189 / 222
溺愛編
それぞれの故郷2
しおりを挟む
「里にいたときは見たこともない中央のことで頭がいっぱいだったのに、中央にいたら里の山や泉を思い出してしまうんだ。里のみんなの顔を、森の学校の先生たちを、通ってきていた小さなみんなを。それにおばさんたちが作った不格好なお菓子がたまらなく懐かしくて、食べたくなってしまうんだ」
「ヴィオ……」
少しだけ大人になった今ならばわかる。素直に受け取れる。
窮屈で狭い里の中で、それでもヴィオは皆から愛されていた。不器用な父は実はきっと自分自身を支える事で精一杯で、幼い息子を抱きしめるような愛情表現はついぞ持ちえなかったのかもしれない。だが、ヴィオが心のままに学ぶことを陰ながら支えてくれた。
「僕はずっと里から出て中央に、セラフィン先生のところに行きたいっていつでも聞こえよがしにいってた。こうなるってわかっていたけど父さんは止めなかった」
それが愛情でなくてなんだというのだろう。不意にヴィオにもわかったのだ。兄と父はふたりとも不器用で……。きっとそれぞれの表現で家族を大切に思っていた。
「なあ、ヴィオ。わざわざ俺のところになんて来なくても。答えは出ているんじゃないのか? 」
「答え……」
「直系の男子であることはお前も同じだ。その場所をドリの里だと呼べる、お前自身が継いでもいいってことだ。なにより里のことを想っているのはきっと俺達じゃない。お前にとっては紛れもなく故郷なんだろう? それにまあ、これは想像に難くないが…… 父さんはきっとお前を心の底では傍に置きたがっていたはずだ。だってな、お前はこんなにも……」
サンダを真っ直ぐに見つめる優美でひたむきな眼差しはあまりにも亡き女に似ていて……。
不意に止めることができず熱い涙がサンダの両頬をとめどなく流れていった。
「すまない……」
サンダは片手で目を覆い、顔を背けて俯いた。ヴィオは兄のそんな様子に心を打たれ胸元でキュッと両手を握ってから立ち上がる。
セラフィンが見守る中、ヴィオはゆっくりと歩み寄り兄の傍らに立つと、優しいその両腕で兄の頭を掻き抱き、ぎゅっと強く胸の下に押し付けた。
「兄さん、泣かないで。色んな辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」
(番を失ったアルファは長く生きられないというのが一般的だ。新たな番を得るものもあるかもしれないが、亡くした番を焦がれて面影を追い続け、心を病んでしまう人も多い)
だからこそ、アガの精神の強さには目を瞠るものがあるとセラフィンは感服していた。
(いや、並の精神力ではない。今なら実感を持ってわかる。俺ならヴィオを失ったらとても生きてはいかれない。もしかしたらアガは……。里を守る使命感とヴィオたち幼い姉弟を育てることだけを心の支えになんとか生きてきたのかもしれない)
いまそのヴィオと離れてどれほどの寂しさを抱えているのだろうか。あれ程の男だ。けしてそれを周りには見せないだろう。彼の心の空虚さやけして癒やされぬ傷を思うととても他人事とは思えなかった。
一刻も早く最愛の息子の無事な姿をアガに見せてやりたいと改めて思ったのだ。
(しかし……それでも。アガ、貴方がカイとヴィオとの婚姻を望んでいたとしてもそれだけは譲れない。俺も若い頃の貴方と同じ気持ちだ。ヴィオさえ得られれば生きていく場所などどこでもいい。ヴィオの傍が俺の居場所だ)
ヴィオは自らの中に芽生えた小さな可能性に頬を紅潮させ、思案げな表情をしたまま兄の後ろになでつけてれた黒く硬めの髪をすいている。中年に差し掛かった男が弟からそんな風に優しい手つきで撫ぜられること、日頃ならば気恥ずかしくてすぐさま身を離したかもしれない。しかし何故かサンダはされるがままになっていた。
(不思議なもんだな。こんなとこまで母さんと似てる)
