知らなかった。そっちのほうがびっくりしたよ」

 ヴィオに一大告白をしたつもりが軽く流されてセラフィンはほっとしたような、これからずっとヴィオの人としての度量の大きさには到底敵わないのではないかと言うような複雑で幸福な気持ちになった。

「でも! セラの双子のお兄さんってことはセラと同じお顔?? カイ兄さんとラグ叔父さんはそっくりだって里では言われているからそれってすごくない??」
「……そのあたりは俺も少し考えたが、複雑といえるな」

 意外なことにヴィオはラグの番が誰であるかまでは知りえていなかったのだ。
 セラフィンもこれまであえて確認してこなかったのだが、本当に驚いたようだ。

「ヴィオ。俺は今まで人に誇れるような生き方ばかりをしてきたわけじゃない。沢山馬鹿なこともやったし、沢山人の好意を無為にし、傷つけた。医者になったのも人を助けたいとかそういった崇高な使命を帯びたからじゃない。オメガとアルファのフェロモンの謎を少しでも解き明かして自分の気持ちに蹴りをつけたかったからだ。俺とソフィアリは双子の兄弟なのに、アルファとオメガに分かれしまって、フェロモンに弄ばれるように強烈に惹かれた。でもこんなものはおよそ人間らしい愛情ではないだろ? 本能に操られる獣と同じだ……」

「じゃあ、僕のことを愛してくれたのも、フェロモンのせい? 僕がオメガだから?」

「……幼いお前と出会って、手助けをしてやりたいと思った。いつでも少し寂しそうな姿に自分の若い頃と同じような孤独を見出していたのかもしれない。俺の勝手な思い込みだが……」
「うーうん。本当に。寂しかったよ……。里のみんなもいてくれたし、今は沢山愛してもらっていたって感じるけど……。だけど僕は寂しかった。母さんがいないからかもしれない。父さんが厳しいからかもしれない。姉さんとは年が近すぎて……。叔母さんには息子が生まれたし。僕だけを何時でも愛してくれて甘やかしてくれる、たった一人が欲しかったよ」
「俺も同じだ。だから……。オメガとわかる前から無条件で俺を慕ってくれる、ヴィオのことはとても愛おしかった。これも本能でお前を嗅ぎ分けていたと言われてしまったら身もふたもないけれど」
「ふふっ。それならね、僕。先生と会った時凄くいい匂いだなあ。落ち着くなあって思ってたんだ。今も先生のこの香り大好き。でも先生が僕に親切にしてくれて、いろんなことを教えてくれて、僕を見つめてにっこりしてくれたから。僕は先生が大好きになったんだ。だからいいんだ。ごめんね。フェロモンだってなんだっていい。最初はどうだっていいよ。今僕が愛しているのはセラだってことだけが一番大事でしょう?」

 そう言って胸を張るヴィオの菫色の瞳が日差しを受けて生き生きと美しかった。


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