香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

それぞれの故郷2

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「里にいたときは見たこともない中央のことで頭がいっぱいだったのに、中央にいたら里の山や泉を思い出してしまうんだ。里のみんなの顔を、森の学校の先生たちを、通ってきていた小さなみんなを。それにおばさんたちが作った不格好なお菓子がたまらなく懐かしくて、食べたくなってしまうんだ」

「ヴィオ……」

 少しだけ大人になった今ならばわかる。素直に受け取れる。
 窮屈で狭い里の中で、それでもヴィオは皆から愛されていた。不器用な父は実はきっと自分自身を支える事で精一杯で、幼い息子を抱きしめるような愛情表現はついぞ持ちえなかったのかもしれない。だが、ヴィオが心のままに学ぶことを陰ながら支えてくれた。 

「僕はずっと里から出て中央に、セラフィン先生のところに行きたいっていつでも聞こえよがしにいってた。こうなるってわかっていたけど父さんは止めなかった」

 それが愛情でなくてなんだというのだろう。不意にヴィオにもわかったのだ。兄と父はふたりとも不器用で……。きっとそれぞれの表現で家族を大切に思っていた。

「なあ、ヴィオ。わざわざ俺のところになんて来なくても。答えは出ているんじゃないのか? 」

「答え……」

「直系の男子であることはお前も同じだ。その場所をドリの里だと呼べる、お前自身が継いでもいいってことだ。なにより里のことを想っているのはきっと俺達じゃない。お前にとっては紛れもなく故郷なんだろう? それにまあ、これは想像に難くないが…… 父さんはきっとお前を心の底では傍に置きたがっていたはずだ。だってな、お前はこんなにも……」

 サンダを真っ直ぐに見つめる優美でひたむきな眼差しはあまりにも亡きひとに似ていて……。
 不意に止めることができず熱い涙がサンダの両頬をとめどなく流れていった。

「すまない……」

 サンダは片手で目を覆い、顔を背けて俯いた。ヴィオは兄のそんな様子に心を打たれ胸元でキュッと両手を握ってから立ち上がる。
 セラフィンが見守る中、ヴィオはゆっくりと歩み寄り兄の傍らに立つと、優しいその両腕で兄の頭を掻き抱き、ぎゅっと強く胸の下に押し付けた。

「兄さん、泣かないで。色んな辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」

 (番を失ったアルファは長く生きられないというのが一般的だ。新たな番を得るものもあるかもしれないが、亡くした番を焦がれて面影を追い続け、心を病んでしまう人も多い)

 だからこそ、アガの精神の強さには目を瞠るものがあるとセラフィンは感服していた。

 (いや、並の精神力ではない。今なら実感を持ってわかる。俺ならヴィオを失ったらとても生きてはいかれない。もしかしたらアガは……。里を守る使命感とヴィオたち幼い姉弟を育てることだけを心の支えになんとか生きてきたのかもしれない)

 いまそのヴィオと離れてどれほどの寂しさを抱えているのだろうか。あれ程の男だ。けしてそれを周りには見せないだろう。彼の心の空虚さやけして癒やされぬ傷を思うととても他人事とは思えなかった。
 一刻も早く最愛の息子の無事な姿をアガに見せてやりたいと改めて思ったのだ。

 (しかし……それでも。アガ、貴方がカイとヴィオとの婚姻を望んでいたとしてもそれだけは譲れない。俺も若い頃の貴方と同じ気持ちだ。ヴィオさえ得られれば生きていく場所などどこでもいい。ヴィオの傍が俺の居場所だ)

 ヴィオは自らの中に芽生えた小さな可能性に頬を紅潮させ、思案げな表情をしたまま兄の後ろになでつけてれた黒く硬めの髪をすいている。中年に差し掛かった男が弟からそんな風に優しい手つきで撫ぜられること、日頃ならば気恥ずかしくてすぐさま身を離したかもしれない。しかし何故かサンダはされるがままになっていた。

 (不思議なもんだな。こんなとこまで母さんと似てる)

 それは母が幼い日に落ち込む兄弟にしてくれた仕草と酷似していた。日頃厳しい母だったが、子どもたちの様子にはいつでも気を配って、落ち込んだらこうして何も言わずに慰めてくれた。益々顔をあげられないでいたサンダだったが、意を決したようにヴィオの手を掴むと耳まで真っ赤になった顔を上げた。

「みっともないとこをみせたな……ヴィオ。色々いったが無責任な俺の言うことなどみな忘れてくれ。全て決めるのはお前だ。でもな……ともかく俺に言えることはこれだけ。お前には幸せになってほしい。何をしてもどこにいてもいい。ただその男と笑い合って生きていってほしい。それで俺や父さんよりも一日でも長く生きてくれればそれでいいだ。みっともないとこを見せたな……。情けない兄貴で本当にごめんな」

 ヴィオは首をふるふると降ると、それは父と似た、野性味あふれる屈託ない笑顔を見せたのだ。

「僕、ずっと中央に来たかったんだ。中央で沢山勉強して病院に務めたかった。里の近くに診療所がなくてみんな困ってたから医学の道が気になったんだけど、そんなの建前なんだ。本当はね、ただ先生の傍にいたかっただけ。でもその願いはもう叶っているんだ。だから僕の一番の願いはそれだけ」

 ヴィオのまっすぐな想いに後押しされるように。柄にもなくセラフィンも声を張って被せてきた。

「それは俺も同じだ。ヴィオ。お前の傍で生きていけるのならば、どこでなにをするのかなんて問題じゃない」

 セラフィンが穏やかに発したその言葉の意味を、ヴィオは真に理解した。青い瞳に迷いはなく、ヴィオは涙が溢れかけ、唇を震わせた。

「僕がどこにいくのでも……。セラはついてきてくれるの?」
「当たり前だ。番は離れてはいけない。お前を得られるのならば、この先の人生は全て、お前に捧げると先ほど誓ったとおりだ」

 追いかけて追いかけて、ようやく追いついたその人は、腕を広げてヴィオを迎え入れこれからの人生を共に歩いていてくれるという。

「セラ、大好き」

 そっとサンダは身を起こしてヴィオから離れると、弟は嬉し気にセラフィンの胸へと羽ばたくように飛び込んでいった。その素直な愛らしい仕草に、里のものや父が彼をどれほど愛し、日々の慰めになったかサンダにも透かしみえるほどだった。
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