それは母が幼い日に落ち込む兄弟にしてくれた仕草と酷似していた。日頃厳しい母だったが、子どもたちの様子にはいつでも気を配って、落ち込んだらこうして何も言わずに慰めてくれた。益々顔をあげられないでいたサンダだったが、意を決したようにヴィオの手を掴むと耳まで真っ赤になった顔を上げた。
「みっともないとこをみせたな……ヴィオ。色々いったが無責任な俺の言うことなどみな忘れてくれ。全て決めるのはお前だ。でもな……ともかく俺に言えることはこれだけ。お前には幸せになってほしい。何をしてもどこにいてもいい。ただその男と笑い合って生きていってほしい。それで俺や父さんよりも一日でも長く生きてくれればそれでいいだ。みっともないとこを見せたな……。情けない兄貴で本当にごめんな」
ヴィオは首をふるふると降ると、それは父と似た、野性味あふれる屈託ない笑顔を見せたのだ。
「僕、ずっと中央に来たかったんだ。中央で沢山勉強して病院に務めたかった。里の近くに診療所がなくてみんな困ってたから医学の道が気になったんだけど、そんなの建前なんだ。本当はね、ただ先生の傍にいたかっただけ。でもその願いはもう叶っているんだ。だから僕の一番の願いはそれだけ」
ヴィオのまっすぐな想いに後押しされるように。柄にもなくセラフィンも声を張って被せてきた。
「それは俺も同じだ。ヴィオ。お前の傍で生きていけるのならば、どこでなにをするのかなんて問題じゃない」
セラフィンが穏やかに発したその言葉の意味を、ヴィオは真に理解した。青い瞳に迷いはなく、ヴィオは涙が溢れかけ、唇を震わせた。
「僕がどこにいくのでも……。セラはついてきてくれるの?」
「当たり前だ。番は離れてはいけない。お前を得られるのならば、この先の人生は全て、お前に捧げると先ほど誓ったとおりだ」
追いかけて追いかけて、ようやく追いついたその人は、腕を広げてヴィオを迎え入れこれからの人生を共に歩いていてくれるという。
「セラ、大好き」
そっとサンダは身を起こしてヴィオから離れると、弟は嬉し気にセラフィンの胸へと羽ばたくように飛び込んでいった。その素直な愛らしい仕草に、里のものや父が彼をどれほど愛し、日々の慰めになったかサンダにも透かしみえるほどだった。
「ヴィオ……」
少しだけ大人になった今ならばわかる。素直に受け取れる。
窮屈で狭い里の中で、それでもヴィオは皆から愛されていた。不器用な父は実はきっと自分自身を支える事で精一杯で、幼い息子を抱きしめるような愛情表現はついぞ持ちえなかったのかもしれない。だが、ヴィオが心のままに学ぶことを陰ながら支えてくれた。
「僕はずっと里から出て中央に、セラフィン先生のところに行きたいっていつでも聞こえよがしにいってた。こうなるってわかっていたけど父さんは止めなかった」
それが愛情でなくてなんだというのだろう。不意にヴィオにもわかったのだ。兄と父はふたりとも不器用で……。きっとそれぞれの表現で家族を大切に思っていた。
「なあ、ヴィオ。わざわざ俺のところになんて来なくても。答えは出ているんじゃないのか? 」
「答え……」
「直系の男子であることはお前も同じだ。その場所をドリの里だと呼べる、お前自身が継いでもいいってことだ。なにより里のことを想っているのはきっと俺達じゃない。お前にとっては紛れもなく故郷なんだろう? それにまあ、これは想像に難くないが…… 父さんはきっとお前を心の底では傍に置きたがっていたはずだ。だってな、お前はこんなにも……」
サンダを真っ直ぐに見つめる優美でひたむきな眼差しはあまりにも亡き女に似ていて……。
不意に止めることができず熱い涙がサンダの両頬をとめどなく流れていった。
「すまない……」
サンダは片手で目を覆い、顔を背けて俯いた。ヴィオは兄のそんな様子に心を打たれ胸元でキュッと両手を握ってから立ち上がる。
セラフィンが見守る中、ヴィオはゆっくりと歩み寄り兄の傍らに立つと、優しいその両腕で兄の頭を掻き抱き、ぎゅっと強く胸の下に押し付けた。
