香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

帰省準備1

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「アガさんにヴィオと番になる挨拶をしに伺う。ご理解がいただけなければ納得がいくまで丁寧に説得したいんだ。その上でヴィオとのこれからのこともじっくり話し合いたい。その為の時間をたっぷりとるために、職場はこのまま身の処し方が決まるまで当分休職扱いという形にしてもらう予定だ」

 兄と対面した翌朝。屋敷内にあるくだんの池の畔まで散歩した時、そんな風にセラフィンに真顔で告げられた。
 冴え冴えとした美貌に僅かに紅潮した頬。彼の並々ならぬ本気が垣間見えてヴィオは胸が熱くなってしまった。

「セラ、いいの?」
「いいんだ」

 セラフィンの心遣いは嬉しかったし、大人の彼が決めたことだ。未熟なヴィオよりもよほど考え抜いて出した結論であるだろう。しかしセラフィンをたよりにしているクレイのような患者のことを考えると後ろめたい気持ちが浮かぶのだ。
 優しく思いやりのあるヴィオがそう思い至るであろうことはセラフィンにはお見通しだった。母の形見のショールを引き寄せて冷たい風から身を守ったヴィオの肩を慰めるようにひき寄せ、冷たい頬に自らの頬を摺り当てた。
「セラ、冷たいよ」
 しかしふれあいが嬉しくてヴィオは鈴が転がるような軽やかな笑い声を立てる。

 それから二人はヴィオが日課としてこの池まで散歩するようになってからジブリールの計らいで新たに設置された白いベンチに並んで腰かけた。 
 ヴィオは大好きなセラフィンの顔をじっと見つめながら朝露で濡れた土や草から香りが立ち昇るのを感じていたが、セラフィンそのまま池を眺めたまましばし黙り込んでしまう。

 秋の青空の下きらきらと水面が輝き、花の時期が終わった睡蓮は葉だけが揺れている。ざわざわと木々を揺らした風が収まった後、セラフィンは何かを決意したような表情を見せて再び口を開いた。

「ちょうど仕事も含めて人生を見つめなおしてもいい時期だと思ったんだ。ヴィオ、俺はね……」

 ヴィオが無垢な眼差しを向けながら黙り、静かに耳を傾けることに、臆病なセラフィンは内心怯んだ。しかし伴侶となる前にどうしても自分の過去のことをつまびらかに話してみようと考えたのだ。

 (ヴィオは無様な俺でも受け入れて番になってくれるのか)

 ヴィオの気持ちを試すつもりはなかったが、何も話さないのも公平ではないとヴィオの親族と出会ってより強く感じたからだ。

(ヴィオは自分のルーツと向き合い、人生をより良くしようと懸命に模索している。俺ももがきながらヴィオという光を見いだせたんだ。過去の暗がりに目を背けてばかりはいられない)

 そこからセラフィンが話してくれたことは、ヴィオにとっては初耳のことが多く、驚くべきことばかりだった。

 かつてセラフィンは双子の兄を偏愛し、無理やりに番にしようと画策したこと。
 家族が二人を想い、無理やり引き引き離したことで兄のソフィアリは追われるように中央から最南の地、ハレヘへ行くことを余儀なくされたこと。
 ヴィオの叔父であり、国の英雄であるラグ・ドリが護衛としてラファエロに見いだされたこと。そして二人はのちに結ばれ番になったこと。
 そのためにラグ・ドリはハレヘを離れることができず、ドリの里の復興には手を貸せなかったこと。
 荒れていた時期にバルクとその番、友人たちに迷惑をかけたこと。
 ソフィアリを諦めきれぬまま、テグニ国へ留学し、ベラと出会って関係を持ったこと。彼女の望むようにはなれず別れ、帰国した後出会ったジルに支えてもらいながらフェル族の研究をつづけた事。その中で幼いヴィオと出会ったこと。

「驚いた?」

 一度に色々なことを聞き過ぎて頭の中がごちゃごちゃしてきたが、一番驚いた部分を聞き返す。

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