「兄さん、泣かないで。色んな辛いことを思い出させてしまってごめんなさい」
(番を失ったアルファは長く生きられないというのが一般的だ。新たな番を得るものもあるかもしれないが、亡くした番を焦がれて面影を追い続け、心を病んでしまう人も多い)
だからこそ、アガの精神の強さには目を瞠るものがあるとセラフィンは感服していた。
(いや、並の精神力ではない。今なら実感を持ってわかる。俺ならヴィオを失ったらとても生きてはいかれない。もしかしたらアガは……。里を守る使命感とヴィオたち幼い姉弟を育てることだけを心の支えになんとか生きてきたのかもしれない)
いまそのヴィオと離れてどれほどの寂しさを抱えているのだろうか。あれ程の男だ。けしてそれを周りには見せないだろう。彼の心の空虚さやけして癒やされぬ傷を思うととても他人事とは思えなかった。
一刻も早く最愛の息子の無事な姿をアガに見せてやりたいと改めて思ったのだ。
(しかし……それでも。アガ、貴方がカイとヴィオとの婚姻を望んでいたとしてもそれだけは譲れない。俺も若い頃の貴方と同じ気持ちだ。ヴィオさえ得られれば生きていく場所などどこでもいい。ヴィオの傍が俺の居場所だ)
ヴィオは自らの中に芽生えた小さな可能性に頬を紅潮させ、思案げな表情をしたまま兄の後ろになでつけてれた黒く硬めの髪をすいている。中年に差し掛かった男が弟からそんな風に優しい手つきで撫ぜられること、日頃ならば気恥ずかしくてすぐさま身を離したかもしれない。しかし何故かサンダはされるがままになっていた。
(不思議なもんだな。こんなとこまで母さんと似てる)
それは母が幼い日に落ち込む兄弟にしてくれた仕草と酷似していた。日頃厳しい母だったが、子どもたちの様子にはいつでも気を配って、落ち込んだらこうして何も言わずに慰めてくれた。益々顔をあげられないでいたサンダだったが、意を決したようにヴィオの手を掴むと耳まで真っ赤になった顔を上げた。
「みっともないとこをみせたな……ヴィオ。色々いったが無責任な俺の言うことなどみな忘れてくれ。全て決めるのはお前だ。でもな……ともかく俺に言えることはこれだけ。お前には幸せになってほしい。何をしてもどこにいてもいい。ただその男と笑い合って生きていってほしい。それで俺や父さんよりも一日でも長く生きてくれればそれでいいだ。みっともないとこを見せたな……。情けない兄貴で本当にごめんな」
ヴィオは首をふるふると降ると、それは父と似た、野性味あふれる屈託ない笑顔を見せたのだ。
「僕、ずっと中央に来たかったんだ。中央で沢山勉強して病院に務めたかった。里の近くに診療所がなくてみんな困ってたから医学の道が気になったんだけど、そんなの建前なんだ。本当はね、ただ先生の傍にいたかっただけ。でもその願いはもう叶っているんだ。だから僕の一番の願いはそれだけ」
ヴィオのまっすぐな想いに後押しされるように。柄にもなくセラフィンも声を張って被せてきた。
「それは俺も同じだ。ヴィオ。お前の傍で生きていけるのならば、どこでなにをするのかなんて問題じゃない」
セラフィンが穏やかに発したその言葉の意味を、ヴィオは真に理解した。青い瞳に迷いはなく、ヴィオは涙が溢れかけ、唇を震わせた。
「僕がどこにいくのでも……。セラはついてきてくれるの?」
「当たり前だ。番は離れてはいけない。お前を得られるのならば、この先の人生は全て、お前に捧げると先ほど誓ったとおりだ」
追いかけて追いかけて、ようやく追いついたその人は、腕を広げてヴィオを迎え入れこれからの人生を共に歩いていてくれるという。
「セラ、大好き」
そっとサンダは身を起こしてヴィオから離れると、弟は嬉し気にセラフィンの胸へと羽ばたくように飛び込んでいった。その素直な愛らしい仕草に、里のものや父が彼をどれほど愛し、日々の慰めになったかサンダにも透かしみえるほどだった。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる